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人間六度「『モラハラはモテる』がテーマの話は楽しく書けた」現代社会とSFを融合させて描く手法とは?【インタビュー】

  • 2024.11.14

急性リンパ性白血病という難病との闘病を経て2021年に第9回ハヤカワSFコンテストと第28回電撃小説大賞と二つの新人賞を受賞しデビューした人間六度氏。このたび集英社から刊行された最新短篇集『推しはまだ生きているか』は、現代社会のトピックをSFという手法で軽やかに映し出す5篇を収録。本書はすべてにおいてテーマへのフラットな著者の眼差しが印象的で、優れたリーダビリティも含めユニークながらも親しみやすい物語ばかり。本記事では収録作と創作への姿勢について著者である人間六度氏に話を聞いた。

――『推しはまだ生きているか』には五つのとてもユニークな短篇作品が収録されていますが、これらの作品を書かれるにあたって先にお題となるテーマが先にあったのですか?

人間六度さん(以下、人間六度):『小説すばる』(2022年4月号)で「千字一話」というショートショートをやりまして、その繋がりで(2022年11月号)「都市を読む」の特集で『サステナート314』を書きました。これはノリでパッと書いたところがありまして、当時はサステナビリティに関心があってそれをテーマに書いてみたいというのと、「百合」もやりたい、っていうのもあって(笑)。百合と循環のテーマは親和性が高いと感じていて自分なりにやってみようと思いました。『サステナート314』はストンって書けたんですけど、そのほかの短篇は都市SFからすこし広めにとって、実験社会をテーマに書き進めていった感じですね。

――収録された作品は「推し」「婚活」「結果主義」など、現実のトピックが面白くSFとして落とし込まれていて、現代との地続きある物語だと感じました。六度さんはSF小説の着想をどこから得られているのでしょうか?

人間六度:発想法としてはめちゃくちゃ遠いもの同士をくっつけて、くっつけたことに対して整合性があって筋が通っていれば面白いものになるといった、フワっとしたメソッドみたいなものがあります。身近なテーマと遠いものを繋いでいくというのが、自分の中でやりたかったことだと思います。

収録作品について

――収録作からいくつかお話を聞かせてください。まず表題作『推しはまだ生きているか』はポストアポカリプス社会な舞台で「推し」に逢いに行くというタブーを犯す話でした。「推し」という最近のネタで「同担は殺し合わなきゃいけない」みたいな「推し活」の精神性も興味深くて面白かったですが、六度さん自身は実際に推し活はされているのでしょうか?

人間六度:それが実は全然推しがいない人間で、推し活をしてるわけではないんですよ。なので、この推し活については社会現象の記号として捉えている部分がありますね。僕自身は何かに心奪われてそのことしか考えられないみたいなことがあまりないので、それが自分の空虚さかなと思っているところがあるんです。だからこういう生き方ができるっていうのはとても美しいって思う反面、ちょっと大変そうだなみたいなのもありましたね。

――『完全努力主義社会』は結果主義と努力主義にフォーカスした社会風刺的ですごい作品でした。六度さん自身はこうした現在の結果主義に対して強い関心があったのですか。

人間六度:『小説すばる』で『サステナート314』の次に書いたもので、実験社会っていうのを最初にやったのがこれです。何を実験したかったかというと、「自由意志というものは本当にあるのか」ということと、能力至上主義、実力至上主義の神話が現代では崩壊しつつあると感じていて、努力して得たと思っているものは、実はあなたのもともとのスペックと家庭環境があったからだという、つまり「努力って本当にあるのか……」というところですね。

――努力“のみ”が評価される社会というのが面白いですね。

人間六度:結果主義がベースの現代では結果主義が何かと目の敵にされますが、結果ではなくて努力ベースで評価される世界になっても、それはそれでグロいんじゃないか、と。だから「現実世界はまだマシなのかも」みたいに思ってほしいな、というのが狙いとしてありました。

あと自分が闘病していた時に、実際リハビリしていて腕さえ上がらなくて「えっ、こんなに腕上がらないことある?」ってびっくりしたんですけど、それくらい筋肉が衰えた時期があったんですよ。階段昇降訓練では階段登るのがめっちゃきつい。一歩登るのがマジできつくて、すごく辛い思いをしていたなかで、「この世の中が努力だけで測られる世界だったら、僕はめっちゃお金もらってておかしくないレベルの努力をしているじゃん」と思ったんですよ(笑)。

リハビリってただ自分を治してるだけじゃないですか。一見すると社会にはなにもプラスになってない。でも僕たちが普段目を向けていないところで、とんでもない努力が支払われているというのを、書きたかったんです。

――メルトという生まれながらに恵まれた優生人類と、ノアという努力の英雄の二人の主人公が登場しますが、メルトの何気ない一言がノアを傷つけてしまうのが印象的でした。メルトにとって些細な一言だけど実はそこがノアにとっては一番キツい言葉だったりする。そんな細かな感情の機微に感動しました。

人間六度:人間関係が円滑になってると思っている時って、実はこちらが相手を支配できている時というか、コントロールできてしまっている時だ、という場合があるじゃないですか。実際に手を下していなくとも、見えないパワーバランスみたいなもので相手を操作してしまっていたりする。でもそれは長くは続かない。そういう人間関係の地雷を踏んじゃったみたいなことが自分には結構あったので、そういう自分への戒めを込めてこういう話になったんじゃないかなと思います。

――いきなり婚活の物語が出てきて驚いた『君のための淘汰』は、読んでいて六度さんの筆がノッてるなって感じがしましたが…

人間六度:事実そうなんですよ。これは一番ノッてましたね。楽しかった。

――楽しそうに書いているのが伝わってきましたね。読んだ時に『寄生獣』をすごく思い出したんですよ。

人間六度:『寄生獣』ですね。だから僕はTwitter(現X)で告知する時に「寄生獣×婚活」って書いたんですよ(笑)。

――他の収録作品が遠い世界の物語のなか、この作品だけ女性の婚活をテーマにした現代劇で本書の中ではユニークだと思うのですが、六度さん視点での婚活への眼差しが見て取れてとても面白かったです。

人間六度:僕自身は婚活らしい婚活はしたことはないんですけど、実際に婚活したことがある友達の意見とか、よくSNSで言われてる婚活地獄界隈みたいなのも結構事実だと思うんですよ。(婚活に対して)冷笑的な意見を持ちながらもいざ自分が市場の一部になると、もうあのノリで行くしかないっていう。なんていうか、婚活用の人格を作り出してる、みたいな。後戻りできない感があるじゃないですか。

――『君のための淘汰』でとくに面白いと思ったのが「(性格が)モンスターが一番モテる」という。

人間六度:「モラハラ」っていうのは頭の中にずっとある言葉で、「モラハラ」ってモテてるじゃないですか(笑)。おかしいんですけど、でもモラハラがモテてるっていう話はそこかしこから聞くんですよ。結局、他人を気にせず我が道を行ってるやつがかっこいいわけですよね。けどそれって他人の気持ちを蔑ろにできている状態じゃないですか。このモラハラ的気質っていうのは誰しも持っているもので、それをどれくらい解放できているのか、解放することを許されているのか、それを許される立場にいるのか、という塩梅があるだけで。結局モテるのって、人の気持ちがわからないバケモノなのかなと。この「バケモノの方がモテる」「バケモノの方が愛される」っていうフレーズから、一気に楽しんで書いた作品ですね。

テーマへの眼差しとこれから

――小説という表現の中でSFを選んでいるのはなぜですか?

人間六度:SFを使った方が本質的な部分に触れられるからですね。現実世界を舞台に現実の問題を描くとあまりにもグロいというのがあるので、あくまでフィクションの話という(SFの)レイヤーを作ることで、読者が「これ全然違う世界の話だけど私たちの話じゃん」と気づいて、感じてもらいたい。

――推し活や婚活といったトピックはSNS上で冷笑的に扱われることが多いなかで、六度さんは冷笑ではなく、社会事象に対してとてもフラットな視点をお持ちの方だなとの印象を持ちました。小説を書く上でどのようなポイントに重きを置いていますか?

人間六度:やっぱり“明日”を見せるみたいなことは使命かなと思っています。だからポジティブな話が多いですね。でも、そのポジティブさをちゃんと出すためには、世界がクソであることをまず前提に置かないといけないよねということで(笑)。ディストピア的な世界で一つの光を見せる、暗闇の中で掴む一筋の光みたいな、「そうじゃないとやってらんねーよな」みたいな感じはあります。自分が生きていくためにも誰かに生きていてもらうためにも結局はそういうことが必要だと思います。あと僕は物事を解決する話が好きなんですよね。大事にしているというよりも、そうしないとうまく書けないというか。

――今後の作品について、関心があるテーマや構想しているものはありますか?

人間六度:今サイバーパンクのAIモノを書いていまして、これは3月に早川書房さんから発売予定です。“アクシデント”がなければ……。

構想しているものではミステリですね。ポディシェアリングっていう技術が発達した世界で、誰かに盗まれてしまった自分の体を探すというミステリを書きたいですね。そのほかにもAIとガチで浮気するっていう話を書きたい。あとメンヘラの話もいつか必ずやるので。それを僕の最後のメンヘラ文学にしてメンヘラから脱却したいです(笑)。

取材・文=すずきたけし、撮影=金澤正平

人間六度(にんげん・ろくど) 1995年愛知県名古屋市生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。2021年『スター・シェイカー』で第9回ハヤカワSFコンテスト《大賞》、『きみは雪を見ることができない』で第28回電撃小説大賞《メディアワークス文庫賞》を受賞。『BAMBOO GIRL』『永遠のあなたと、死ぬ私の10の掟』『過去を喰らう(I am here)beyond you.』『トンデモワンダーズ(上・下)』など著書多数。

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