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増え続ける「鹿」の課題に向き合う、農家・長谷川純恵さんの選択とは

  • 2024.11.24

今年代々木にオープンした、話題のレストランCIMI restorantは「地球と人が共に健康になれる食事」をモットーに、日本の自然環境が抱える課題解決に貢献する食材を厳選し、食を通じてアクションを起こしている。24年9月に彼女たちが長野で開催したフィールドワークに参加した。

そこで、化学肥料や農薬に頼らず農業に取り組む長谷川治療院農業部の長谷川 純恵さんに、現在の日本の農業の現状、増え続ける鹿による課題、そして自然との向き合い方についてお話を伺う機会をもらった。

(「」内、長谷川純恵さん)

今注目したい「CIMI restorant」ってどんなお店?

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「CIMI(ちみ)」とは、日本語の「地味」に由来し、土壌が育む大地の味や、風土がもたらす土地の風味を意味している。CIMI restorantでは、「野菜」「豆類」「穀物」の3つのカテゴリーを軸にした3皿のコースを提供し、その時々の自然環境における課題解決に寄与する食材として、鹿肉や牡蠣などをサイドディッシュに使用している。

有機農業面積は1%未満。経済的な理由で有機農業をあきらめる人たちも多い

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「日本の農業は非常に厳しい状況にあります。有機農業面積は全体の1%未満にとどまり、慣行農業面積も減少の一途をたどっています。農林水産省は効率的な農業の推進を図っていますが、小麦粉の供給不足や外国での肉の高値取引が続いているため、日本は国産の生産を強化する必要があります。しかし、農家の減少が続いており、特に中山間地域では小規模な畑や田んぼが多いため、効率化が難しいのが現実です。農業自体が利益を生みにくく、子どもに跡を継がせたくないと考える農家がほとんどです。市場原理により価格が決まるため、農家は厳しい経済状況に追い込まれ、有機農業を志す人々も、経済的な理由から辞めざるを得ないケースが多いのです」

純恵さんが教えてくれた複合的な要因が、現在の日本農業の持続可能性を脅かしているのだ。

「大豆の8割が鹿に食べられてしまいました」

昨今、農家の皆さんが直面しているのは、増えすぎた鹿による農作物の被害。純恵さんもその一人で、大豆の8割を鹿に荒らされ、大きな被害を受けた。その結果、罠猟の免許を取得して対策に乗り出す選択をした。

鹿の増加とそれに伴う対策って?

①鹿の増加の原因

戦後の拡大造林政策により、日本各地で広葉樹が減り、針葉樹が多く植えられたこと・中山間地域で耕作放棄地が増加していることが一因といわれている。広葉樹が減ったことで、山に生息していた鹿をはじめとする野生動物たちは、食べ物が不足し、やむを得ず山から降りて人里へ出るように。

②農作物の被害が深刻化

鹿が増え続けることのよって、農家への被害は深刻なものとなり、農家が罠猟の免許を取得して対策せざるを得なくなっている。

③対策をしても…

鹿は賢く、電柵などの防御策を学習し、難なく飛び越えて農作物を食べに来てしまう。鹿を捕獲する罠猟に成功している農家もいるものの、その地域から追い出された鹿は、より対策が弱い農家を狙うという現状があります。対策として、高いフェンス(2m以上)を設置することで被害を抑えた地域もあるけれど、その結果、鹿たちはさらに高い山へ移動し、高山植物を食べ尽くすという新たな問題にながっている。

④シカの利活用

日本中の森で年間約70万頭、鹿の駆除が行われているけれど、そのうちの約90%は利活用されることなく、燃やしたり埋められている状態。森林保全も急がなければならないけれど、鹿の命も無駄にできない。森林保全と鹿の利活用が今後の課題となってきそうだ。

「罠猟の免許を取得したときに、私は野生動物との関わりについて深く考えさせられました。カボチャや大豆を食べる鹿にショックを受けていましたが、彼らも自然の一部として生きていることを改めて実感しました。鹿が私の野菜を食べる行為も、自然の循環の一環なのです。このことに気づいたとき、私たち人間もまた、自然の一部として共存していくべきだと強く感じました」

「鹿を殺してしまうのはかわいそう」という言葉への違和感

都内で忙しい日々を過ごしていると、私たち人間が本来自然の一部であることを忘れてしまうことが多いのでは、と純恵さんは言う。

「日本では『自然の恵み』という言葉がありますが、自然は恵みを与えるだけの存在ではありません。『荒ぶる神』という表現もあるように、自然は私たちに時には厳しい影響を及ぼします。台風による被害や野生動物が農作物を食べることもあります。その厳しい自然を乗り越えてきたのは人類の知恵です。しかし、今はその知恵が薄れ、化学的なものでお腹を満たすことが多くなっています。手軽に栄養補給できるサプリメントや飲料に頼ることが増えてきているけれど、自然の摂理に目を向けると、人間がどれだけ自然から切り離された生活を送っているのかを感じますよね」

「例えばスイカは、縞々の模様がありますが、あれは動物や鳥に見つけてもらうためについているのです。食べてもらえば種が遠くまで運ばれて子孫が残っていきます。それは自然のサイクルなのですが、一方で人間は、そのような役割は果たさずにただ根こそぎ持って行っているだけです。ここで、人間の自然界における立ち位置を振り返ってみてください。『鹿を殺してしまうのはかわいそう』という言葉は、鹿と人間が対等ではありません。われわれはもっと自然の一部として対等にかかわっていかなければならないのです」

鹿肉を食べることもアクションのひとつに

「『どう生きるか』という問いが次第に重要でなくなり、『生まれてきたら、生きる』ということが根本にあると感じます。自分の命や食べ物を大切にし、自分で育てることが自然と共に生きることにつながるのではないかと思います」と 、純恵さんは今の率直な思いを語ってくれた。

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今、これからの食の在り方として、鹿の命を無駄にすることなく、食用として利活用しようとする動きが広がっている。CIMI restorantも、その一つだ。自然環境における課題解決に寄与する食材として、鹿肉や牡蠣(牡蠣には水質を浄化する力がある)などをサイドディッシュに使用している。食を通じて日本の自然環境への意識を高められるだけでなく、料理はフレッシュで美味しさ抜群。一度訪れると、きっと大好きなお店になるはず!

CIMI restorantで美味しい料理を味わいながら、私たちが自然とどう向き合い、共に生きていくべきかという深い問いを見つめ直すのもよいだろう。

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