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お礼を言えない先輩を支えたサークルを、「もう無理かも」と思った夜

  • 2024.11.14

大学2年生の頃、秋の学園祭でステージ発表をしたいという1個上の女性の先輩に声をかけられ、私は「桜桃」という期間限定サークルに入った。先輩がステージでアイドルのコピーをし、先輩の同期の男性1人と私が当日に裏方としてサポート、他に衣装担当が1人、という4人だけの小規模サークルだ。私は普段からアイドルが好きなので、アイドルのサポートを経験できるのがとても楽しみだった。先輩のスタジオ練習には必ず同行し、SNSでの宣伝担当にもなって投稿づくりを頑張った。

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練習が始まった頃は特に何も思っていなかったが、次第に先輩の言動に対して小さな違和感を抱くことが増えていった。そもそも先輩は、人に対してお礼の言葉をちゃんと言わない人だった。先輩のダンス練習をスマホで撮影するよう頼まれた私が1曲分撮影してスマホを渡しても、「はーい」と言って受け取るだけ。私が先輩の練習場所としてスタジオを予約しておいても、SNSに練習風景を載せて毎日宣伝しても、何も言われない。練習帰りに一緒にバスに乗り、1席だけ空いていたら何のためらいもなく無言で先輩が座る。当時の私は「後輩だし、裏方のスタッフとしてサークルにいるのだからこれらは当たり前のこと。お礼を言われないのは気にすることじゃない」と思うようにしていた。それでも小さい悲しみや不満は心の中に積み重なっていった。

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先輩と同期1人の、付き合ってるんだか付き合っていないんだか、という絶妙な距離感の関係を会うたびに見せられることにも私は違和感を抱いていた。仲の良い2人はスタジオ練習に必ず一緒に現れ、いつも楽しそうに雑談をしていた。私は1つ後輩なのに2人とも私には敬語で話しかけるし、話の内容は事務連絡が9割だった。練習が遅い時間に終わった日、近くのハンバーガー屋さんで2人が夕飯を食べようと話していたので声をかけて同行させてもらった。二つ返事で快く受け入れてもらった時は嬉しかったけれど、ご飯を食べだしたらすぐにいつもの感じになった。話すのはサークルの今後の予定についてだけ。私がいるだけで3人の会話が敬語になる。いつの間にか先輩方2人がサイドメニューのポテトを割り勘で注文していて、2人で楽しく完食していくのを私は愛想笑いをしながら黙って見届けた。

その日の帰り道、大学近くの交差点で2人と別れて歩き出した時、急にむなしくなった。アイドルのスタッフとして学園祭でキラキラしたステージに関われるのが楽しみだったし、アイドルさながらの可愛さを磨きながら歌とダンスに取り組む先輩の様子を間近で見ていられるのは楽しかった。また、少人数のサークルにつき私がやらなければならない仕事量が多く、私の仕事がサークルの存続に関わっているという大きな責任を感じていた。そのためサークルを辞めたいなどと考えたことは一度もなかった。でもその日、家に帰る私の足はふと止まった。もう無理かも、と思った。このままじゃ楽しい思い出よりも自分の心が傷つく出来事が増えていく一方だよな、と思った。

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その日の夜遅く、姉に電話をした。姉は「あなたを誰も大事にしてくれないそんな環境に身を置く必要はない」とシンプルに言い切った。その通りだった。私はサークルを辞めた。
1か月と少し経って、大学の講義は学園祭のため休講となった。「桜桃」のステージ発表の日、グラウンド特設ステージの客席後方にそっと立ち、私は先輩のアイドルパフォーマンスを見守った。音響も照明も、何の滞りもなく行われていた。私が練習に同行していた頃にいつも見ていた曲とは違う曲がセットリストに入っていた。もうむなしさは感じなかった。

立ち止まったあの日は、サークルを抜けて自分の居場所が1つ無くなるのが少し怖かった。でも立ち止まって、話を聞いてもらって、自分で考えて結論をだしたおかげで、あれから少しずつ自分を大切にできるようになった。あの日歩みを止めて良かったと今は思う。

■紅玉のプロフィール
アイドル、ドラマ、お笑いなど、エンタメが好き。

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