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【韓ドラになった歴史人】聖君として有名な世宗がハングルを創製した理由とは何か

  • 2024.11.13

朝鮮王朝第4代王・世宗(セジョン)といえば、『大王世宗』ではキム・サンギョン、『根の深い木~世宗大王の誓い~』ではハン・ソッキュ、『インス大妃』ではチョン・ムソンが演じていた人物だ。

そんな偉大な国王である世宗(セジョン)が歩んだ人生について語っていこう。

3代王・太宗(テジョン)の三男として1397年に生まれた世宗。王になる前は忠寧(チュンニョン)という名前だった。

忠寧には兄が2人いたため、「長男が跡継ぎになる」という朝鮮王朝の原則に基づきも、本来なら王になれるはずがなかった。しかし、太宗は自分の後継ぎを誰にするか悩んでいた。

父親である太宗が、三男の忠寧に王としての資質を感じていることに気づいた長男の譲寧(ヤンニョン)は無能を装うという大胆な行動に出た。

その結果、譲寧は王位を継承する権利を剥奪されてしまった。そんな兄の行動に驚きながらも一層勉学に励んだ二男の孝寧(ヒョニョン)だが、自分の限界を感じた彼は譲寧の行動の意図を理解し、弟の忠寧に後継ぎの座を譲って仏門に入ってしまった。

こうして、1418年に忠寧は4代王・世宗として即位した。

世宗の像
ソウル中心部にある世宗の像
偉大な国王の功績

1422年に父親の太宗が世を去って正真正銘の王となった世宗は、経験を積んで実務にも慣れた世宗は大いに力を発揮した。類まれなる指導力は政治や経済、文化や社会など幅広く及んだ。

世宗は、王に集中していた権力を分散させ、後継ぎにも一定の権力を与えた。その理由は、王に不備があった際に混乱が起きないようにするためだった。

彼はとても国民を愛し、臣下の者たちを信頼した。さらに世宗は人事を活用することにも優れており、身分が低くても能力がある者には役職を与えたのだ。

世宗が在位中に取り組んだことの中で、最も大きな功績が民族固有の文字「訓民正音(フンミンジョンウム)」を創製したことだ。いったい、どういう理由でそうなったのだろうか。

当時の朝鮮王朝では漢字が主に使われていたのだが、漢字を使えたのは特権階級(官僚や知識人など)の者だけで、庶民はまったく使うことができなかった。

それを知った世宗は民族固有の文字の創製に取り掛かり、1443年に「訓民正音」を完成させたが、公布されたのはそれから3年後の1446年だ。

今でこそ、ハングルという名称で広く浸透しているが、創製した当時は、漢字を使うことのできた特権階級の者たちが、自分たちの特権が脅かされることを恐れて普及を妨げていたので、庶民に広く伝わらなかった

世宗は1450年に世を去ったが、ハングルを創製するという大きな功績を残した彼は本当にすばらしい国王だった。朝鮮王朝には27人の国王がいるが、世宗ほど尊敬されている国王はいないだろう。

【世宗の人物データ】

生没年
1397年~1450年

主な登場作品()内は演じている俳優
『大王世宗』(キム・サンギョン)
『根の深い木~世宗大王の誓い~』(ハン・ソッキュ)
『インス大妃』(チョン・ムソン)

文=大地 康

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