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映画『ルート29』を見る前に知ってほしい5つのこと。綾瀬はるかが1年弱の休業の末、出演を決めた理由

  • 2024.11.23

11月8日より映画『ルート29』が劇場公開中。本作は詩人・中尾太⼀の詩集『ルート29、解放』からインスピレーションを受けた作品で、舞台となるのは兵庫県姫路市から鳥取県鳥取市を結ぶ国道29号線です。

ハートフルなロードムービーのようで、実は……

「綾瀬はるか主演の、小学生の女の子と共に、お母さんのもとへと向かうロードムービー」と聞くとキャッチーでハートフルに思えますし、実際に子どもから大人まで楽しめる内容なのですが……本編を見るといろいろな意味でびっくりもするでしょう。端的にいえば、めちゃくちゃ変わっているけど、めちゃくちゃ面白い映画でした。もちろん予備知識ゼロでもいいのですが、「こういう作品だと分かってから見る」のもいい選択だと思います。その理由を記していきましょう。

1:映画館で「浸って」ほしい「音」が重要な内容

まず、本作は映画館で見るべき内容であると断言します。なぜなら「音」の演出が重要な、「浸る」タイプの作品だからです。

夜に訪れる少し寂しい雰囲気のドライブイン、湿った空気を感じられるトンネル、緑深い森、神秘的な湖など、それぞれの画がまるで「日本の原風景」のよう。風が木々の葉を揺らす音や、虫の羽音や鳥の鳴き声などの「自然の音」が聞こえてくるのです。

(C)2024「ルート29」製作委員会
(C)2024「ルート29」製作委員会

後述するように、「旅の途中で不思議なキャラクターたちと出会う」内容でもあるため、早送りはできず、他に邪魔が入らない「映画館」という環境で見てこそ、一緒に旅をしているという「一体感」があるはず。

カメラワークも印象的で、例えば2人の主人公が出会う場面、顔のアップを交互に映して「同じ目線の高さで正面から向き合う」シーンは秀逸でした。そうした映画という媒体ならではの表現方法を、劇場で味わい尽くしてほしいのです。

2:連想するのは、鈴木清順やデイヴィッド・リンチの作品?

『ルート29』の大筋の物語はシンプルです。鳥取県で清掃員として働いている寡黙な女性が、仕事で訪れた病院で入院患者の女性から「私はもうすぐ死にます。娘をここに連れてきてほしい」と頼まれ、姫路にいる女の子の元へと訪れて2人で鳥取へ旅をします。

(C)2024「ルート29」製作委員会
(C)2024「ルート29」製作委員会

物語の発端そのものもやや現実離れしていますが、道中で出会うのは「この人は現実にいる人なの?」と思ってしまうほど、不思議なキャラクターばかり。2匹の犬を連れた赤い服の女性、ひっくり返った車の中にいた老人、「人間社会から逃れるために旅をしている」と語る親子などなど……それぞれがミステリアスなのですが、同時に親しみやすさや、とぼけたユーモアも感じさせて、なんだか居心地がいい、というバランスも面白いのです。

その不思議な話運びや手の込んだ画作り、現実と非現実の境界線がいい意味で「あいまい」にも思える様は、『ツィゴイネルワイゼン』や『ピストルオペラ』などの鈴木清順監督や、『ストレイト・ストーリー』や『マルホランド・ドライブ』のデイヴィッド・リンチ監督を連想するほど。実際に『ルート29』の森井勇佑監督は、鈴木監督作の4Kデジタル完全修復版特集上映「SEIJUN RETURNS in 4K」の予告編のディレクションを担当しており、そのリスペクトが本作にも込められているのは間違いないでしょう。変わったキャラクターがたくさん登場する、現実とファンタジーが交錯するような作品ですが、河井青葉が演じる小学校教師は、比較的現実味のあるキャラクターとなっています。しかし、決して穏当なだけではない、「毒」も込められた彼女の言葉は、この作品の本質を示しているようで、強い印象を残すことでしょう。

なお、物語の冒頭で主人公の女性は清掃会社のワゴン車を盗んでいますし、小学生の女の子を連れ回している、客観的にははっきりと犯罪者だったりもします。もちろん、その行動理由は母親と娘を会わせるという善意のはずなですが……そのように(警察または一般的な価値観からの)逃亡者にもなっている2人の旅の顛末(てんまつ)が、現実的でシビアな着地になるのか、それともファンタジーに「寄る」のかにも、ぜひ注目してほしいです。

3:事前に監督の前作『こちらあみ子』を見て分かること

『ルート29』はびっくりする内容ではありますが、森井監督の長編映画デビュー作『こちらあみ子』を見てみると納得できることもあるので、可能であればそちらを先に見ることをおすすめします。同作は芥川賞作家・今村夏子の小説の映画化作品で、とある悲劇を経験した家族の生活が、小学生の娘の純粋な行動をきっかけに「変わってしまう」様が描かれます。今回の『ルート29』で綾瀬はるかと実質ダブル主演を務めた大沢一菜が、『こちらあみ子』でも「一度見たら忘れられない」ほどの存在感があります。

特徴的なルックス、力強いまなざしもさることながら、生命力に満ちているような佇まい……劇中で大沢一菜が演じているのは、発達障害またはADHD、またはそのグレーゾーンとして診断されるであろう、風変わりな言動のために家族や同級生との不和が生じてしまう少女ですが、「それだけじゃない」魅力や健気さも感じられるはずです。その後に今回の『ルート29』での大沢一菜を見れば、少し成長をしたように思える彼女の姿にも、感慨深いものがあるはずです。

『こちらあみ子』は現実的かつシビアな出来事が起こり続ける内容ですが、時々「えっ!?」と驚く、現実からやや乖離(かいり)したシーンや、はっきりとファンタジックな画もあります。それぞれが主人公の妄想とも解釈できますが、そうとも言い切れないシーンもあるというバランスなので、今回の『ルート29』よりは飲み込みやすいでしょう。それでいて、森井監督に通底する作家性はもちろん、音や画の工夫で語る映画作家としての巧みさを、両者ではっきりと感じられるはずです。

4:1年弱ほど休んでいた綾瀬はるかの運命

やはり本作の目玉は、主演の綾瀬はるかでしょう。パブリックイメージとしてはとても真面目、はたまたマイペースで天然、ドラマや映画でも親しみやすいキャラクターを多く演じている印象ですが、今回の『ルート29』ではその正反対です。コミュニケーションが苦手で、思ったことや感じたことを独り言のように日記に書いている、というキャラクターなのですから。

実は、綾瀬はるかは本作の前に映画やドラマの撮影を1年弱ほど休んでおり、その間に「次の作品は、縁(えん)を感じるものや運命を感じるものをやりたい」とずっと思っていたのだとか。

しかも、綾瀬はるかは森井監督の前作『こちらあみ子』が大好きだったそうで、今回の『ルート29』の台本を読んだときには「すごく優しい時間が流れていて、自然と涙が流れていました」「読めば読むほど毎回大好きになる不思議な台本でした」「気負わずスッと入っていけそうな気がした」「『こちらあみ子』の主演の大沢一菜ちゃんに会ってみたい」といった気持ちもあって、オファーを受けることを決めたそうです。

(C)2024「ルート29」製作委員会
(C)2024「ルート29」製作委員会

その縁と運命が最良の結果を生んだことは、出来上がった作品、特に綾瀬はるかの演技そのものから分かります。寡黙であまり感情を表に出さないキャラクターだからこそ、「ここぞ」という時の繊細な心の動き、特にラストの表情などから、観客の心を揺さぶる、新しくも美しい綾瀬はるかが見られるのですから。

綾瀬はるかは自身が演じた役について、「過去に何かがあったのか、積極的に人とつながりを持とうとはしていません。それを心のどこかで寂しく思う気持ちもあったのかなと。だからこそハル(大沢一菜)との旅を通して、初めてさまざまな“感情”をもらい、心が明るくなっていくんです」などとも語っています。

2人の主人公は現実から少し離れた立場かつ、口数が少ないことも含めて、似た者同士にも思えますが、その旅を通じてどのように心境が変わったのか……綾瀬はるかと大沢一菜それぞれの演技からも、大いに汲み取ることができるでしょう。

5:「理屈ではないこと」も描いている

森井監督は「Kiss PRESS」のインタビュー記事で、前述した旅の途中で出会う不思議なキャラクターたちについて、「2人のことをどうこうしようという意図を持って登場させてはおらず、それぞれが勝手に生きている人々であり、2人とは偶然に出会う構成にしています」と語っています。

なるほど、通常の物語では、誰かとの出会いによって主人公の感情や行動が激変していく、という方が一般的でしょう。しかし、森井監督には「“何かの役割を帯びた人物”が目の前に現れて主人公に作用するという流れはうそくさい気がしていて。それこそ非現実じゃないか」という感覚があったそうです。そのうえで、森井勇佑監督は「人間はみんなそれぞれが生きている中で、出会いや時間をともにするなどの“接点”を持つと思うのですが、そういったロジックの中で変化が生じるのではなく、ともに過ごした時間がそれぞれの心の中でどのように作用していくかを描きたい」とも考えたのだとか。

確かに劇中の不思議な出来事およびキャラクターは、それぞれが「主人公をこう変えていく」という具体的な役割を持たせてはいませんし、私たちが現実の人生で出会うほとんどの人もそうなのだと思います。だけど、その出会いにより心が少しだけ揺れ動いたり、何かの作用はあるのかもしれない……それも世界の本質だと思えたのです。

乱暴な言い方をしてしまえば、この『ルート29』で描かれているのは「理屈ではないこと」。「考えるよりも感じる」タイプの作品とも言えるでしょう。それはそれとして、「どういうこと!?」となる場面も多くあるものの、その困惑、いや「感情が迷子になる」ほどの展開や演出もまた楽しい内容だったりするのです。繰り返しになりますが、やはり映画館という場所でこそ、2人の不思議な旅路を見届けてほしいです。

この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「CINEMAS+」「女子SPA!」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。

文:ヒナタカ

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