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〈月とピエロ〉店主・長屋圭尚の居住空間。穏やかな光と静けさに包まれる、パン職人の家

  • 2024.11.10
〈月とピエロ〉店主・長屋圭尚/石川県 自宅 2階リビング

楽しく、健やかに暮らせる住環境こそが人生を支える

パン職人、長屋圭尚さんの朝は早い。朝というよりも、それはまだ夜で、店を開ける日に起きる時刻は、午前の1時。2階の居室から1階の工房に下りて仕込みを始めるのが午前2時頃。月明かりの下、食べた人に「喜んでもらいたい」という思いでパンを焼くから、店の名は〈月とピエロ〉という。

長屋さんが住まいと工房と店舗を一つにした「家」を持ちたいと考え始めたのは、2017年のこと。実家の納屋を改装し、パン屋を営み始めて2年ほど経った頃のことだった。以前から気になっていた実家の隣の土地が買えることになり、意を決して憧れの建築家、中村好文に手紙を書いた。

〈月とピエロ〉店主・長屋圭尚/石川県 自宅 階段
鉄の美しい螺旋階段が1階の工房や店舗と2階の住居とを分ける。支柱は白で、手すりは淡いグレーに塗り分けた。踏み板はクルミ。
〈月とピエロ〉店主・長屋圭尚/石川県 自宅 書斎
リビングの一角にあるコージーな書斎。デスクライトはベルナール・アルビン・グラのランプ《No.205》。旅先の古道具屋で見つけた。
〈月とピエロ〉店主・長屋圭尚/石川県 自宅 寝室
寝室の壁には川内倫子の水滴の写真。その静けさと瑞々しさが寝室によく似合う。キッズチェアの上のカゴはパジャマ入れ。
〈月とピエロ〉店主・長屋圭尚/石川県 自宅 ダイニング
長屋さんが「この家で最も落ち着ける場所」というダイニング。布張りのベンチシート側に座るとリビングの窓の外も見通せる。

「わかっていたのは、僕らの心や体の状態が良くないと、おいしいパンは作れないということ。妻には疾患があり、パン作りは体力仕事でもある。2人でパンを焼いて生きていくと決めた以上、僕らが楽しく、健やかでいられる住環境こそが大切なんだ、という強い思いがありました。だから家はどうしても、信頼する建築家に建ててもらいたかったんです」

その思いを受け止めた中村の設計により、手紙を書いてから4年後の2021年に、大きなパン窯を家の中心に据えた、住まい兼工房兼店舗が完成。1階の東側と2階に置かれた住居部分は、どの部屋も窓の大きさと光の入り方が絶妙で、穏やかな雰囲気が漂う。

天井高を抑えたダイニングなど、各空間のボリュームも動線も、違和感がまるでなく、「ここに住んでから、心の揺れも落ち着いているんです」と妻の由香里さん。

〈月とピエロ〉店主・長屋圭尚/石川県 自宅 キッチン・ダイニング
リビングから、2階北側のキッチンとダイニングを見る。木製のアイランドは配膳台と器の収納を兼ねる。フローリングは能登のヒバ材。足ざわりがやわらかく、あたたかい。
〈月とピエロ〉店主・長屋圭尚/石川県 自宅 2階リビング
設計はほとんど建築家にお任せだったというが、レコードを収める造作家具は長屋さんたっての希望。写真左手のウォールランプはジャン・プルーヴェの名作《ポテンス》。
〈月とピエロ〉店主・長屋圭尚/石川県 自宅 2階リビング
2階リビング。景色を切り取る程よいサイズの窓が心地いい。背の低い造り付けの本棚の裏に書斎がある。壁側の椅子は、ボーエ・モーエンセンのハイバックイージーチェア。
〈月とピエロ〉店主・長屋圭尚/石川県 自宅 和室
1階の和室。文机(ふづくえ)掘りごたつのように足を入れられる。柿渋染め作家、冨沢恭子のタペストリーが床の間の掛け軸代わり。

この家の「穏やかさ」を形作っているのは、2人が集めてきた家具やアートでもある。色鮮やかなわだときわのリトグラフ、素朴な線とカタチが魅力の松林誠のドローイング、ヴィンテージで見つけたプルーヴェの照明やヤコブセンのキッズチェア……よく選ばれた物が、必要な量だけ、ゆったりと置かれているのも心地よい。

「美しい物を見ると嬉しくなる。そういう気持ちがパンにも表れる。家が支えるものの大きさを、暮らしながら日々実感しています」

〈月とピエロ〉店主・長屋圭尚/石川県 自宅 薪風呂の焚き口
風呂は薪風呂で、毎日1時間かけて焚く。文庫本片手に火加減をとる時間も楽しみの一つ。玄関に程近い、焚き口の上の壁に飾られた花の絵は、高知の版画家・松林誠の作。
〈月とピエロ〉店主・長屋圭尚/石川県 自宅 槇風呂の浴槽
薪風呂の浴槽は鋳物のいわゆる五右衛門風呂。「体の芯から温まり、お湯もまろやかで優しい」。浴槽の周りは墨モルタル。
〈月とピエロ〉店主・長屋圭尚/石川県 自宅 入口
地元・能登ヒバを使い、下見板張りで仕上げた外観。住居専用の入口左上がリビングの窓。住居にはほかに勝手口も設けた。

profile

〈月とピエロ〉店主・長屋圭夫婦

長屋圭尚(〈月とピエロ〉店主)

ながや・よしひさ/1984年生まれ。公務員時代にパンの発酵についての本に出会い、パン作りの道へ。大阪〈ル・シュクレクール〉を経て、2015年に妻の由香里さんと天然酵母パン〈月とピエロ〉オープン。10時開店。遠方から足を運ぶファンも多い。

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