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「ピンピンコロリ」は決して幸せな死に方ではない…62歳で狭心症になりステントを入れた医師が痛感したこと

  • 2024.11.9

死亡原因の約23%を占める循環器の疾患。がん細胞の研究を専門とする東大名誉教授の黒木登志夫さんは「がんは多くの場合、年単位でゆっくり進行するが、恐ろしいのは循環器の病気。心臓や脳に異常があった場合は、時間との勝負である。心筋梗塞も脳卒中も、迷わずに救急車を呼ばねばならない」という――。(第4回)

※本稿は、黒木登志夫『死ぬということ』(中公新書)の一部を再編集したものです。

胸を手で抑えるシニア男性
※写真はイメージです
がん研究医は62歳で多忙なとき、典型的な狭心症になった

この例は、私の狭心症である。1998年、62歳のとき、私は次期日本癌学会会長として、忙しい日々を送っていた。ある朝、東急目黒線の洗足駅から当時勤務していた昭和大学まで歩いているときに、胸骨のあたりを後ろから押されているような不快感があった。教授室に着き、水を一杯飲むと治まった。

数日後、家から駅まで歩いている途中でまた胸に不快感があった。立ち止まるとすぐに治ったが、今度は狭心症を疑った。中年の男性が、朝の出勤途中に胸が痛くなるというのは狭心症の典型だ。食事の後、血液が胃に集まり、心臓へはおろそかになるためである。

すぐに循環器内科で検査を受けた。運動負荷をかけると典型的な狭心症の心電図であった。さらに心臓の血流を調べたところ、心臓の先の方に血流が不足していることがわかった。間違いなく狭心症であった。

2週間後に、私はタイの王様の72歳を祝う国際シンポジウムに招待されていた。この状態でタイに行くわけにはいかない。私は座長に国際電話で断りを入れ、妻と2人分のタイ国際航空ビジネスクラスの招待チケットもキャンセルした。そのとき、妻が晩餐会用のドレスを買いにデパートに行くと言っていたのを思い出した。急いで電話したところ、幸いにもまだ買いに行っていなかった。タイ王室で盛大な晩餐会が開かれているころ、私は目黒駅前のタイ宮廷料理レストランで家族と食事をした。

心臓など循環器の病気は、突然死のリスクが高い

次の週、私は昭和大学循環器内科に入院した。心臓カテーテルによって、詰まっている冠動脈にステントという金属メッシュの筒を入れて、95%狭窄している部分の通路を確保した。詰まっていたのは危険性の高い柔らかい血栓であった。柔らかい血栓の方が剝がれると、その先で詰まり、心筋梗塞になるリスクが高い(「不安定狭心症」)。正直、危ないところであった。以来、25年のあいだ1回も再発していない。ステントの効果はすごいものである。

循環器の病気が恐ろしいのは、突然死のリスクが高いためである。考えてみよう。あなたが今晩風呂に入っているときに突然死ぬかもしれないのだ。家族は驚き、悲嘆に暮れるであろう。死ぬための心構えも何もできていないあなた自身にとっても、これほど無念なことはない。

2019(令和元)年の死亡原因内訳
出典=厚生労働省「循環器病に係る統計」
突然死のリスクが高く、救急車を呼んだほうがいい症状は?

突然死のリスクがある循環器病、脳疾患を以下、○印で示す。

・心臓の病気:弁膜症/○不整脈/先天性心疾患/心不全
・虚血性心疾患:狭心症/○心筋梗塞
・肺の病気:○肺塞栓/肺高血圧症
・動脈の病気:○大動脈解離/○大動脈瘤/末梢動脈疾患
・脳の病気:○脳梗塞/○脳出血/○くも膜下出血/○急性硬膜下出血/硬膜下血腫
(WHOの定義では、突然死は発症から24時間以内の死亡をいう)

人々は苦しむことなく「コロリ」と死にたいなどと口にするが、別れの言葉を言う時間もなく亡くなった人はどんなに心残りであろうか。遺された人も、なかなか立ち直れない。

循環器の病気は、時間との勝負である。心筋梗塞も、脳卒中も、迷わずに救急車を呼ばねばならない。脳のときは、“Time is brain”といわれるように一刻も争う状況なのだ(ちなみに、心臓の場合は“Time is muscle”という)。

胸の痛みのある高齢女性
※写真はイメージです

幸いなことに他の国と違って、日本は救急車が無料である。突然次のような症状が現れたときは、危機が迫っているので、躊躇しないで救急車を呼ぶべきである。


○胸痛(狭心症、心筋梗塞の疑い)
・突然、激しい胸痛がある。
・肩あるいは歯に放散するような痛み。
・ニトログリセリン舌下錠を3回使っても胸痛が収まらない。

○背中の痛み(大動脈解離、大動脈瘤破裂の疑い)

○脈の異常(不整脈の疑い)
・不安感を感ずるような脈の乱れ
・平静にしていても、脈拍が50以下、あるいは120以上

○激しい頭痛(くも膜下出血の疑い)

○神経異常(脳梗塞、脳出血の疑い)
・意識がなくなる。
・身体の片側に脱力、しびれが出現する。
・目が見えなくなる、ぼけて見える、視野がかける。
・言葉が話せなくなる、会話が理解できなくなる。
・めまい、ふらつき、転倒。

循環器病の多くはカテーテルで治せるようになった

循環器病の治療は驚くほど進歩している。血管の狭くなったところには、ステントという筒状のステンレスのメッシュの筒を狭窄部に入れる。ステントには再狭窄しないように薬剤が仕掛けてある。私の狭心症のケースでは、薬剤の塗付のない旧式のステントを入れて25年たつがこの間全く問題がなかった。

くも膜下出血の原因となる脳動脈瘤も大動脈解離の治療も、血管内を保護するステントによって行われる。ちなみに、ステントはイギリスの歯科医(Charles Stent:1807〜85)が開発した歯科用の型取り資材に由来する。

多くの循環器の治療は、血管からカテーテルを入れて行われるようになった。冠動脈、心臓弁膜、脳動脈の手術はカテーテル手術である。体の負担は少なく、入院期間も非常に短くなった。カテーテルを操るのは、心臓の場合、心臓外科医ではなく、循環器内科医である。私は、自分の冠動脈にカテーテルでステントを入れるのを画面で見ていたが、カテーテル操作の技術には感嘆するばかりであった。ゲームで培った技術が役に立っているのかもしれない。

カテーテル挿入のイメージ
※写真はイメージです
突然死は自宅が多い、起こりやすい場所とシチュエーション

突然死は、どのような場所で、何をしているときに起こるのであろうか。日本心臓財団によると、次のようになる。

黒木登志夫『死ぬということ』(中公新書)
黒木登志夫『死ぬということ』(中公新書)

・自宅:74%
・公共の場所:19%
・事務所:7%

自宅では寝ているときと風呂に入っているときが多い。

・睡眠中:34%
・入浴中:11%
・排便中:4%

意外なことに、労働、歩行、スポーツなどの身体を動かしているときはそれほど多くない(1~5%)。日常生活それも自宅における普通の生活のときの発作が多いことがわかる。

冬場は、特に入浴中が危ない。人口動態調査によると、2021年の浴槽での溺死者は5459人に上る。交通事故による死亡(3536人)よりも1.5倍も多いのだ。そのうちの約5000人は65歳以上の高齢者であった。入浴中に気を失うと、溺死の危険がある。脱衣所と風呂の温度の差による「ヒートショック」死も多いと思われる。脱衣所にヒーターをつける、冬はむしろぬるま湯にするなどの注意が必要である。

脳卒中は要介護になる可能性が高い

循環器病のなかでも、特に脳卒中は、運よく命を取りとめたとしても要介護になることが多い。2019年国民生活基礎調査によると、介護の原因となる疾患としては、認知症に次いで、脳卒中は第2位である。しかも、一日中ベッドの上で過ごし、食事も排泄も介護に頼らざるを得ない最重症者は、脳卒中が1位である。脳血管障害と心疾患を合計すると、循環器病は男性の要介護者の32%、女性の場合は15%を占めている。生活の質という観点からも、循環器病の予防は非常に重要である。

遠き道百歳迄も生きて来た脳梗塞で苦しみながら 森田きく
(小高賢『老いの歌』岩波新書、2011)

もし、麻痺が軽く、短期間で回復すればよいのだが、辛抱強くリハビリを続けても元に戻らないことがある。この歌の作者はこのとき104歳であったという。どんなに辛いことであったであろうか。

介護が必要となった主な原因
出典=厚生労働省「循環器病に係る統計」
循環器病は発作を繰り返すことが多い

心臓の役割は、全身から集まった血液を肺で酸素化して全身に送り出すことである。それが十分にできない状態を心不全という。心臓の機能が落ちて収縮力が低下すれば心不全になる。心筋が肥大して拡張力が低下しても心不全となる。血管の動脈硬化、腎機能が落ちても心不全になる。

心不全の症状は、血管内に水分が多く溜まりすぎることによる。全身がむくみ、ちょっと動いただけでも疲れ、呼吸が困難になる。肝臓のうっ血による腹痛、腹水が溜まることによる不快感などの症状が日常活動を脅かす。その影響は全身に及ぶ。心不全の治療は、安静にして心臓の負担を減らし、利尿剤で血液の量を減らすことが第一になる。降圧剤により血管の緊張を緩めて、血液を流れやすくする。

循環器病の発作は繰り返す。図表3は、マーレィの論文を基に、日本循環器学会がより詳しくまとめたものであり。虚血性心疾患、心臓弁膜症になると、突然死をすることがある。心不全になると影響は全身に及び、発作のリスクが残る。

循環器病の経過
出典=黒木登志夫『死ぬということ』(中公新書)

黒木 登志夫(くろき・としお)
東京大学名誉教授
1936年生まれの「末期高齢者」(88歳)、東京生まれ、開成高校卒。1960年東北大学医学部卒業。3カ国(日米仏)の5つの研究所でがんの基礎研究をおこなう(東北大学、東京大学、ウィスコンシン大学、WHO国際がん研究機関、昭和大学)。しかし、患者さんを治したことのない「経験なき医師団」。日本癌学会会長、岐阜大学学長を経て、現在日本学術振興会学術システム研究センター顧問。著書に『健康・老化・寿命』、『知的文章とプレゼンテーション』『研究不正』『新型コロナの科学』『変異ウィルスとの闘い』(いずれも中公新書)など。

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