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はやみねかおるが描く“怪盗の美学”とは? 『怪盗クイーンはサーカスがお好き』主役のクイーンの人を傷つけない盗み【書評】

  • 2024.11.7
ダ・ヴィンチWeb
『怪盗クイーンはサーカスがお好き』(はやみねかおる/講談社)

怪盗には美学が必要なのだと、最初に教えてくれたのは、はやみねかおるさんだった。「怪盗といえば、美術品や宝石を盗むと思われている。わたしには、その陳腐なイメージが気に入らないのだよ。」と古代ギリシャの彫刻のような美貌の男が言う。ぬけるように白い肌、かすかに灰色がかった瞳、ほそ長い指がかきわける、銀色に近い白い髪。それが、怪盗クイーン。はやみね作品屈指の名探偵・夢水清志郎(教授)の好敵手として生まれた彼は、『怪盗クイーンはサーカスがお好き』(講談社)で主役デビューを果たした。

本作で彼が狙うは、「リンデンの薔薇」。かつてエジプトのカイロ美術館から盗み出された「ネフェルティティの微笑み」――手にしたものをみな不幸にする呪いをもつダイヤモンドは、名を変えてとある日本人に所蔵されていた。いや、けっきょく美術品を盗むんかい!と思うかもしれないが、結果は同じでも理由は違う。クイーンの目的は「彼女(宝石)を無粋な金満家のもとから救い出すこと」なのだ。

というわけで、国籍不詳の彼は相棒のジョーカー、そして人工知能のRDとともに、日本に降り立つことを決めるのだけど、残念ながら今回、教授の出番はない。教授の、ある意味では相棒ともいえる上越警部と、その部下・岩清水は登場するものの、敵として立ちはだかるのは同じ獲物を狙うサーカス団である。猛獣使いに軽業師などさまざまに秀でた能力をもつ彼らは、クイーンのふりをして先に「リンデンの薔薇」を盗み出してしまった。そしてクイーンに勝負を挑むのだ。自分たちから獲物を奪うことができるかな? と。かくしてクイーンは謎多きサーカス団に潜入することになるのだけれど……。

変装の名人であるクイーンが誰に化けているのか。勘のいい人ならしばらくしてピンとくるかもしれないが、それをさらにひっくりかえす展開を用意しているのが、はやみね流。そして、とらわれの身になった岩清水とRDのコントのようなやりとりを通じて、どこか懐かしい気持ちにさせられたり、夢水シリーズにも登場する記者・伊藤を通じて、怪盗だけでなく人にはそれぞれの美学があるのだと――どんなにいいかげんに見える人でもゆるぎない美学がある限りはその生き様も美しいのだと教えられたり、はっとさせられる瞬間が多々織り込まれているのも「はやみねさんの小説を読んでよかったなあ」と思わされる理由である。そうした積み重ねの先で明かされる、サーカス団を率いるピエロが明かす、真の目的に心打たれない人はいないだろう。

怪盗、つまり盗人である以上、クイーンは決して「善人」ではない。誰かを不当に傷つける世の中をよしとはしないけれど、どんなに万能でも人ひとりにできることは限られていると知っているから、ヒーローのようにふるまうこともない。でも、それでも、己の美学を貫くことで、少なくとも自分が出会った人の心を軽くすることはできるかもしれない。泣いている人より、笑っている人の顔を見たいし、イリュージョンのような怪盗らしい動きを見せることで、世の中に心躍る種を蒔きたい。そんなふうに考えているのではないかな、と思うのだ。

はやみねさんのデビュー作は『怪盗道化師(ピエロ)』。主人公は「ぬすむことによって、みんなが笑顔になれる」ことを信条の一つとする男だった。怪盗とピエロ、そのふたつが登場する本作は、はやみねさんの原点回帰ともいえる作品なのかもしれない。

文=立花もも

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