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黒色のベンツでいつも迎えに来る彼。そのたび私は下町のお姫様になる

  • 2024.11.5

私はあの街が大好きだ。大阪市の中にあるが、さして有名な観光地もない下町のような人情溢れる街。
当時大阪市に単身で来た私は、交際していた人と同棲をしていた。しかしそれが終焉を迎え、同棲していた街から正反対の位置にあるこの街に住んでいる。

◎ ◎

5階建てのマンション、築年数はかなり経っているが、紛れも無い私の城。その我が家を出れば挨拶をしてくれる人は沢山いる。住み心地が良く、寂寥感を感じる暇もないというのはもちろんの事、生活をする上での必要な機関や場所は全て揃っている。
そんな体の良い言葉を並べて来たが、本当にこの街を好きな理由は他にある。もちろん上記に述べた内容も嘘偽りのない事実ではあるが。

◎ ◎

私がこの街を本当に好きな理由は、大好きな彼が、この町に来たから。
彼は、下町の雰囲気に似つかわしくない黒色のベンツでいつも私を迎えに来る。その車の助手席に乗り、ドライブをする。そこから見るいつもの景色は私にはとても輝いて見える。ラーメン屋のネオンの光でさえ、私には美しく煌めく月の明かりに加勢して私たちを照らす綺麗な輝きに変わる。居酒屋から漏れ出す大きな笑い声や車の行き交いの騒音は、私たちを喧騒の渦に引きずり込む代わりに、彼と目を合わせた瞬間、それは私たちを祝福する賛美歌となる。息も絶え絶えで嫌な事があった日もそんな物は全てこの瞬間に忘れてしまう。

この街にまだ慣れきっていない彼はナビをよく使うのだが、目的地が決まった瞬間、黒色のベンツは馬車に代わる。彼は正真正銘の王子様となり、私はお姫様になる。いつもの街並みはお城までの町並みへと変化をし、ナビが指す目的地までの道のりはお城までの道筋となる。「また間違えた(笑)ここ分かりにくいねんな〜(笑)」と笑いながら言う彼。道に迷ったり、行き方を間違えたりするのさえ私たちにとっては、いつもの事。いつもの事だが、言ってしまえばそれも大いなる幸せと言える。この街ならではの地形や街並みでなければ、道を迷うことも、行き方を間違える事も無かっただろう。こうした幸せを感じられるのもこの街と彼のおかげだと思うと、私はこの街と彼の事をよりいっそう愛おしく思える。

◎ ◎

魔法も解け、彼と別れを惜しむ時間。「明日は仕事が終わるのかなり遅くなりそうで会えんかもしれんわ……」と悲しそうに言う彼や「明日もこれくらいの時間に迎えに来るから!」と太陽の様な笑顔で言う彼。その時々に悲しそうに頷く私、嬉しそうに頷く私。そんな私達を囲む明け方のこの街は静寂に包まれている。

車を降り、彼の車が見えなくなるその瞬間まで、私はこの街には相変わらずそぐわない彼の車とこの街から見える景色を見ながら幸せと太陽が顔を出し照らす鼓動を感じる。魔法も解け、もうすぐ朝日がこの街を照らす時間だと思いながら私は自宅へ帰る。小鳥は電信柱に留まり囀いている。また目を覚ませばこの街での素敵な一日が始まるだろう。

■キョウヤのプロフィール
2000年生まれ/神奈川県横浜市出身/大阪市在住/中高一貫女子校育ち/教育学部卒業

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