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夫の"AIとのチャットセックス"は裏切りなのか…社会学者・山田昌弘「愛が多様化する時代の"準"浮気最前線」

  • 2024.11.3

生成AIの存在が日常化するなかで、「AIチャットとの浮気」が生まれている。それは「不貞行為」なのか。社会学者の山田昌弘さんは「AI浮気は法に触れずとも、『夫婦の距離』を変える誘因になる可能性はおおいにある」という――。

チャットセックスまでしていた夫への失望

過日、読売新聞の掲示板サイト「発言小町」で、面白いトピックを見つけました。

タイトルは、「AIチャットは浮気だと思いますか?」(2024年7月21日付)。

内容は、「夫のスマホをこっそり確認してみたら、AIが相手だった」というものです。

ピンクの背景に悲しい表情のプレートで顔を隠す女性
※写真はイメージです

「チャットセックスまでしていた」とありました。投稿女性は、「生身の人間と浮気された衝撃となんら変わらない」と言っています。ただ、その投稿への多くの反応は、「そんなに気にすることはないでしょう」というものでした。それはポルノを見ることや、アダルト・ゲームと同じだから、と。

前回、「異性の友人と親しくするのは許されるかどうか」を考えながら、「排他性規範」について考察しました。「恋人や配偶者以外の異性とは、親密になってはいけない」というものです。ひと昔前までこれはたいへんに強い考え方でしたが、現在はだんだんと緩んできています。ただし、「親密」の程度問題であることには変わりありません。親密といっても、「話をする」程度の親しさならよいけれど、「性関係を持つ」といった深い関係になることには、多くの人は「許せない」と感じている。つまり、夫婦の親密関係は特別なものであるべきであり、それをないがしろにするのは許されない、という考え方がいまだ確固としてあるのです。

夫が年上の男性と旅館に泊まる…

ただし親しい相手というのは、「異性」とは限りませんし、このケースで見られるように「人間」とも限らないのです。

私は読売新聞の人生相談「人生案内」の回答者もしていますが、そこにもさまざまな“準”浮気相談が寄せられます。

その中で「夫がゲイだとわかった」(2017年2月7日付)という相談がありました。それは、60代の夫が自分に隠れて同性の恋人としばしば海外旅行に行っていたことがわかったというもの。この手の相談はけっこう古くからあり、今から60年以上前、1958年(私が生まれた翌年!)の同欄には、「夫が年上の男性と文通し旅館に泊まる」(1958年10月9日付)というものがありました。そのときの回答者は、「夫は一時的な病気だから、歳をとれば、いずれあなたのもとに戻ってくる」と、楽観的なアドバイスをしていましたが。

今では、同性との浮気でも、それが「性的行為」であれば、不貞行為として慰謝料を請求できる時代です(2019年東京地裁)。異性であろうが同性であろうが、配偶者が性的関係を持ったら「精神的苦痛」を受けるということが、法的にも認められるようになってきています。

また、風俗店などでの性関係についても、離婚原因になり、慰謝料請求もできるという見解が有力です。ただしそれは、「不貞行為」があった場合だけで、「セックス」ではない性的サービスを受ける風俗店に行っただけでは離婚を認めなかった判例もあります。

AIとの浮気は不貞行為になるのか

冒頭の「発言小町」のケースでは、夫は「チャットセックス」(サイバーセックス)までしていた。もちろん、通常のサイバーセックスと言われるものは、ネット上でリアルな相手とチャットしながら性的興奮を得るもので、現実に身体的な接触はありません。あくまで妄想上のセックスです。

ネット上であれば、相手に損害賠償を請求できるとは思えません。ましてや、この場合相手は、AIです。これが「不貞行為」として離婚原因と認められる可能性は低いでしょう。

ただ、法律では「性関係の有無」が重要ですが、事実として残るのはそれだけではありません。このケースのように、「妻である自分以外のものに性的魅力を感じ、疑似セックスまでしていた」ことは、現実の浮気と同じ。自分に対する裏切りだと感じ、ショックを受ける人もいるということです。それが人でなくAIであっても。

こうしたAIの恋人が許せないという理由は、恋人になったら自分以外の相手と親密な関係になってはいけないという「排他性規範」によるものです。これは、当人にとっては、「親密関係」の「独占権」にかかわる問題です。

夫婦に親密関係の独占権はあるのか

夫婦の「性関係」について独占権があることは、法律的に保証されています。配偶者以外の人とリアルにセックスすれば、それは、権利の侵害、要するに不法行為となります。

しかし、単なる親密な関係であれば、独占権は法的には保証されません。

逆に、友人などとの親密な関係を禁止するため、配偶者の行動を制限するような行為、例えば、同性異性にかかわらず友人と会うことを禁止したり、相手の行動を監視したりするような行為は、夫婦であっても、DVと認定されます。

ここで、夫婦や恋人の愛情はどうなのか。結婚する場合、結婚式の中で「あなただけを一生愛します」とお互いに誓うことが多いでしょう。口に出して言わなくても、夫婦は互いに愛情を持ち合うことが当然のことだと多くの人は思っているでしょう(たとえこれが近代社会になってもたらされたものであっても)。そして、この考え方は恋人にも準用されます。つまり、結婚や恋人になることは、「互いの親密関係を独占する契約である」という意識が根底にあるのではないでしょうか。

結婚式で新婦に指輪をはめる新郎
※写真はイメージです
愛を分散させるのはいけないことなのか

ここで、ひとつの疑問が生じます。

「愛情は、一人の人に集中しなければいけないものなのか?」

具体的には、「別の人と親密な関係をつくることは、配偶者や恋人に対する裏切りなのか」、つまりは「愛を分散させることは、いけないことなのか」という問いです。

冒頭のケースのAIと浮気をしている夫の立場から考えてみます。

別に、妻に迷惑をかけているわけではない。現実に、夫婦の日常生活に支障をきたしているわけではありません。多少の金銭負担はあってもお小遣いの範囲内でしょう。サイバーセックスなので不法行為をしているわけでもない。相手がAIなので、「奥さんと別れてほしい」と迫られることもない。

ですがこの男性は、妻との「普通の」性関係にきっと満足していないのでしょう。

でも、自分が考える(性的興奮や満足を得られる)理想的な性関係を妻に押しつけようとは思っていないし、多分、妻には求められない。そんなときに、自分が一番満足できる親密性を伴った性的興奮する相手、AI恋人を見つけた。それは、お金もあまりかからないし、法にも触れない、日常生活に支障が出ない。妻に何の迷惑をかけているわけでもない。これでいったい「何が悪いのか?」という思いかもしれません。

親密な欲求が拡大かつ多様化した現実

ここに、現代社会の「愛の変化」が見て取れます。

「愛している人(配偶者や恋人)同士で、性的満足を含むあらゆる親密な欲求を満足させなければならない」という昭和の時代に作られた考え方が、現実的ではない社会になってきているのです。

夕暮れ時に手をつないでいるカップルの手のシルエット
※写真はイメージです

その背景には、「親密な欲求」が拡大かつ多様化し、一人の相手でそのすべてを満足させることが難しくなっている現実があります。一対一で関係性が“破綻”してしまうよりは、分散させてリスクを避ける。そのほうが持続性や効果が高いとも言え、タイムパフォーマンス(タイパ)やコストパフォーマンス(コスパ)の対価を、愛情関係にも求めた結果であるのかもしれません。

ですが、「配偶者(恋人)以外の人とは親密な関係になってはいけない」という規範はまだ根強く残っています。その“妥協点”として、AI恋人が選ばれたとも言えるのです。

さらに言えば、AI浮気は法に触れずとも、「夫婦の距離」を変える誘因になる可能性はおおいにあるでしょう。その選択は、安全なのか、危険なのか。愛の分散投資のリスクとリターンに正解はない。なぜならそれは、常に双方向に変化をきたす“投資”になるからです。

次回は、こうした愛の分散投資、すなわち“準”浮気から不倫関係における時代の意識変化について、一つひとつ見ていきましょう。

山田 昌弘(やまだ・まさひろ)
中央大学文学部教授
1957年、東京生まれ。1981年、東京大学文学部卒。1986年、東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。専門は家族社会学。学卒後も両親宅に同居し独身生活を続ける若者を「パラサイト・シングル」と呼び、「格差社会」という言葉を世に浸透させたことでも知られる。「婚活」という言葉を世に出し、婚活ブームの火付け役ともなった。主著に『パラサイト・シングルの時代』『希望格差社会』(ともに筑摩書房)、『「家族」難民』『底辺への競争』(朝日新聞出版)、『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?』(光文社)、『結婚不要社会』『新型格差社会』『パラサイト難婚社会』(すべて朝日新書)など。

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