1. トップ
  2. 恋愛
  3. 医者の言う「頑張らないでください」がわからなかったあの頃の私

医者の言う「頑張らないでください」がわからなかったあの頃の私

  • 2024.11.3

「鬱病です。会社は休んでくださいね」

医師はさらりと言った。私の世界は一瞬にして暗転した。

きっかけは入社して二年目の夏。大規模な組織改正があり、私が所属していた営業所は解体された。大好きな先輩方に囲まれて、新人で不慣れながらも充実した会社生活を送っていた私にとって、その事実は衝撃だった。

◎ ◎

それでも持ち前の向上心で、次の部署でも一生懸命働いた。だが、その時は来た。

朝、自席に着いた途端、ぷつりと糸が切れた。慣れない環境での不安、解体された営業所への未練、仕事ができる同僚への嫉妬、できない自分への苛立ち。いろんな感情が一気に押し寄せ、「頑張る」の糸が切れてしまった。とても抽象的な表現になってしまうが、たしかにそうとしか言いようが無い感覚だった。全身の力が抜けていった。初めて、「これ以上頑張れない」という考えが生まれた。

それでも始業のベルは鳴る。私の感情とは関係無しに世界は回る。切れた糸から目を逸らして仕事をした。定時が来るまでの時間が永遠に感じた。

そんな日もあるだろう、くらいに思い、翌日もその翌日も、毎日会社に行った。辛いのは最初だけで、仕事に慣れたら辛さもなくなるだろう、と。しかしそんな期待とは裏腹に、「ぷつり」が聞こえる日は増えていった。そして遂には、糸が正常に張っている日などなくなっていた。毎朝会社に行くのが辛い。もう頑張りたくない。頑張れない。いつも水の中にいるような息苦しさを感じていた。

◎ ◎

恵まれていたのは、上司が私の様子がおかしいことに気づいてくれたこと。会社の制度を利用して無料のカウンセリングを受け、心療内科の受診を勧められた。最初の「ぷつり」から約一年後のことだった。

診断結果を受け入れるまでに、かなり時間がかかった。医師は「頑張らないでくださいね」と言うが、頑張らないというのがどういうことか、まるでわからなかった。二十年間、頑張ることが正しい、という常識の中で生きてきた。頑張れば誰もが褒めてくれて、応援してくれた。私は器用な人間ではないので、がむしゃらに頑張ることで結果を残してきた。それを「頑張るな」と言われては、私の唯一のアイデンティティがなくなってしまうと思った。

家の都合で休職することはできなかったため、仕事をしながら治療をすることにした。家族に内緒で通院・服薬をしていた。この方法は本当におすすめできない。本来、治療には家族の協力が必要不可欠だからだ。日常の中に「頑張る」は沢山潜んでいて、パワーがない状態では家事はおろか、歯磨きや入浴までも億劫になる。その状態を理解し、助けてくれる人が家の中にいないというのは、絶望的な状況だった。当然、病状はなかなか良くならなかった。

◎ ◎

カウンセリングを受けたり、鬱病経験者のブログを読んでいるうちに、私は一つの答えに辿り着いた。それは、「頑張らないことを頑張る」ということだった。病気を治すためには「頑張らない」こと以外方法はない。もちろん服薬もするが、薬はあくまで補助的なものでしかない。

私には「頑張らない」という選択肢はなかった。だったら、頑張って「頑張らない」をするしかない。

それに気づいてからは、自分の心が落ち着くことを実践した。意外なことに、今まで大好きだったアニメや音楽のジャンルが、心を落ち着けるものではないことがわかった。アニメは日常系のものを見るようになり、音楽はゆったりとした曲を聴くようになった。「頑張れ!」と応援するような内容のものは沢山あるし、それはとても素敵だが、頑張れない時には適していない。そういったコンテンツは、頑張れるパワーがあるときに摂取すれば良いのだ。

◎ ◎

そんな試行錯誤の結果回復したものの、その後多忙によってまた体調を崩した。家庭環境が変わり休職できるようになったことから、休職することになった。休職期間中は復職支援に通い無理せず働く方法を学んだ。

現在は実家を出て彼氏と同棲を始めて、家事に追われつつも毎日楽しく過ごしている。一度は中断していた趣味も再開した。

新しい挑戦ができるのも、趣味を楽しめるのも、頑張るパワーがあってこそだ。
頑張らないことは、決して怠惰でも、恥ずかしいことでもない。時には歩みを止めることも必要だ。歩みを止めるのは、頑張るパワーを貯めるための期間にすぎない。

病気であってもそうでなくても、日々の生活に疲れてしまうことは誰にだってある。そんな時は心の悲鳴を無視せず、頑張らないという選択をしてほしい。そうすればいつか必ず、また頑張れる時が来るから。

■春風凜のプロフィール
エッセイにどハマり中の24歳女。読む専から書き手にシフトチェンジしていきたい今日この頃。

元記事で読む
の記事をもっとみる