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【筑波大学】宇宙医療のさきがけとなる健康管理技術を開発

  • 2024.10.29
宇宙空間が人体に及ぼす生理的影響を理解し、その対策を講じることは、有人探査ミッションの成功には不可欠です。/ Credit : Canva

長期にわたる宇宙探査が現実のものとなる中、人体が宇宙空間でどのように変化するのかを理解することが、重要な課題となっています。

特に、宇宙空間が人体に及ぼす生理的影響を理解し、その対策を開発することは、有人探査ミッションの成功には欠かせません。

従来は、固体生検という方法で組織を直接採取して調べていましたが、この方法には「痛み」や「感染リスク」といった問題があり、さらに特別な機材が必要でした。

そこで近年注目されているのが、「液体生検」です。

この方法では、体内を流れる血中遊離DNA(cfDNA)、循環細胞外RNA(cfRNA)を調べることで、従来の方法よりも早い段階で身体の変化を捉えることが可能になります。

cfDNAを用いた健康状態のモニタリングは、地上ではがんの診断や治療において注目されているアプローチです。

研究では、6名の宇宙飛行士について、およそ120日間の国際宇宙ステーション滞在中とその前後に血液を採取し、そこに含まれるcfDNAやcfRNAから体内で起こる変化を調べました。

また、この研究では、CD36と呼ばれる抗体を指標として、宇宙環境への人体応答に関わるミトコンドリアを分離できることを新たに見いだしました。

この手法により、細胞外に放出されたミトコンドリアの状態等を推定することが可能となり、脳、眼、心臓、血管系、肺や皮膚を含む、全身にわたる宇宙環境の影響を捉えることに成功しています。

筑波大学による研究の詳細については、2024年6月11日付の『Nature Communications』に掲載されています。

目次

  • 宇宙飛行士の健康モニタリング
  • 宇宙滞在中の身体の変化
  • 分子レベルでの人体への影響

宇宙飛行士の健康モニタリング

宇宙飛行士は、宇宙という特別な環境で多くのストレスを受けています。

そこで注目されているのが「液体生検」という新しい検査方法です。

これは、血液中にある遊離DNA(cfDNA)や循環細胞外RNA(cfRNA)、そして細胞から分泌される小さな粒子(細胞外小胞)を調べることで、ストレスが身体にどのような影響を与えるかを明らかにします。

地球では、この液体生検を使って、がん細胞から血液中に放出されるcfDNAやcfRNAを検出し、がんの早期発見や治療効果の確認に役立てています。

これは、内視鏡や針で組織を採取する従来の「固体生検」に比べて、患者への負担を大きく軽減します。

将来的には、宇宙飛行士が宇宙で健康を維持し、地球に帰還した後の回復を追跡する手段としても期待されています。

特に、宇宙滞在中に起こるDNAの損傷や細胞の変化を検出するために、cfDNAが有用であることが分かってきました。

技術が進歩すれば、長期の宇宙ミッション中でも、乗組員が自分の健康状態をリアルタイムで把握できる日が来るかもしれません。

双子を使った比較実験

NASAの双子研究では、一卵性双生児の宇宙飛行士を使って、宇宙滞在が人体に与える影響を詳しく調べました。

宇宙に行った兄弟と地球に残った兄弟の遺伝子データを比較した結果、宇宙にいた兄弟の体内で「ミトコンドリアストレス」という現象が確認され、ミッション中にミトコンドリア由来のcfRNAやcfDNAが急増することが分かりました。

また、JAXA(宇宙航空研究開発機構)が行った実験でも、宇宙空間にいるマウスの体内でミトコンドリア成分が増加することが確認され、人間のデータと合わせて解析が進められています。これらの結果から、液体生検を使って宇宙空間での身体の反応を把握する新たな方法が見つかりつつあります。

このような研究の進展により、将来的には宇宙飛行士が宇宙で受ける影響を早期に察知し、迅速に対策を取ることが可能になるかもしれません。

ポータブルな解析機器を使って、宇宙飛行中に健康状態をリアルタイムでモニタリングできる技術の進化も、宇宙探査の未来をさらに近づけています。

液体生検は、これからの宇宙探査において、飛行中の健康管理に大いに役立つ技術です。

従来の生検に代わり、より手軽で迅速な健康状態のモニタリングを可能にするこの技術が、宇宙医療をどこまで進化させるのか、その未来が期待されています。

アポトーシス(細胞死)、細胞壊死、細胞分泌から放出されるcfDNA、cfRNA、細胞外小胞の変化によって宇宙滞在時におけるストレスの影響を調べます。/ Credit : 村谷匡史ら, JAXA報告書(2023)

宇宙滞在中の身体の変化

新たな研究では、6人の宇宙飛行士から採取した血漿中のcfRNAおよびcfDNAのサンプルを分析し、宇宙滞在中および地球帰還後の遺伝子の変化を調査しました。

主な発見として、宇宙滞在中にミトコンドリア内のDNAとRNAが増加しましたが、地球帰還後にはほぼ元に戻ることが確認されました。

また、RNAシーケンス解析(細胞中の全mRNAの塩基配列を解読)によって、宇宙滞在中に骨格筋や小脳に関連する遺伝子のRNAレベルが減少し、地球帰還後に回復する傾向が見られた一方で、ビタミンD受容体シグナル伝達経路に関与する遺伝子も変動していました。

さらに、ミトコンドリア由来の構成成分が、血漿中に存在する細胞外小胞の中に保護されている可能性が示され、特にCD36抗体(CD36というタンパク質を検出するための抗体)と関連した細胞外小胞が宇宙滞在中に血流中に放出されていることが確認されました。

また、同由来のcfRNAは、脳や骨格筋、心筋など多様な組織に由来しており、宇宙滞在中にこれらの組織間の分子レベルでの変化を捉えることができたと結論付けられました。

これらの結果は、宇宙という新しい環境に適応して、人間の遺伝子の働き方が変化していることを示しています。

Pre(飛行前)、 Flight(宇宙滞在時)、Post(地球帰還時)における生体変化の各傾向を示します。図Aは、地球帰還時には概ね飛行前の状態に戻ることを示しています。図Bと比べ、図Cでは宇宙滞在時にムチン遺伝子とミトコンドリア遺伝子の変化が確認できます。/ Credit : 村谷匡史ら, JAXA報告書(2023)

分子レベルでの人体への影響

宇宙での人体への影響に関する研究は、ますます解明されてきています。

NASAの双子研究や最近の宇宙飛行士14名に関する調査では、宇宙滞在中に血液中のミトコンドリア内にあるDNAが増加し、地球帰還後には元の状態に戻ることが確認されました。

これらの研究により、宇宙滞在が人体に与える分子レベルでの影響が浮き彫りになってきています。

さらに、この研究では、6人の宇宙飛行士から採取した血液サンプルを用いて、宇宙滞在中に血中のcfRNAにも変化が生じることが確認されました。

特にミトコンドリア由来のcfRNAが増加し、宇宙環境が全身にストレスを与えることが示されています。

また、宇宙空間に滞在すると、ムチン遺伝子(細胞の保護や異物の侵入防御に関わる遺伝子)由来のcfRNAが減少することも発見されました。

このムチンは、体内の保護バリアとして重要な役割を果たしており、重力が人体に与える影響を示しています。

この研究が示すのは、宇宙滞在中に人体がミトコンドリア成分を血液中に放出することで、代謝ストレスに対抗している可能性があるということです。

微小な重力環境下でのミトコンドリアの異常な働きは、健康リスクを高める要因とされていますが、今回の発見は、そのリスクを予測し、対策を講じるための手がかりを提供するかもしれません。

また、CD36という抗体が宇宙滞在時の血液中で重要な役割を果たすことも明らかになりました。

CD36は、体内のストレスや組織の損傷に反応してミトコンドリア成分を運ぶ役割を持つ可能性があり、これが宇宙飛行士の健康管理に役立つと考えられます。

興味深いことに、宇宙飛行関連神経眼症候群と呼ばれる宇宙飛行士に特有の視覚障害についても、今回の研究は新たな洞察を提供しています。

同症候群は宇宙滞在中に視覚に異常をきたす症状で、得られたデータはその原因となる遺伝子や分子メカニズムを解明する糸口となるかもしれません。

また、今回の研究からは、脊椎動物が海(海中は浮力の影響で無重力に近い)から陸へと進出する過程で進化として獲得した重力環境下での機能についても拡張され、老化等でその機能が衰えるという逆のメカニズムへ展開するという研究も始められています。

今回の研究結果は、宇宙での人体の健康状態をモニタリングするための新しい方法を提案するだけでなく、将来的には、宇宙飛行士が長期の宇宙滞在中に遭遇する健康リスクを低減するための生物的な指標開発にも繋がると期待されています。

液体生検では、宇宙滞在時に発生するストレスによる生体の変化をcfDNA、cfRNAおよび細胞外小胞から分子レベルで捉えることが可能です。将来的には宇宙飛行士の健康状態をリアルタイムでモニターすることを目指しています。 / Credit : 村谷匡史ら, JAXA報告書(2023)

参考文献

「きぼう」利用テーマ・船内科学研究に係る科学成果評価結果 JAXA報告書(2023)
https://humans-in-space.jaxa.jp/kibouser/library/item/subject/evaluation_fy2022.pdf

元論文

Release of CD36-associated cell-free mitochondrial DNA and RNA as a hallmark of space environment response
https://www.nature.com/articles/s41467-023-41995-z

ライター

鎌田信也: 大学院では海洋物理を専攻し、その後プラントの基本設計、熱流動解析等に携わってきました。自然科学から工業、医療関係まで広くアンテナを張って身近で役に立つ情報を発信していきます。

編集者

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

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