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恵みの森をモリアゲよう! 森林業コンサルタント長野麻子さんが考える木のある暮らし

  • 2024.10.29

“日本の森をモリアゲる”をキャッチフレーズに、森林業コンサルタント会社「モリアゲ」を立ち上げた長野麻子さん。水をたくわえ、生物を育み、CO2を吸収して暮らしに役立つ木材を提供するなど、森は私たちに多くの恵みを与えてくれると話します。国土の約7割が森林でありながら、森との距離が遠くなってしまった私たちが、サステナブルに森と関わるためのヒントを伺いました。

●サステナブルバトン5‐7

森は多くを与えてくれる

――はじめに、森林業コンサルタントとはどんなお仕事か、教えていただけますか。

長野麻子さん(以下、長野): 森は、林業で木材を得るだけではなく、地球温暖化に影響を及ぼすCO2を吸収したり、水を貯えたり、土砂崩れを防ぐなど、様々な役割を担っています。多様な生きものの棲家であり、森林浴は癒やしを与えてくれますし、近年人気のクロモジをはじめとする和精油のもととなる樹木も森が育んでいます。

森はたくさん与えてくれているのに、私たちはそれに気づけていないし、無関心なんじゃないかと思うんです。モリアゲでは、「森への資金循環のデザイン」「木のある暮らしのデザイン」「森の学びのデザイン」を3つの柱とし、森の多面的な価値を再評価しながら私たちと森との新たなかかわり方を一緒に考えています。

自分の森を手入れするため、岡山県西粟倉村でチェンソー特別講習を受けた=2024年5月、撮影・(株)百森、本人提供

――第1の柱「森への資金循環のデザイン」とは、具体的に何を行うのですか?

長野: 日本の約7割は森林に覆われ、人の手で植えられた人工林は利用期を迎えていますが、木材自給率は4割と低く、丸太の価格も安いため、森にきちんとお金が戻っていないんです。一方、世界的に見ると、森林は投資対象となっていて、SDGs(持続可能な開発目標)やESG投資(環境や社会に配慮し適切なガバナンスがなされている企業に投資すること)の浸透により、森林の保全に資金が集まるようになってきています。

これまで人知れず森を守ってこられた方々を、「森の多様な価値が評価され、お金になる時代が来たので、あきらめないで」と励ましつつ、様々な森の価値化を促すアドバイスや、森を支えたい企業との橋渡しなどをしています。

――森が果たす多面的な役割が、広く認知されてきたのですね。

長野: はい。近ごろでは海外の企業が、日本の森林を購入するケースも増えています。森を愛する人なら国籍は構わないのですが、自分たちが暮らしている地域の水や空気を作る森は、日本の企業でもっと支えたい。モリアゲでは、「一社一山運動」と称して企業に自分事として森の保全に関わることを提案しています。

2023年から長野県木島平村の国有林で「森林結社モリアゲ団の森づくり」としてブナ林の再生活動をしています。ソフトバンク社や調布市も参加してくれ、一社一山の輪が広がっています。また、すでに森林を所有・管理している企業には、環境省の「自然共生サイト」の登録をおすすめしています。民間などによって生物多様性の保全が図られている区域を認定する制度です。2030年までに陸と海の30%以上を保全しようとする「30by30(サーティ・バイ・サーティ)目標」に寄与でき、企業価値をさらに高める効果も期待できます。

朝日新聞telling,(テリング)

――では、「木のある暮らしのデザイン」とは?

長野: 地域の木材をより活用していただけるように流通や製品づくりのコーディネートをして、森林とつながる街づくりや木のあるライフスタイルの提案をしています。木は燃やさない限り炭素を内部にため込むので、鉄やコンクリート、プラスチックの代わりに長く木を使うことで、大気中へのCO2の排出量を減らすことができます。

いま多くの森では、先人が植えた木が大きく育っています。建材用に木を伐り出して建物を作り、再び植樹すればその木もCO2を吸収してくれます。地域の木を積極的に使い、炭素を固定することで、街が「第2の森林」になるといいなと思っているんです。ただ、現状では国産材の自給率は約4割とまだ低く、国産材のサプライチェーンがうまくつながっていません。地域材を積極的に使うことで、この鎖をつなぎ直したいですね。

――地域で使う人が増えれば、自ずと産業は活性化していくと。

長野: ええ。いま神奈川県山北町では、町の森から切り出した木材で町立体育館を造るプロジェクトが進んでいます。近くの森で育った樹木を使うことで地域の皆さんもより親しみを感じるでしょうし、輸入材に比べて輸送で排出されるCO2の量も減らせ、近隣の製材所と協力することで地域にお金が循環します。准木材コーディネーターとして、建物を実際に建築する1年前から木を伐採して木材を調達するところからお手伝いをする過程で、それぞれ立場は異なっても「森をつなぐためにがんばりましょう」と話し、皆さんが尽力してくださいました。

水産業が盛んな鹿児島県阿久根市は、海水温の上昇による磯焼けなどに悩まされてきました。なかでも特産のイカの水揚げ量が減少し、イカ祭りもできなくなったそうです。阿久根市はたけのこ生産も盛んでしたが、生産者が減り、放置竹林が問題になっています。そこで、放置竹林の竹を切って束ねてイカシバを作製して海に沈めてみたら……そこにイカが産卵してくれたんです。海と山はつながっているので、うまくつなぎあわせれば限られた人手でも解決できることもあるんじゃないかなと嬉しくなりました。地元の皆さんは、イカ祭りを復活したいと前を向いているので、実現できるようサポートしていきたいです。

長野県木島平村でのブナの森づくり活動=2024年7月、木島平村カヤの平高原、本人提供

――3つめ「森の学びのデザイン」とは、どのような活動ですか?

長野: 木育、森林環境教育のような活動です。昨今多くの企業がサステナブル経営に注力しており、その部署の方々はとても熱心ですが、社内全体にその重要性を伝え切れていないという悩みをご相談されることも多いんです。そこで、社内研修やセミナーなどで、先ほど話したような森の多様な役割のほか、「国産材を使うことで森が豊かになり、カーボンニュートラル(注1)やネイチャーポジティブ(注2)にも貢献できる」といったお話をさせていただいています。

森を所有する企業では、社員研修を森で行う提案もしています。研修をきっかけに森が好きになったり、離職率が下がったりという事例もあります。私自身、林野庁時代に職務で森に行きはじめてから森が大好きになったひとり。それも6年前からですので、まだまだ駆け出しなんです。みなさんも、一度ぜひ森へ行ってみてほしいですね。

官僚人生からのキャリアチェンジ

――林野庁での勤務が、森に目覚めるきっかけになったのですね。

長野: 私が森について本気になったのは、2018年に林野庁林政部木材利用課長になってからなんです。森が豊かになるほど、美味しい水が飲め、作物が育ち、海も豊かになります。でも、現代人は森とのつながりが希薄になってしまい、その結果、森を維持するソリューションが不足しています。水や空気が不要な人はいないし、誰もが森に関わっていい。森や木は可能性しかないし、未来のためにあきらめちゃいけないと思ってるんです。

林野庁時代は、木を使うことの大切さを広く知っていただく、木づかい運動「ウッド・チェンジプロジェクト」を起こすなど、少しでも森の役に立ちたいと奮闘しましたが、役所勤めは異動がつきもの。私自身50歳という節目を迎え、「人生100年の折り返し地点。ここからは森のために残りの人生を使いたい」と起業に踏み切ったのです。

朝日新聞telling,(テリング)

――官僚としてのキャリアを手放すことに迷いはありませんでしたか?

長野: もちろん悩みましたが、不思議と迷いはありませんでした。農林水産省に入省してから、さまざまな部署で十分働いたという気持ちもありましたし、夫も背中を押してくれました。子供がいない私が言うのもなんですが、「案ずるより産むがやすし」なのかなと。じっくり考えることは大切だと思いますが、不確実な要素ってたくさんありますよね。起こるかどうか分からないことで迷うより、起こってから考えればいいかなと(笑)。

ESG投資やネイチャーポジティブ(自然再興)の流れといった追い風もあり、事業は黒字化できていて、森で稼いだお金は森に還すことにしています。「こんなに楽しくてお金をいただけるなんて、いいのかな」と思うほど充実しています。順調なのは、公務員時代のネットワークのおかげ。官から民へと立場は変わりましたが、一次産業を盛り上げたい気持ちは同じですから。

今回、このバトンを繋いでくださったは、省庁は違いましたが15年来の飲み友達なんです。彼女がスローモビリティで描く、“ゆっくり”を価値とした街づくりに共感しますし、ゆっくりとした時間軸で捉えることは森の時間と人の時間をあわせて森の再生にもつながる「木」がします。役所はとかく縦割りで融通が利かないと言われがちですが、案外こうした業務外の親睦から、アイデアやネットワークが広がっていったりするんです。

朝日新聞telling,(テリング)

――森と離れてしまった私たちが、距離を縮めるために出来るアクションを教えてください。

長野: 森林浴は手軽に森と親しくなれるおススメのアクションだと思います。森に行くとなると、「体力がないから無理そう」とか「専門的なアイテムを揃えないとダメかな」と思いがちですよね。その点、森林浴は森の中でただぼおっとしたり、読書したり、美味しいコーヒーを飲んだりなど、すごく自由なんです。小鳥のさえずりに耳を傾け、木洩れ日を浴びてのんびりして、草木の香りを感じるなど五感が刺激されるとリラックス効果があります。森で過ごすと免疫機能が高まるとのエビデンスも報告されています。私は森を好きになる前は虫が苦手でしたが、知れば知るほど虫の役割の大切さが分かり、リスペクトするようになりました。森について知っていくことも、距離を近づける方法のひとつかもしれません。

「森に行きたいけど、どこへいけばよいかわからない」という方は、お住いの地域の森林公園に足を延ばしてみてはいかがでしょうか。多くの都道府県に森林公園があり、そうした公営の公園では人気のBBQなども手軽に楽しめるところもあるので、ご家族やお友達と出かけてみて欲しいです。

「SHINRIN-YOKU」を孫の世代の先へ

――森林公園や森林浴と聞くと、森へのハードルが下がりますね。

長野: そもそも森林浴は、1982年、林野庁長官が提唱した日本発祥の言葉なんです。いまでは、KAWAIIみたいに「SHINRIN-YOKU」で世界に通用するらしいです。モリアゲのホームページのトップ画面の写真の森は、大好きな北海道津別町の「ノンノの森」です。癒やしの効果が科学的に認められるとして「森林セラピー基地」認定を受けている森のひとつなんですよ。この森の中には、きれいな小川が流れ、いろんな花が咲き……。本当に美しくて感動しました。お気に入りの森が見つかると、ぐっと森との距離が近づくと思います。

「森林(もり)の里親協定」締結のお披露目式=2023年7月、木島平村、本人提供

――今後、取り組みたいことについて教えてください。

長野: 森をもっと開かれた場所にしたいです。この夏の米不足は記憶に新しいと思います。「お金があっても食べられなくなるかもしれない」と危機感を募らせた方がいるかもしれません。私の場合、長年福井県池田町の農家さんからお米を購入しているため、そうした心配は無用でした。お米に限らず、日頃から地方とつながることで街に住む私たちの安心が保たれると思うんです。

自然災害の多い日本ではいつ被災するか分かりません。都会が被災したら、そうした人たちを受け入れられるのは、森や山がある地方だと思うんです。とはいえ、受け入れる側も準備が必要ですから、平時から企業や地域をマッチングし、つながりを作る機会を増やしたいと思っています。

また、海外の方に日本の森の魅力を伝えたいとも考えています。省庁時代に留学したフランスの森は日本とは異なり、広葉樹が中心ですが、森林率は3割。多くの先進国では食料増産や工業生産のために森を伐採したため、森林率は高くありません。日本はこれだけ人口が多いのに国土の7割も森を残してきた。世界的に森の重要性が増すなかで、日本の豊かな森を見ていただきながら森と人とが共存できる姿を知っていただけたらいいですね。

――最後に、長野さんにとってサステナブルとは?

長野: 「自然の一部として生きる」ということかなと思います。産業革命以降、私たち人類は経済発展という名のもとに、自然を搾取し、過度の負荷をかけ続けてきました。それがいま気候危機などを引き起こし、自らの首を絞めているのだと思うんです。だからこそ私たちも自然の一部であることを改めて認識し、その循環の一部に戻っていくべきときなのかなと感じるようになりました。自然を敬い、その一部であることを意識しながら生きることで、私が津別町で感動したような美しい森を孫世代やその先の世代にも引き継げるんじゃないかなと思うんです。

(注1)カーボンニュートラル:二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの排出量から、植林や森林管理などによる吸収量を差し引いて、合計を実質的にゼロにすること

(注2)ネイチャーポジティブ:自然再興。生物多様性の損失を止め、回復軌道に乗せること

朝日新聞telling,(テリング)

●長野麻子(ながの・あさこ)さんのプロフィール

1971年、愛知県安城市生まれ。94年、東京大学文学部フランス文学科を卒業し、農林水産省に入省。人事院長期留学生派遣制度でフランスへ留学、農業法などを学ぶ。バイオマス活用やフードロス削減に関わった後、2018年、林野庁木材利用課長としてウッド・チェンジプロジェクトなどに取り組む。22年、農林水産省を早期退職。同年8月、株式会社モリアゲを起業し、各地の森を“モリアゲ”中。

■キツカワユウコのプロフィール
ライター×エシカルコンシェルジュ×ヨガ伝播人。出版社やラジオ局勤務などを経てフリーランスに。アーティストをはじめ、“いま輝く人”の魅力を深掘るインタビュー記事を中心に、新譜紹介の連載などエンタメ~ライフスタイル全般で執筆中。取材や文章を通して、エシカルな表現者と社会をつなぐ役に立てたらハッピー♪ ゆるベジ、旅と自然Love

■齋藤大輔のプロフィール
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。

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