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“親の出来”を計られてるみたい…『合格にとらわれた私 母親たちの中学受験』が問いかける中学受験の本質と親子の距離

  • 2024.10.27

首都圏では5人に1人が受験すると言われるほど過熱する中学受験。塾での勉強はもちろん、家庭でのサポートが必須となる中学受験は、親にとっても戦いといえる。『合格にとらわれた私 母親たちの中学受験』(とーやあきこ/KADOKAWA)は、中学受験を舞台に親子の葛藤と距離感を描いたセミフィクションである。

自身の諦めた中学受験を娘の綾佳に託す母・真澄、マイペースながら親子で勉強を楽しむまりんと母・かなえ、夫の意向で中学受験をする優也と母・潤子。同じマンションに暮らす3家族を軸に物語は進んでいく。それぞれの家族の葛藤や問題とともに、一緒に頑張ろうと言い合える仲だった関係が、距離の近さゆえに徐々に歪んでいく様子が描かれる。果たして彼らは一緒に笑い合うことができるのか。

ひたむきに中学受験に向き合う子どもたちと、焦りやプレッシャーから次第に合格にとらわれていく大人たち。本作は、中学受験が単なる子どもの試験ではなく、親の戦いでもあることを鮮明に描き出している。親の育った環境、経験、後悔や願望が複雑に絡み合い、子どもの受験に影響を与えていく様子が現実社会を強く反映している。

親のサポートが必須な中学受験だからこそ、「子どもの成績=親の出来」と感じてしまう人もいるのではないだろうか。娘の成績が伸び悩んでいることを、自分の出来を計られているように感じ、焦りと苛立ちを抑えられない真澄は、自分がダメだから娘もダメなんだと思い悩む。子どもとの境界線が引けていない真澄の姿に、ドキリとする読者もいるかもしれない。

子どもとの境界が分からなくなってしまっている真澄の姿を通して、友人関係だけでなく親子関係における「適度な距離感」の重要性も示唆している。

ラストのセリフは、誰のものでどんな意味を持つのか、さまざまに解釈できる。それゆえに、中学受験の本質的な意味を問いかけているように思えてならない。「中学受験は誰のため? 何のため?」という問いを投げかけるそのセリフを、ぜひ自身の目で確かめてほしい。本作は、中学受験を考える親に一度は読んでほしい1冊である。

文=ネゴト / Ato Hiromi

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