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昏睡患者が前触れもなく突如として目覚めるのはなぜ?

  • 2024.10.25
Credit: canva

「昏睡(こんすい)」とは、呼びかけたり刺激を与えても何の応答もない無反応状態を指し、意識障害の中で最も重いレベルのものです。

昏睡状態の期間は患者によって様々で、数週間〜数カ月のこともあれば、数年〜十数年続くこともあります。

いまだに昏睡状態から覚醒させる確実な治療方法は存在していませんが、一方で、患者の中には何の前触れもなく突如として目を覚ますケースがあります。

今までずっと眠っていた患者が覚醒する理由は一体何なのでしょうか。目覚める人と目覚めない人には、どのような違いがあるのでしょうか?

目次

  • 昏睡から目を覚ますまでの最長記録は27年!
  • 昏睡から目覚めるには何が必要?
  • 人為的に昏睡から目覚めさせる治療方法とは?

昏睡から目を覚ますまでの最長記録は27年!

先ほど述べたように、昏睡状態が続く長さは患者によってそれぞれです。

短ければ数日で目を覚ましますが、通常は2〜5週間続くことが多く、長くなれば数カ月から数年単位で目を覚まさないケースが見られます。

これまでに知られている昏睡状態から目覚めた患者の最長昏睡期間は、1991年に交通事故に遭って以来、27年間も昏睡状態が続いたアラブ首長国連邦(UAE)出身の女性ムニラ・アブドラ(Munira Abdulla)さんの症例です。

事故当時32歳だったアブドラさんは幼い息子を学校に迎えに行く途中、乗っていた車がバスと衝突し、脳に重傷を負いました。

何とか一命は取り留めたものの、昏睡状態に陥り、延命治療を受けながらUAEやロンドンの病院を転々として、最終的にドイツの病院に移送されます。

Credit: canva

そこで事故から27年後の2018年にアブドラさんは何の前触れもなく、突如として昏睡状態から意識を取り戻したのです。

病室には事故当時4歳だった彼女の息子のウマルさんがおり、歓喜の瞬間となりました。

ウマルさんはその時を振り返り「私は何年もの間、母が目覚める瞬間を夢に見ていました。それが現実のものとなり、母が最初に口にした言葉は私の名前だったのです」と話しています。

親子はその後、UAEの首都アブダビに戻り、アブドラさんはリハビリを受けながら会話をできるほどまで回復したとのことです。

彼女のように昏睡状態から27年も経ったのちに目を覚ますケースは極めて稀であり、他に存在しません。

では、昏睡状態から覚醒するには何が必要なのでしょうか?

昏睡から目覚めるには何が必要?

実は昏睡状態から覚醒する仕組みというのは、いまだに解明されていません。

「昏睡患者を確実に目覚めさせる介入方法が確立されていないのもそれが原因である」と米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で昏睡について研究しているマーティン・モンティ(Martin Monti)氏は話します。

その一方でモンティ氏は「覚醒のきっかけとなるいくつかの要素ならわかっている」とも述べています。

そもそも昏睡状態に陥る原因は、患者の脳で発生した損傷や炎症、感染などの異常です。

昏睡患者が目を覚ます前には、損傷した箇所のニューロン(神経細胞)が再生するか損傷した脳領域の仕事を引き継いで補完できる他の脳ネットワークが拡張することが必要なのです。

そのためまず重要となる要因は、これらの異常を回復させる脳の自己修復機能です。

私たちの脳には自動的に組織を修復する機能が備わっており、傷ついた神経細胞や脳回路を徐々に再生させることができます。

昏睡状態でも脳は完全に機能停止しているわけではなく、遅々とした動きではありますが、ゆっくりと脳組織を回復させていると考えられています。

その自己修復により脳組織の回復がある閾値(いきち)まで、言い換えれば、脳が意識を保てるレベルにまで達したときに、患者が突如として目覚めるのです。

ただ脳は非常に複雑なため、全体的に組織の修復が進んでいても重要な神経ネットワークが上手く繋がらない場合もあるでしょう。これが患者によって目覚めるまでの期間に大きな差を生んでいる可能性があります。

脳の神経細胞の回復か、再活性化が必要 / Credit: canva

そして昏睡から覚醒に至るには、外部および内部の刺激による脳活動の再活性化も重要だと考えられます。

脳は音や光、触覚といった外部刺激や、ホルモンバランスの変化や代謝機能の回復といった内部刺激によっても影響を受けています。

昏睡患者の脳がこうした刺激を何らかの形で認識し、それがトリガーとなって意識の覚醒を促すことがあるのです。

まとめると、昏睡患者が何の前触れもなく突如として目覚めるのは、脳組織が意識を保てるレベルまで自己修復しており、何らかの刺激によって脳機能が再活性化されたことが要因と考えられます。

一方で、こうした「脳の自己修復」や「刺激による再活性化」はいずれも、患者自身の生命力に頼るか、偶発的な出来事に頼る側面が強くあります。

そこで研究者たちは以前から、人為的に昏睡患者を覚醒させる治療方法の開発を進めてきました。

今現在、その効果が期待できる有望な治療方法をいくつか見てみましょう。

人為的に昏睡から目覚めさせる治療方法とは?

まず最初に挙げられるのが脳内のドーパミン量を増加させる薬剤「アマンタジン」の投与です。

パーキンソン病の症状改善のためにも使用されるアマンタジンは、ニューロンから放出されるドーパミンの量を増加させる働きがあります。

ドーパミンは脳内ネットワーク間の情報伝達に不可欠な物質であり、ドーパミン量を増やすことで脳の再活性化が促されるのです。

脳の再活性化は意識の回復につながります。

実際に過去の研究でも、昏睡状態にある患者はドーパミン量が少なくなっていることがわかっており、2012年には外傷性脳損傷で昏睡状態にあった患者にアマンタジンを投与した結果、意識の改善が見られたケースが報告されていました(New England Journal of Medicine, 2012)。

Credit: canva

そしてもう1つの方法は「脳深部刺激療法」です。

これは昏睡患者の脳深部に外科的に電極を埋め込み、少量の電気刺激を与えながらニューロンを再活性化するというもの。

特にこのアプローチでは、注意と覚醒を制御する脳領域である「視床」がターゲットにされます。

また患者の脳に直接電極を埋め込む侵襲的な方法ではなく、手術なしで頭部の外側から超音波振動を与えて、脳深部のニューロンを再活性化させる非侵襲的な方法もあります。

ここに述べた治療方法はいずれも、昏睡患者の脳の意識スイッチをONにするための有望なアプローチとして注目されています。

それでも、昏睡から覚醒する脳の仕組みが完全に解明されていない以上、患者を100%目覚めさせる方法というのは現時点で存在していません。

またこうした人為的な治療方法で効果が得られるか否かは、患者の脳損傷レベルの程度によっても大きく変わります。

このように昏睡からの目覚めは、脳損傷に対するネットワークの修復状況と、脳が活性化するきっかけが大きな要因となっているようです。

しかし、この条件を人為的に満たして、昏睡から回復させるには問題が複雑すぎるため、まだ医療としては確立できません。

脳はまだまだ未知の領域なのです。

参考文献

How do people ‘wake up’ from comas?
https://www.livescience.com/health/how-do-people-wake-up-from-comas

UAE woman Munira Abdulla wakes up after 27 years in a coma
https://www.bbc.com/news/world-middle-east-48020481

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

ナゾロジー 編集部

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