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男性アイドルを「推す」ことは、誰の幸せにつながるのか

  • 2024.10.24

近年、「推し活」という言葉が人口に膾炙するようになり、誰かの「オタク」となって「推す」ことは、特殊な趣味ではなくなっている。

推し活にはさまざまな活動が含まれる。例えば、推しが出演した番組などに関してハッシュタグをつけてSNSで拡散したり、動画を作成したり、ライブレポートを書いたり、推しのぬいぐるみやアクスタと共に聖地巡礼をして写真をアップしたり、二次創作やファンアートを作成しファン同士の交流を行ったり、果てはクラウドソーシングを使ってファン同士がお金を出しあい推しの広告を出したりすることもある。

当然、オタクはこういった活動を誰に強制されて行っているわけではない。自発的に行っているのだ。

こういったオタクの自発的な推し活は、現在、エンタメの供給側にとって欠かせない重要なマーケティングの一種となっている。そのため、「ハッシュタグをつけて呟いてね」など、オタク参加型のプロモーションを供給側が促すことは、もはや当たり前のことだ。

しかし、よく考えれば、本来オタク側は、サービスに対価を支払って享受するだけでよかったはずだ。現在の在り方は、オタクの時間や労力、お金などを「搾取されている」構造である、と見ることもできるだろう。

『オタク文化とフェミニズム』(田中東子著/青土社)では、“昨今の推し活の現場では、ファンの愛情が利用され、ファンたちは積極的に推しのために活動し、宣伝や普及させるための行動に誘われている”と指摘している。

時間、労力、お金を注ぎ込む「オタクの鏡」は、誰の幸せに貢献するのか

近年聞かれるようになった「推し活疲れ」という現象も、時間、労力、お金をオタクが注ぎ込まなければならない構造によって発生している現象だろう。

SNSの発展によって、オタクがエンタメを享受するだけでなく、参加できるようになった結果、オタクは推し活に以前より積極的に関わることができるようになった。同時に、時間、労力、お金を注ぎ込めば注ぎ込むほど、「いいオタク」だとみなされるようになったのだ。

一方、ライブに行くことなくYouTubeなどで動画を楽しむだけのオタクは、「在宅オタク」「無銭オタク」などと呼ばれ、蔑まれる傾向も生まれるようになった。

時間、労力、お金を注ぎ込めば注ぎ込むほど、オタクとして格が上であり、推しにも貢献しているのだ、と考えるようになったオタクは、模範的なオタクになるために、推し活に勤しむことになるだろう。

しかし、模範的な「いいオタク」を目指して「推し活」をすることは、推し活当事者や推しにとって、長期的に見れば幸せにつながらない場合も多い。

女性が男性アイドルを「推す」楽しさと葛藤

そもそも、推し活は、自分の幸福感のために自発的に行うものだろう。推しから貰った「幸せな時間」に感銘を受け、もっと推しを広めたい、推しの夢を叶えてあげたい、という動機から推し活をする人も多い。

また、女性が男性アイドルを推すことには、男性が性別問わずアイドルを推すこととは違った文脈の喜びがあることも事実だろう。

女性は男性に比べて、容姿をジャッジされる機会が多く、「見る」「見られる」という権力関係において、圧倒的に「見られる」側に位置づけられがちだ。男性アイドルを愛でることは、「見る側」になる、という権力関係の反転として捉えることもできる。

つまり、女性にとって男性アイドルを推すことは、「見られる、容姿をジャッジされる」側ではなくなるという開放感も得られる行為なのだ。そしてそれは同時に、「容姿をジャッジする側・若さや可愛さを搾取する側」になりかねないという葛藤をも産みがちだ。

推し活が、人権意識が不十分な企業文化を推すことになる?

日本を代表する男性アイドル事務所といえば、スタートエンターテイメント(旧ジャニーズ事務所)だが、設立者であるジャニー喜多川の性加害問題が2023年に取り上げられて以降、旧ジャニファンの中には、旧ジャニにお金を落とし続けたことから、加害の一端を担ってしまったのかもしれない、と自責する人も少なくなかった。

「推し」のためだと思っていた「推し活」が「推し」にとって劣悪な環境を維持することにつながる事例もあるだろう。2024年10月20日、NHKは『NHKスペシャル ジャニー喜多川 “アイドル帝国”の実態』を放送。(株)SMILE-UPの保証本部・本部長が被害者の親族と電話でやり取りする様子が公開された。本部長は、「なんで東山が謝罪するのかわからない」「心の底からお詫びできない」「(被害者が書籍で被害を告発したことに対し)会社の方が痛めつけられた」など、会社として、とても性加害の責任を感じているとは思えない発言を行っていた。

これにより、ジャニーズという名前を会社から取り去った後でも、人権意識が十分ではなく、性加害を軽んじる企業文化が拭いされていないことが露呈する形となった。

旧ジャニの所属タレントを無批判に推すことは、人権意識が不十分ではなく、性加害を軽んじる企業文化を推すことにもつながる危険性がある、と言えるだろう。

推し活は楽しい!だからこそ、ネガティブ面に目を向ける必要がある

推し活は基本的には楽しいものだ。「推し」がいるだけで日々の生活を頑張れるという人もいるだろう。推し活が生きがいになっている人もいるし、推し活を通じてコミュニティに所属することができ、推し活仲間との楽しい時間を過ごせる人も多い。

しかし、推し活のポジティブな面にだけ目を向けるのは望ましくない。なぜなら、推し活にはリスクが伴うからだ。

矢野経済研究所のデータによると、アイドルオタクは、一人当たり年間8万1円、一週間平均10.8時間を推し活に使っているという。

『オタク文化とフェミニズム』では、著者の田中自身オタクという立場から“エンタメ産業が幸福感を与えてくれる商品やコンテンツを金儲けのために生産し、提供し、私たちはそれに気を取られ、心を奪われ、社会的なことに関わるエネルギーと時間を失ってしまっている。したがって、資本が私たちから関心とエネルギーを搾取しているという言い方はおそらく間違っていないのだ”と述べている。

“自ら進んで”労力、時間、お金を推し活につぎ込んだ結果、自身のキャリアにフォーカスできなかったり、貯蓄ができずに貧困に追い込まれたりする可能性だってある。また、様々なことを犠牲にして行った推し活が、推しのためにならないケースだってあるのだ。

推し活は、楽しく、幸福感を与えてくれる。しかし、万能薬ではない。麻薬のように依存性が強く、人生を蝕む可能性もあるということは、認識しておく必要がありそうだ。

参考:NHKスペシャル ジャニー喜多川 “アイドル帝国”の実態

原宿なつき

関西出身の文化系ライター。「wezzy」にてブックレビュー連載中。

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