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大谷選手はフィジカルだけでなく、頭の中まで超人的なのか?【脳科学者が解説】

  • 2024.10.25
【脳科学者が解説】大リーグですさまじい速さの球を打ち返す大谷選手は、どうやって球を捉えているのでしょうか? 通常の「視覚」では、球を捉えて正確に反応するのは不可能です。大谷選手の脳はどう反応しているのか、脳科学的に考えてみました。
【脳科学者が解説】大リーグですさまじい速さの球を打ち返す大谷選手は、どうやって球を捉えているのでしょうか? 通常の「視覚」では、球を捉えて正確に反応するのは不可能です。大谷選手の脳はどう反応しているのか、脳科学的に考えてみました。

Q. すさまじい速度の球を打ち返す大谷選手。「脳」も超人的なのでしょうか?

Q. 「大リーグ、ロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平選手が活躍するのを毎日楽しみにしています。昨日のテレビ中継で、大リーグのピッチャーが投げるすさまじい速さの球をいとも簡単に打ち返す大谷選手を見ていて、フィジカルのすごさはもちろん、あの速さに反応できるなんて、脳の中は一体どうなっているんだろう?という素朴な疑問が湧きました。

どれだけ体を鍛えても、超速球に的確に反応して打ち返せるなんて、自分にはとても考えられません。脳も超人的なのでしょうか?」

A. 脳科学的には「無意識な視覚」を使って反応できているのだと考えられます

筆者も、大谷選手の活躍を毎日楽しみにしている一人です。確かにご質問の通り、大谷選手をはじめとする一流のバッターたちは、ピッチャーが投げる時速150~160kmの剛速球を、軽々と打ち返していますね。野球のピッチャーマウンドからホームベースまでの距離は18.44mと決められています。

時速150kmのボールが減速せずにこの距離を進むと仮定すると、わずか「0.44秒」しかかかりません。つまり、バッターは、ピッチャーがボールを放った約0.5秒以内に、バットを振りぬいて当てなければならないのです。

筆者自身がバッティングセンターに行ったとき、試しに時速150kmの球にチャレンジしてみたことがあります。「ボールが来た!」と思ったときにはすでに後ろに通り過ぎている状態で、バットを振っても間に合いませんでした。何気なくやりのけている一流のバッターたちのすごさを改めて思い知らされました。

言うまでもなく、プロ野球の選手たちは、日々のたゆまぬ練習によって、素早くバットを振りぬくことができるようになったのでしょう。そして、それぞれの選手がもっているバッティングのコツは、ご本人たちに聞いてみないと本当のことはわからないかもしれません。脳科学者として考えうる秘密の一つは、「無意識な視覚」という脳のしくみです。詳しく解説しましょう。

二種類の視覚

私たちが物を見るときに利用する「視覚」のしくみは、実は二種類あります。それは「意識的な視覚」と「無意識な視覚」です。下の図を見ながら、解説を読んでください。

「意識的な視覚」(赤線)と「無意識な視覚」(青線)に含まれる脳の神経回路
「意識的な視覚」(赤線)と「無意識な視覚」(青線)に含まれる脳の神経回路


「意識的な視覚」は、私たちが日常的によく用いているしくみで、物があることをしっかり知覚し、さらにそれが何であるかを認知するような見方です。

目に入った光情報は、電気信号として「視神経」を伝わり、「外側膝状体(がいそくしつじょうたい)」というところを経由し、最終的に大脳の後頭葉にある「一次視覚野」まで到達してから、「見えた!」と知覚されます。上図の赤線の流れです。

一方で、「無意識な視覚」の場合は、視神経を伝わってきた信号が外側膝状体に届く前にそれて、別の「上丘」という部分に到達します。上図の青線の流れです。視覚野には伝えられていないので、「見えた!」という自覚はありません。しかし目から入ってきた情報が脳内で処理されているという点では、視覚の一つです。

「意識的な視覚」では、一次視覚野まで到達した情報が、さらに二次視覚野などに送られて、見えた物の属性が分析・解釈されるなどの高次的処理が行われ、最終的には、たとえば「赤くて丸いリンゴが木から落ちてきた」とように言葉で表せるような情報となります。

ですので、ある程度時間がかかりますし、解釈が加わるので現実と異なることもあります。錯覚などが起きるのは、この意識的な処理のせいです。また、しっかりと物を見る必要があるので、いわゆる「中心視」(※目の中心に光が入るように対象物にしっかりと顔を向けて注視すること)が行われます。

これに対して「無意識な視覚」は非常に単純で、対象物が何かは分からないが、「どこにあってどう動いているか」といった限られた情報だけが処理されます。意識的な脳による解釈が入らないので、迅速かつ正確です。また、しっかりと物を見るというより、ぼんやりと全体を見渡す、いわゆる「周辺視」が使われます。

この「無意識な視覚」は、もともと原始的な動物が獲得した神経系のしくみで、反射的です。たとえば、カエルは視力が弱く、静止している周囲の景色はほとんど見えませんが、近くをハエなどの虫が飛んでくると、「無意識な視覚」ですばやく反応して舌で捕まえて食べることができます。

宮本武蔵はハエをお箸でキャッチできたという伝説がありますが、本当にそうならおそらくカエルと同じように「無意識な視覚」を利用したのでしょう。

生まれたばかりの人間の赤ちゃんは、視力が弱いので、物をはっきり捉えることができません。その代わりに「無意識な視覚」を使って、自分にとって危険が及ぶかもしれない「動くもの」を見つけることを得意としています。

しかし、だんだんと成長していくにつれ、「意識的な視覚」が発達し、大人になると「無意識な視覚」はあまり使わなくなってきます。

しかし、いざというときに「無意識な視覚」が役立ちます。たとえば、自動車を運転中に危険を察知するためには、目の前の一点をじーっと注視していてはダメです。できるだけぼやーっと、全体を何となく見渡すという見方をする必要があります。

そうすることで、急に飛び出してきた人がいても素早く気づいて、反射的にブレーキをかけることができます。

野球などのスポーツも同じです。ピッチャーが投げるボールをしっかりと見つめてはダメなのです。「無意識な視覚」でぼんやり全体を見る感じで待ち、考える前に反射的にバットを振らなければ間に合いません。大谷選手も、この「無意識な視覚」をフルに研ぎ澄ませることで、大リーグの超速球に反応できていると考えられます。

とは言っても、早くバットを振ればホームランが打てるわけではありません。「無意識な視覚」でバットを振りながらも、的確な位置でボールに当てて全力で振り切れる大谷選手は、やはり「超人」なのでしょう。

阿部 和穂プロフィール

薬学博士・大学薬学部教授。東京大学薬学部卒業後、同大学院薬学系研究科修士課程修了。東京大学薬学部助手、米国ソーク研究所博士研究員等を経て、現在は武蔵野大学薬学部教授として教鞭をとる。専門である脳科学・医薬分野に関し、新聞・雑誌への寄稿、生涯学習講座や市民大学での講演などを通じ、幅広く情報発信を行っている。

文:阿部 和穂(脳科学者・医薬研究者)

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