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独立時計師、関口陽介が生み出す、美しき“プリムヴェール”

  • 2024.10.24

松山 猛 時と人を繋ぐもの

関口陽介
関口陽介

日本の時計ジャーナリストの草分け的存在である、松山 猛さん。松山さんが出合った時計、人の物語を紹介する新連載。

 

時と人を繋ぐもの、それは人知の結晶たる時計という装置である。

 

古代から人間は天体の周期的な動きや、太陽が作る影などから時間を知ることをしてきた。
やがて歯車やゼンマイの発明を駆使して、機械式の時計を生み出し、それを進歩させてきてより正確な『時間』を知る努力を成し遂げてきたのだった。
20世紀になり、時計装置は小型化を果たし、時計は腕の上で時を刻むツールとなった。

 

さて今、僕が最も注目している、一人の日本人時計師の事を紹介したいと思う。

スイスに家族と暮らし、誠実に丁寧に作り出す機械式時計

 

 

それはスイスのル・ロックルに家族とともに暮らし、美しくも剛健な機械式時計を製作する、関口陽介氏だ。
彼の作る”プリムヴェール”と名付けられた時計は、おなじル・ロックルの地で19世紀から20世紀初頭に活躍した時計師たちが作り上げた、優秀な時計の要素を湛えるもので、シンプルでありながら魅力的な時計なのである。

関口陽介氏が暮らす、スイスのル・ロックルの街並み。
関口陽介氏が暮らす、スイスのル・ロックルの街並み。
美しい関口氏の自宅。
美しい関口陽介氏の自宅。

最近の時計の多くが、ともすればトリッキーな動きをするものや、過剰な装飾を与えられたものになっていくのに反して、彼の時計は潔いまでに簡潔な設計なのが信頼性につながる。

そのムーブメントのデザインは、デンマークからやってきて、この地にアトリエを構えて時計製作をした、ヤーゲンセン家族の残した名品にインスパイアされたもので、美しく分割設計されたブリッジを、丁寧にアングラージュという手法で面取り仕上げをなし、そこに大きなルビーの穴石を用いて、歯車やテンプを配するものだ。

「プリムヴェール」の大きな特徴のひとつが巻き上げた香箱の逆転を防ぐバネが円環状になっていること。
「プリムヴェール」の大きな特徴のひとつが巻き上げた香箱の逆転を防ぐバネが円環状になっていること。

一つ一つ丁寧に手仕上げされる部品は、輝きを帯びていて、見るものを魅了する。

 

関口陽介が生み出すのは質実剛健なスタイル

 

驚いたことに彼は、時計学校での教育は受けずに、独学で時計作りをはじめ、やがてスイスに渡り経験を積む中で、様々な人物との出会いによって、居住権やスイスで時計師として働く許可を得たという稀有な経験を持つ人なのだ。

 

 

スイス北部のフランス国境の町ル・ロックルの彼のアトリエを訪問し、彼の時計作りの工程や、そのヤーゲンセン・スタイルのムーブメントに、なぜ魅了されたかの話も伺った。

アトリエにいる関口陽介氏。
アトリエで制作活動に没頭する、関口陽介氏。 

彼はジュネーブの高級メゾンの、優雅なスタイルのムーブメントもリスペクトするが、自分はヤーゲンセンたちの生み出した、質実剛健なスタイルを最も好むのだと言い切る。

 

 

ヤーゲンセンの故国のデンマークも、日本と同じ海洋国家であることや、その故郷を離れて、スイスの山に囲まれた土地で、優秀な時計作りの歴史を刻んだ、ヤーゲンセン・ファミリーに自らを重ね合わせているのかもしれない。

Ref.39WG-DBAVWH White Gold Limited to 10 pieces
Ref.39WG-DBAVWH White Gold Limited to 10 pieces
Ref.39RG-BKWH Rose Gold Limited to 5 pieces
Ref.39RG-BKWH Rose Gold Limited to 5 pieces

僕が彼と初めて出会ったのは、複雑時計製造で有名だったクリストフ・クラーレの時計工房を取材に出かけた時「松山さんですね」と彼が声をかけてくれたのだった。

世界有数の複雑時計を作る工房に、日本人時計師がいたことに驚いた。

 

その後彼は独立を果たし、ラ・ショー・ド・フォンの時計博物館門前の”ジュバル”というヴィンテージ時計の店の、様々な複雑機構を持つ時計の修復をしながら、自らのオリジナル時計の製作に励むようになったのだった。

そんな彼を支えているのは、大学生時代に巡り会った音楽家の奥さんで、今は二人の子供とともにスイスでの暮らしを楽しんでいる。

 

”プリムヴェール”とは、そのル・ロックルの雪解けの時期に真っ先に咲く可憐な花の名前だそうだ。

 

昔ながらのエナメル文字盤を持つ、この美しい時計を手にすることができる人は、今のところごくわずかだが、時計とともに、きっと誇らしい思いも手に入れることができるだろう。

 

関口陽介 Yosuke Sekiguchi

 

1980年 群馬県伊勢崎市生まれ.明治大学卒業後、23歳で単身渡仏。2007年に独学でフランスの国家時計技師資格(CAP)を取得。翌年、スイス時計ムーブメント製造会社ラ・ジューペレ社に入社。その後、2011年、スイスメゾン時計ムーブメント製造会社クリストフ・クラーレ社に転職。2016年には、スイスラ・ショー・ド・フォンにあるjuval horlogerieの専属時計師の仕事を行いながら大手時計ブランド数社からのアンティーク修理を請け負う。2020年「YOSUKE SEKIGUCHI Le Locle」を立ち上げる。その翌年、一作目となるモデル“Primevere (プリムヴェール)”を発表する。

 

松山 猛 Takeshi Matsuyama

 

日本の作詞家、ライター、編集者。1946年京都市生まれ。1968年、ザ・フォーク・クルセダーズの友人、加藤和彦や北山修と共に作った『帰ってきたヨッパライ』がミリオンセラー・レコードとなる。1970年代、平凡出版(現マガジンハウス)の『ポパイ』『ブルータス』などの創刊に関わる。70年代から機械式時計の世界に魅せられ、時計の魅力を伝える。著書には『智の粥と思惟の茶』『大日本道楽紀行』、遊びシリーズ『ちゃあい』『おろろじ』など多数。

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