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やさしい死に方を教えてくれる喫茶店あり――ジェンダー問題当事者が「普通」であることの息苦しさを描く小説『深海のスノードーム』は日本社会に何を問う?

  • 2024.10.19
ダ・ヴィンチWeb
『深海のスノードーム』(安田依央/中央公論新社)

幼い頃から、ピンクもリボンも恋愛も好きではなかった。だから私は、世界から逃げ出した――。2024年9月19日、ジェンダーと安楽死を巡る物語『深海のスノードーム』(中央公論新社)が発売された。ジェンダー問題の当事者だという著者が、同作を通じて“普通”であることの重圧と生きづらさを鋭く描き出す。

著者の安田依央氏は、司法書士としても活躍していた小説家。これまでに『終活ファッションショー』や「出張料亭おりおり堂」シリーズなど多くの作品を手掛けており、デビュー作の『たぶらかし』は2012年に俳優の谷村美月主演でテレビドラマ化もされている。

そして今回発売された新作『深海のスノードーム』は、ノンバイナリー、アセクシュアルを自認する著者自身の深い葛藤と社会への批判を主人公の女性に投影し、彼女がどう受け取り、立ち向かうかを描いていく。

物語の舞台は大阪の淀川河口近く、海を望む古い洋館にある元喫茶店「待合室」。幼いころから普通の女の子として育てられてきた沙保は、かわいい服を着たり異性と恋愛したりといった普通の生き方に違和感を覚えていた。それでも特に不自由なく暮らしていた彼女だったが、ある日偶然手に取った中古レコードに挟まっていたメモをきっかけに家出を決意する。

メモに書かれていたのは、「もしあなたが死のうと思うなら『待合室』へ行くといい。優しい死に方教えてくれるから」というメッセージ。沙保が訪れた頃、すでに「待合室」は閉店していたが、そこに住んでいるという人物から声をかけられ、彼女もしばらく住まわせてもらうことになった。

声をかけてきたのは片倉律というオネエ調で話すテンションの高い人物で、沙保には男性なのか女性なのか、あるいは元は男性だったが今は女性に変わった人なのか判断がつかない。しかし律に任せておけば全て大丈夫だと思わせる妙な安心感があった。

そして幾日が過ぎたころ、沙保とはまた別のメッセージを見たミナトが「待合室」にやってくる。彼は“男らしさ”の呪縛に囚われ、ゲイであることを隠し続ける青年だった。かくして奇妙な共同生活を始めた3人は、「自分とは何か?」という問いかけと向き合っていく――。

ここ数年で、「LGBTQ」の概念は広く世間に浸透してきたように思える。しかし多くの人の根底には、「普通でなければ受け入れられない」「普通でなければ損をする」という心理が根強く残っているのではないだろうか。もしかすると誰もが、無理やり“普通”の枠に自分を押し込んでいるのかもしれない、気づかないふりをしながら、心のどこかで生きづらさを感じているのかも……。『深海のスノードーム』は、そういった人にも「自分とは何か?」を問い直すきっかけになることを目指した作品だ。

著者は同作に対して、「小説家としてデビューして14年、どれだけ物語を紡いでも、何かが欠けていると感じていました。司法書士として働きながら執筆を続け、常識的な自分と常識の枠に収まらない自分との間で板挟みになり、納得のいくものが書けずにいたのです。それはひとえに自分の根幹をなすアイデンティティの問題に見て見ぬふりをして蓋をしていたため。土台の部分が揺らいでいる状態で、どれほど物語を積み上げてもどこか上滑りの『小説もどき』にしかならなかったのです」「私は現在58歳です。この先の人生はそう長いものではないでしょう。今、ここで立ち向かわなければ得られるものは何もない。覚悟を決めた私は司法書士を辞め、自身のジェンダーやセクシャリティの問題と正面から向き合い、全力で今回の作品に取り組むことにしました」とメッセージを寄せている。

マイノリティのみならず、今を生きる全ての人に新たな問いかけを投げかける『深海のスノードーム』。ぜひチェックしてみてほしい。

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