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堂場瞬一は一日5時間しか執筆しない!? 最新作は自身の体験と飽くなき好奇心から生まれた、大正時代の作家と編集者を描く『ポップ・フィクション』

  • 2024.10.19

大正から昭和初期という日本全体に勢いがあった時代。月刊誌は当時のメディアの最先端だった。そんな月刊誌の編集部を舞台にした小説『ポップ・フィクション』(堂場瞬一/文藝春秋)がこのほど刊行。主人公・松川晴喜は三誌の編集部を渡り歩き、その情熱を雑誌作りに捧げる。彼と、同じく雑誌作りに関わる編集者、小説に心血を注ぐ作家らの姿が熱く描かれる一冊だ。

著者である堂場瞬一さんはすでに警察小説、スポーツ小説と二つのジャンルでその名を知られるベテラン作家。そんな彼が全く新しいテーマを選んだのはなぜなのか。そしてデビュー15年で書籍刊行100冊を突破、以降も驚くべきスピードで作品を世に出し続ける堂場さんの仕事術についても伺った。

出版業界が元気な時代、前向きな志を持った人を書きたい

――『ポップ・フィクション』は大正時代の出版業界を舞台にした物語ですが、本作が生まれた経緯から教えてください。

堂場瞬一さん(以下、堂場):日本のメディア史について書きたいなと10年くらい前から考えていたんです。中でも「出版業界が元気だった時代を取り上げたい」とたどり着いたのがこの大正から昭和にかけて、いわゆる月刊誌の全盛時代です。この時代の元気のいい雑誌界隈の話を書こうと決まったのが一昨年から去年にかけてのことでした。

――そもそもメディア史をやってみようと考えたのはなぜでしょうか?

堂場:自分がいる業界は、エピソードに事欠かないし非常に面白いんですよ。ノンフィクション的に紹介するものは過去にも多くあったと思いますが、小説として書いてみたいなと。例えば近代的な印刷技術は、日本では明治時代に本格的に導入されたのですが、調べていくと面白い。でも話が技術的、専門的になってしまうんですよね。だからまずは出版、その中でも月刊誌の話と決めました。今後、印刷技術の話も書きたいですし、テレビ・週刊誌・インターネットと、メディア史として書きたいテーマはまだまだあります。

――それもぜひ読みたいです。そんな中でも雑誌編集者を主人公にした理由はありますか?

堂場:編集者というのは僕ら小説家に一番近しい立場の人ですし、業界の栄枯盛衰を一番わかっている人ですから。すごく景気のよかった時代、「あなたたちの先輩はいい思いをしてたんですよ」というのを明るく描きたかったんです。それに雑誌は当時最先端のメディアだったんですよね。そこにいる人にはすごく前向きな志があって、まあ儲け根性でもありますが(笑)、そういうのが一番詰まった時代に雑誌を作っている人を魅力的に感じました。主人公は架空の人物ですが、彼という雑誌編集者を元気な時代の象徴として書いてみようと。

――現代を舞台に小説を書かれるときは、舞台となる街を実際に歩いたりされると伺ったのですが、今回はどうやってイメージを固めていったんでしょうか?

堂場:今回は舞台となる街よりも、当時の雑誌を取り巻く雰囲気がどんなものだったのかを資料を読んだりして調べました。幸い日本の出版社は昔の本を多く残してくれているので資料は問題なく集まったのですが、とにかく量が膨大で。結構時間をかけて読みましたね。創刊号を読んで、「こういうのが流行ってるのか」とか「こんなくだらないこともやってるのか」とか。今でも続いているものがあったりと、発見は多かったです。

――堂場さんはすでに警察小説やスポーツ小説で地位を確立されていると思うのですが、その上で新しいことに挑戦する原動力はどこから来るのでしょうか?

堂場:いや、書きたいから書いているだけで、志みたいなものはないですよ。やりたくないことは書きたくないですから。もともと興味の範囲が広いので「これを書きたい」というものはすごくたくさんあるのですが、時間が足りない。ただ書きたいものがなくなったら作家としては終わりだと思っています。これからもいろいろな分野を書く予定ですが、それでも死ぬときに「あれが書けなかった、これが書けなかった」と言いながら死ぬんだろうなと思いますね(笑)。後悔しながら死にたいです。

一日5時間しか仕事はしていない、驚異の執筆スピード

――本作にはさまざまなタイプの作家さんが登場しますが、ご自身の体験だったり、見聞きしたりしたお話から着想を得ているんでしょうか?

堂場:これが、すべて想像なんですよね。「こういうタイプいるだろうな」みたいなことを考えて書けちゃうというか、それが小説を書くときのやりがいなので。この大正から昭和にかけての時代って、作家の数が今よりかなり少なかったはずです。でも媒体はどんどん増えるので、やたら注文がくるわけです。その中でみんなどう仕事をしていたのか。当時の作家と編集者のやり取りはあまり書き残されていなかったので、想像して書くのが楽しかったですね。

――一番初めに思いついたキャラクターはやっぱり主人公ですか?

堂場:この作品の場合、主人公にはあまり色がないんですよね。相手を殴ったりはするけど、この時代ではそれもよくあることというか。だからそんなに激しいキャラクターでもないし、むしろいろんな仕事を渡り歩いているせいで、傍観者的な感じもありますよね。業界のことをちょっと斜めから見ている。そういう主人公は非常にやりやすかったですね。のめり込みがちな主人公でもいいんですが、今回は範囲がすごく広がっていく話なので、ちょっと斜め上から俯瞰できるような主人公だと全体の動きが見られるかなって。

――ご自身の作品の中で、一歩離れたところから見ている主人公は多いんですか?

堂場:いますねやっぱり。もちろん本人が自分で爆弾を作っているような人もいるわけですが、爆発するのを少し遠くから眺めるような……。これって小説の視点をどこに置くかというテクニックの問題に繋がっていくと思うんですが、普通の一人称と神視点の中間みたいな視点をうまく作れないかなというのを最近ずっと試していて。そういうところから今回の主人公も生まれているのかもしれません。

――一方作家さんは結構濃いキャラクターの方が多いですよね。気に入っているキャラクターはいますか?

堂場:いや、こういう人たちとはあまり付き合いたくはないですね(笑)。「編集者は大変だろうなあ。俺はこうはならないようにしよう」と反省しながら書いていました。

――ご自身は編集者さんに迷惑をかけない、例えば締め切りは守る作家さんなのでしょうか…?

堂場:いつも原稿は、締め切りの前日まで、かつ編集者の勤務時間内に出しています。

文藝春秋担当編集者:そうなんです。堂場さんはたとえ300ページ以上のゲラ確認を「すみません、10日間でお願いしたいです」とか無茶なことを言っても、予定より前に送ってくださるんです。

堂場:ゲラだからね。そこに至るまでもうお話は練ってありますから。

――にしてもすごいスピードですよね。時間の使い方が相当上手いのかなと思うのですが。

堂場:最近気づいたのですが、一日5時間しか仕事はしていません。午前中に2時間、お昼にジムに行って、午後2時間。家に帰って1時間残業して5時間ですね。5時間あれば55枚書けるので。

――「今日は調子出ないな」みたいな日はないんですか?

堂場:ないですね。むしろ2時間続けるとタイプミスが増えたりするので、自分に「ここまで」とリミッターをかけています。むしろ書かない日があって途切れる方が嫌なんですよ。実は今度人間ドックがあるのですが、それで一日つぶれるのが嫌で。どうやって迂回しようかと考え中です。

ケンカする編集者とほど、ちゃんとした作品がつくれる

――以前弊サイトの対談で、プロットを細かく決めてから書き始めるとおっしゃっていました。

堂場:それは今も変わっていません。あとから「あれ違うな」となるのが嫌だし、事前に「こういう風に話が進みますよ」と通告すれば編集者も楽かなと思うので。

――そのプロットをまとめる作業の間に、編集者とのやり取りがあるということですか?

堂場:やり取りというか、殴り合いというかね(笑)。編集者って、基本的に触媒としてすさまじい能力を持っているわけです。一人でずっと書いていると絶対どこかで行き詰まってしまうし、その感覚は自分でもわかるんですよ。そういう時にヒントとなることや手がかりを見つけてくる能力に関してはものすごく信頼しています。僕の場合、書くときは完全に一人で「作業」という感覚で、その前の段階で「どういう話にしようか」と練って、編集者と叩いているときの方がクリエイティブな作業をやっている実感があります。

――本作の主人公である松川さんが堂場さんの編集担当だとしたら、相性はよさそうですか?

堂場:いや、僕にはここまでつっこんでこなくていいです(笑)。この時代の編集者って、家に押し掛けてくるんですよね。後の時代には漫画編集がそうだったと聞きますが、家に押し掛けて、とにかく一枚でも二枚でも書けるまで粘る。それを毎日続けているという話が当時の編集者の本とかを読むと出てくるんですよ。そのせめぎ合いはすごいなと思いますけど、一枚二枚とその場で原稿を渡しちゃって、翌日からその続きをどうやって書くんだろうと。今みたいにコピーを取ることもできませんから。すごい時代だったなと改めて思いますよね。

――では堂場さんにとって理想の編集者像とは?

堂場:いや、これが結構、来る者は拒まずなんですよ、僕は。来た人にこっちが合わせる。逆に「こんな人に来てほしい」って今頭に思い描くような人が来たら、すらっとお互いに合わせちゃっていい作品はできないと思う。人間いろんなタイプがいるから面白いと思いますし、編集者は読みのプロですから。ケンカする編集者ほど、ちゃんとした作品がつくれる気がします。多少、オブラートに包んで言ってくれると嬉しいですけどね(笑)。

――ぶつかり合うくらいの方が、いい作品が生まれるということですね。

堂場:そうです。だから若い編集者には「どんどん言わないとだめだよ」と言うんですが、遠慮されてしまうこともあって。こちらも言われるような人間にならないといけないと思いますね。

――堂場さんが編集者を育てる立場でもあるのかなと、今お話を聞いていて思いました。

堂場:そこはお互い様ですよね。僕ら作家もベテラン編集者に育ててもらったわけだから。今や自分より年上は一人しかいなくて年下の編集者ばかりですが、編集者って年齢に関係なくできる仕事だと思うんですよね。若いうちはどんどん勢いで向かってきてもらっていいし、ベテランにはベテランの味があるし。これまで100人くらいの編集者さんと仕事をしたと思いますが、この本にはその全員のエッセンスが入り混じっています。

インターネット黎明期での体験が、本作に繋がっている

――先の対談では、プロットが決まっても書いている途中で変わっていくところもあるともおっしゃっていました。

堂場:「どうしてもそっちに引きずられていっちゃう」というときがあるんです。ちょっと余計な一言を書いたがために、それに引きずられて話がずれていっちゃうとか。それが面白いんですよ。そこから編集者を納得させられるようにしっかり整合性を高めていく作業が最高の醍醐味です。変えなきゃいけないなと筆が動いちゃったときって、だいたい良い方向に行くと信じているので。

――考えているのは自分でも、コントロールできない感覚ということですか?

堂場:そう、自分が書いているんだからコントロールできないはずはないのに、なぜか途中で手を離れてどこかへいっちゃう。そういう瞬間があるんですよね。

――それで言うと今回登場の頻度が変わったキャラクターはいますか?

堂場:谷崎(潤一郎)かな。谷崎に関しては世間の印象もいろいろあると思いますが、面倒見がいい人だと思います。すごく人間くさい面もありますし。だから使いたくなっちゃう。結構キーパーソンになったと思います。

――もう一人、実在する人物では徳川夢声さんが出てきますよね。徳川さんの場合はかなりやり取りも細かく書かれていたと思うのですが。

堂場:あの人が好きなんですよ。僕の作品の中では2回目の登場になりますが、すごい人なんですよね。マルチタレントのはしりなんてよく言われていますけど、すべてにおいて揺籃期の人なんですよ。映画が日本で上映されるようになって活動弁士を始めたんだけど、トーキーの時代がきて仕事がなくなっちゃって。今度はラジオに進出して、小説も書き始める。そういう始まりの時期、右も左もわからない時期に、なんだかわからないけど頑張る人に興味があるんです。僕自身もインターネットの黎明期にちょこちょこ関連の仕事をしていたので、なんだかわからない時期にやってみるのはすごく面白いなというのは実際の経験として感じていて。そういうのが根っこにあるから、メディア史の中でも初期の時代を書きたかったというのもあるんだと思いますね。

――確かに今回創刊から描かれる雑誌『エース』はまさにそのものですね。

堂場:手探りしながらやっていくという意味では、小説は毎回そうですけどね。こんなに長い歴史のある娯楽だけど、書き方は毎回手探りだし、どんなに予定を立てても書き上げてみないとわからない。やっぱりそこが面白いんですよ。

取材・文=原智香、撮影=川口宗道

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