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第34回鮎川哲也賞受賞!「これまで自分が好きだったミステリーへのアンサーソングとして書きました」 『禁忌の子』著者・山口未桜さんインタビュー

  • 2024.10.19

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2024年11月号からの転載です。

2024年の鮎川哲也賞を受賞したのは、現役医師であり一児の母でもある山口未桜さんによる医療×本格ミステリー『禁忌の子』。発売前から話題を集める本作が10月10日にいよいよ発売となる。本作についてや、執筆のきっかけ、インスパイアされた作品などについてお話をうかがった。

取材・文=若林 踏 写真=迫田真実

本格謎解き小説の長編小説新人賞として30年以上続く鮎川哲也賞。第34回受賞作『禁忌の子』は医療を題材にしたミステリーである。著者の山口未桜は現役の医師で、ミステリー作家の有栖川有栖が開催する創作塾に通っていた経験があるという。そもそも山口がミステリー小説にのめり込んだのも、有栖川作品との出会いがきっかけだった。

「物心ついた時から本を読むのは大好きでしたが、特に嵌まったのが日本の〝新本格ミステリー〟です。〝新本格ミステリー〟というジャンルは最初、有栖川有栖さんの作品をきっかけに知りました。10代の頃に読んでいた『活字倶楽部』という雑誌に、小説作品に登場する人気キャラクターランキングが載っていたのですが、有栖川さんの小説に登場する名探偵・火村英生が毎回のようにランクインしていて、『どんな人なんだろう?』と(笑)。そこから『火村英生』シリーズや『江神二郎』シリーズを読み始め、さらに他の作家さんの新本格ミステリーも読み漁るようになりました」

こうして謎解きミステリーの熱心な読者となった山口は、やがて自分でもミステリー小説を書き始めることになる。

「本格的に小説を書き始めたのは高校時代です。友達からの誘いを受けて文芸部に入部したのですが、そこでは年4回のペースで創作誌を発行していました。その創作誌に初めて寄稿したのが、いわゆる〝日常の謎〟と呼ばれるタイプの短編ミステリーです。結構周りが面白がってくれて、その時に『小説を書くのは楽しいな』と感じました」

高校3年生の時には創作誌に載せた短編で、とある創作コンクールの賞を受賞したこともあるという。しかし大学受験を迎えた以後は小説を書くこと、さらには本を読むこと自体もしばらく途絶えてしまった。

「医学部受験と入学以降は創作を行う時間が取れず、医師になってからはさらに本を読む習慣もなくなってしまいました。研究論文も書かなければいけない慌ただしさの中で、『もう小説を書くことはないだろうな』と思っていたんです」

だが、再び小説を書き始める時が来る。転機となったのは新型コロナウイルスの感染拡大と、自身の出産だ。

「コロナ禍で予定されていた学会の開催が中止になり、また子供が産まれて、それまで時間をかけて行っていた研究を続けるのが難しくなりました。悩んでいた時期に『論文よりも小説を書きたい』と、不意に創作への願望が蘇ったんです。そこから読書も再開して小説を書き、2022年3月に有栖川有栖さんの創作塾へ作品を持ち込みました。『小説を書きたい』と再び思ったのが21年の終わり頃なので、まさに『思い立ったが吉日』という感じで創作に取り組み始めたんです」

敬愛作品へのアンサーソング

かくして山口は小説を書き上げ、鮎川哲也賞を受賞しついにデビューする。『禁忌の子』はまず発端の謎が素晴らしい。主要登場人物の一人である救急医の武田航は、自分と瓜二つの男が救急科へ運ばれてきたことに驚愕する。この身元不明の溺死体はいったい何者なのか。果たして武田と関係はあるのか。小説前半部は、武田が旧友の医師・城崎響介とともに遺体の謎を追う調査が描かれている。ひとりの人間の人生を辿る捜査小説のような味わいのあるパートだが、そこにはある名作ミステリーから受けた影響が強いという。

「『禁忌の子』は『主人公が自分とそっくりの人間の心肺蘇生を行っている』という場面がまず思い浮かび、そこから主人公が自分のルーツを辿っていく物語へと広げる形で書きました。そこで影響を受けたかな、と思うのが宮部みゆきさんの『火車』です。ある人物の人生をひもといていくタイプのお話がもともと好きなのですが、そのなかでも最もお気に入りなのが宮部さんの『火車』ですね」

『火車』は主人公が調査を行うことで一歩ずつ真相が浮かび上がる構成が印象的だったが、『禁忌の子』も武田と城崎が行動する度に新事実が出てくる、という展開で物語に躍動感が生まれている。

「改稿の際に『一つの大きなアイディアを思い付いて書いたとしても、小説全体の完成度を上げなければプロの作家にはなれないだろう』と思い、展開の部分については停滞しないように何度も書き直しました。第34回の最終選考委員だった青崎有吾さん、東川篤哉さん、麻耶雄嵩さんの選評では、お三方とも工夫を重ねた展開の部分を評価してくださっていたので大変嬉しく思いました」

もちろん、鮎川哲也賞受賞作だけに本格ミステリーの要素がしっかりと組み込まれている。物語中盤からは密室の謎も登場し、容姿端麗だが感情に乏しい医師・城崎が探偵役となって推理を披露する場面も用意されているのだ。

「『禁忌の子』はこれまで自分が好きだったミステリーへのアンサーソングとして書きました。先ほどお話しした宮部さんの『火車』もそうですが、有栖川有栖さんや綾辻行人さんなど〝新本格ミステリー〟に嵌まっていた自分としては、やはり本格謎解きミステリーの要素を前面に出した物語を書きたいと思ったんです」

本格謎解きミステリーとしての観点から見た時、特に注目したいのは見事な消去法推理が書かれていることだろう。あらゆる可能性を丁寧に検討しながら、答えを絞っていく過程は非常に美しい。そう思っていたところ、山口が挙げた好きなミステリー作品の一つにはたと膝を打った。

「エラリー・クイーンの『Zの悲劇』も好きなんです。最初はジュブナイル版で読んだのですが、謎解きミステリーとしての骨格は実にシンプルで、真相までの道のりが消去法で綺麗に整理されていく部分が素晴らしい。クイーン作品の推理にも影響を受けたところはあります」

同時代性を持った作品として

医療小説としても読みごたえのある作品に仕上がっている。物語後半で浮かび上がる問題は題材として非常にセンシティブな部分もあり、ミステリーという娯楽ジャンルの中で描くにあたっては相当な注意を払った。

「扱う題材に関して、特に倫理面のバランスについては非常に気を使いました。関連資料をしっかりと読み込んだのはもちろん、現実の社会で当事者となっている方々がこれを読んでどのように受け止めるのだろうか、ということを悩みながら考え抜いたと自分では思っています。また、小説内で専門用語を書く際はなるべく分かりやすく、読者が理解できるように工夫しました。書いている途中で登場人物の説明が長々と続く部分が出てきてしまい、改稿を重ねて読みやすくしたこともありました」

コロナ禍の風景が溶け込んでいる医療現場が描かれていることも印象的だ。コロナの時代を経た新人のミステリー作品であることを痛感する。

「小説内に現実の風景をそのまま反映させることについては意識的に行いました。この小説で描かれていることが他人事ではなく、いまの時代を生きる自分たちが現実に抱えている問題であると読者の方々に捉えてほしかったからです。そのために作中で書かれている出来事は全て現実に起こったことに合わせて書いています。それほど『禁忌の子』を同時代性のある小説として受け止めてもらいたいという気持ちが強くあります」

ミステリー作家としてのスタートを切ったばかりの山口だが、実はすでに次回作も準備されているという。

「『禁忌の子』に第2作の刊行予告が掲載されています。詳しいことはまだお伝えできないのですが、楽しみにお待ちいただければ幸いです」

山口未桜 やまぐち・みお●1987年、兵庫県生まれ。大阪府在住。神戸大学卒業。2024年に『禁忌の子』で第34回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。現役の医師として基幹病院に勤務しながら執筆活動を行う。

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