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【10月公開映画】放送作家・町山広美の映画レビュー 「映画作家 ジャンヌ・モロー」『リュミエール』、『ジョイランド わたしの願い』

  • 2024.10.19

InRedの長寿映画連載「レッド・ムービー、カモーン」。放送作家の町山広美さんが、独自の視点で最新映画をレビュー。

欲しいものの逃げ足は速く、失うのはたやすい

たるんだ肌の女が、口説き落とした年下の男にホテルの一室で「愛し合う元気がない」とかわされ、猛然と怒る。堂々と求める。惨めさなんぞ真っ赤な爪の先ほどもない。 演じるジャンヌ・モローは、ネットで名前を叩けば恋愛や女の人生についての名言が山ほど出てくる人だが、初めて脚本と演出に挑む映画で自分にこんな演技をさせたなんて。かっこいいという言葉では追いつかない。 『リュミエール』は、製作から50年弱を経ての日本初公開。当時40代、俳優として実力も知名度も十分で、への字の唇でタバコを咥える姿は世界の映画ファンに周知されていても、初監督作は本国フランス以外であまり多く上映されてこなかった。 緑豊かな別荘で、休暇を楽しみ笑い合う女たち。功労賞にも輝いた、いわゆる大女優のサラと、その友人だ。結婚して女優を引退したラウラは同世代、他の二人は若い。それぞれの苦悩を経て、この穏やかな夏がある。1年前の出来事がめくられていく。 モローの分身ともいえるサラは、年若い監督に熱愛される一方、ドイツ人作家に猛アプローチの最中だ。30代のジュリエンヌは、恋愛にも俳優業にも野心をたぎらせている。まだ新人のキャロリーヌは恋人と同棲中だが、無力感を植え付け束縛してくる彼と喧嘩、「あなたは私の夢を蔑んでばかり」と泣く日々。そんな二人もまた、モローの若き日であり、分身かもしれない。 サラは親友のラウラによく抱きつき、相手の持ち物を「これちょーだい」する。長い付き合いの女同士、自分と違う生き方を尊重し合いつつ、子どもっぽい仲良しぶりを楽しむ感じ。また同年代の男性との、恋人でも友達でもあるような、長く信頼を重ねながらも、距離を保ってきた絆。こうしたサラの人間関係のありようは、昨今の傾向を軽々と先んじていた。 「光」というタイトルは、スタジオやステージの照明を意味するが、モローもサラもその中で生きると定めた。自分が欲しいものは何か、生涯を一貫して目を逸らさなかった。それゆえ失ったものからも。業界の裏側、「女優」の生態を覗き見させるテイをとって、これは魂の孤独について考察をめぐらせる映画だ。

『ジョイランド わたしの願い』の主人公夫婦は、自分が欲しいものなど考える必要がない、考えてはいけない因習に閉じ込められている。 パキスタンの古都、ラホール。家長である父親に決定権が集中する家で、無職の次男ハイダルの妻ムムターズが仕事を続けていることは恥だ。夫がやっと職につくと、彼女は誇りを持っていた美容の仕事を断念、専業主婦として男児が欲しい一家の願いを託されることに。ハイダルが得た仕事は劇場のバックダンサーで、体面が命の父親には秘密にするしかない。そしてセンターに立つダンサー、ビバとの出会いは彼らの行方を変えていく。 ビバはヒジュラ、男性の身体で生まれ女性の身なりで第3の性を生きている。ビバとハイダルとの交流は多様性の啓蒙なんかじゃなく、もっと肉体に深く分け入っていく。ムムターズの苦悩も、同様だ。父親も因習の犠牲なのだと、サーイム・サーディク監督は母国の問題点に踏み込みつつ、身体と情感を失うことがない。 レバノン出身ジョー・サーデのカメラが、アジアの湿った光を巧みに操り、さらに映画を潤わせている。どんな性であれどんな関係であれ、結ばれた一対一こそ大切なのだと物語る、美しい一対一のカットがいくつも。 欲しいものを見定めると、失ってしまう。けれども、欲しいものがわかってるはずの「リュミエール」のサラでさえ、そうなのだ。でもそれでも、欲しがることが生きること。

「映画作家 ジャンヌ・モロー」『リュミエール』

76年 フランス 102分 監督・脚本:ジャンヌ・モロー 出演:ジャンヌ・モロー、ルチア・ボゼー、フランシーヌ・ラセット 10/11(金)より新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開

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『ジョイランド わたしの願い』

22年 パキスタン 127分 監督・脚本:サーイム・サーディク 出演:アリ・ジュネ―ジョー、ラスティ・ファルーク、アリーナ・ハーン 10/18(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開

© 2022 Joyland LLC

文=町山広美

放送作家。「有吉ゼミ」「マツコの知らない世界」「まさかの1丁目1番地」を担当。江東区森下の書店「BSEアーカイブ」店主。

イラスト=小迎裕美子

※InRed2024年11月号より。情報は雑誌掲載時のものになります。
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