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産前うつについて考えてみる──「私は子どもが欲しかったはずなのに、妊娠を受け入れられなかった」

  • 2024.10.18

妊娠6週目のとき、友人とハイキングに出かけた。山の中腹あたりで息を整えるために立ち止まりつつ、言うべきことはわかっていながらなかなか言い出せない自分に気がついた。胃のあたりには不安が重くのしかかったまま、「ちょっと伝えたいことがあって……妊娠したんだ」そう私が言った途端、友人は飛び上がり喜びの声を上げながら私を抱きしめた。一方私は無理に笑おうとしながらも、唇がひどく重く笑顔の作り方さえ思い出せず、それを悟られないよう強く抱きしめ返した。

そのとき私は幸せなはずだった。結婚していて、大好きな仕事に就いていて、健康で……。そして何年も前から欲しかった子どもを授かり、母親になろうとしていた。なのにどうして、こんなにひどい気分になったのだろうか。このときすでに、私を「産前うつ」が襲っていた。赤ちゃんが生まれるのを心待ちにしてベッドに入ったはずなのに、翌朝目が覚めるともう子どもは欲しくなく、暗雲が立ち込め、ひどい知らせを受けたような気分さえしたのだ。

最初の1週間、私は予定を全てキャンセルしてソファーに丸まって過ごした。メールも電話も確認することを辞め、ただ疲れているだけだと自分に言い聞かせた。そんなある日、高速道路で家に帰る途中、道路の真ん中にあるコンクリートの中央分離帯に目が行った。「もしこのまま突っ込んでしまえたら……。少なくとも、もうこんな思いをする必要はないだろう」そんな考えが過り、“二度と目が覚めない”ということに安堵さえ覚えてしまっていた。

産前うつはかなり一般的で、妊婦の有病率は10〜20%といわれている。精神科医のアマリア・ロンドーニョ・トボン博士は「妊娠は常に喜びをもたらすものだと広く誤解されています」と話し、そのため妊娠中にうつ病を経験した人の多くが、罪悪感や羞恥心を感じ症状を隠すようになると教えてくれた。実際に私もそうだった。症状そして自分の気持ちを隠していたため、なぜこんなにも落ち込んでいるのか理解できず、“遺伝的に思いやりのない母親になりやすいのだ”と結論づけた。妊娠した途端に、脳内でスイッチが入り“母親失格”の遺伝子が発動したに違いないと。

High angle shot of pregnant woman looking at a ultrasound scan photo, with baby clothings and accessories laying on the floor against sunlight. Mother-to-be. Preparation for a new family member. Expecting a new life concept

私自身、子育てに熱心とはいえない母親のもとに生まれた。母方の女性たちは機知と気概には富んでいたが、温厚で感受性が豊かとは言えない人たちだ。祖母は数カ国語を話し、家族に笑いをもたらす存在だったが、一方で休暇に出かけるために子どもを孤児院に預けたことさえあったという。祖母は4人目の子を出産した後、精神科に通っていたそうだ。母は自分の母親、つまり私の祖母のことがどれほど嫌いだったかをいつも私に話していた。

母はこの連鎖を断ち切ろうとキャリアを捨てて専業主婦になり、子育て本を読むなどの努力を重ねた。しかし当時は90年代、幼少期のトラウマが子育てにどう影響するかについて理解される前のことだったため、母はネグレクトの連鎖を完全に断ち切ることはできなかった。だからこそ私は“このループを断ち切るのは自分だ”と信じ、妊娠する前から何年もカウンセリングを受け、自分自身を癒すと同時に再構築することを学んだ。幼少期のトラウマに対処しながら健全な愛着についての本を読むなど、将来の子どもや孫たちが傷つかないよう、温かく“母性的”な存在になろうとしていたのだ。

それにもかかわらず、私はすでに“ダメな母親”になっていた。妊娠が進むにつれ、カフェや道で子どもを見かけるたびに「なぜあんな奇妙で小さな騒々しい生き物を欲しがったのだろう」とさえ思うようになり、赤ちゃんの頭の匂いを嗅ぐことや、友人の子を抱くことでさえ、ひどく苦しく感じていた。気分が悪化するにつれ、私はさらにそれを隠すようになった。助産師、カウンセラー、友人、そして夫やお腹のなかの子どもにさえも、明るく振る舞い「ハイ、ベイビー!」と無理矢理元気な声で話しかけた。 私がどれだけこの子を望んでいないか口に出さなければ、誰にも伝わらないと信じて……。

ある深夜、“妊娠中のうつ病”について検索すると同じような経験をしている何百人もの投稿が見つかった。その多くが切望していた赤ちゃんの存在に落ち込み、2人目が欲しいかどうかわからなくなっていた。また、出産前にうつを発症した人もいて、出産後はすぐに治るものだと教えてくれた。そんななかある投稿に、プロゲステロンの避妊薬にひどい反応を示したことがある人は、プロゲステロンが体内にあふれている妊娠中にうつ病になりやすいかもしれないと書かれていた。私は数年前、ピルにひどい反応を示したため服用をやめていたことを思い出し、安堵の涙が止まらなくなってしまった。私は世代の連鎖に囚われていたわけではないし、悪い母親だったわけでもなく、ただホルモンの影響を受けていただけだったのだ。

トボン博士によれば、家族の精神疾患歴や病歴、環境的なストレスなどにもよるが、妊娠中のエストロゲンとプロゲステロンの変動は、気分障害の大きな要因となるという。うつ病は私の育児能力とは何の関係もない、と知ったことですべてが変わった。それ以降、友人や家族、病院などでも正直な気持ちを話し始めることができるようになり、さらにインターネットで知り合った同じような経験をしている女性たちともやり取りををするようになった。私はまだ落ち込んでいたし、ときには圧倒されるほどだったが一人ではなかった。

息子を出産して12時間も経たないうちに、憂鬱な気分はあっという間に消え去り、私は自分自身に戻ることができた。興奮や喜びに満ちあふれ、生き生きとしていた。2人目の子どもを妊娠したときには、また同じうつ病の症状が再発したが、過去の経験から覚悟も心の準備もできていた上、今回はそれを率直に話すこともできるようになっていた。

産前うつは母になる上で決して楽な経験ではなかったが、重要な教訓も与えてくれた。それは、いい母親になるか悪い母親になるかを決めるスイッチなど存在しないということ。素晴らしい出産体験をするために完璧な妊娠が必要なわけではないし、いい産後を過ごすためにパーフェクトな出産体験が必要なわけでもない。

妊娠中や出産時の経験、そしてその直後の経験が“完璧な親”になることに直結するわけではないのだ。

エマ・パティー(Emma Pattee)著の小説『Tilt』は来年発売予定。

Text: Emma Pattee Adaptation: Nanami Kobayashi From: VOGUE.COM

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