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「こころが男性どうし」の“ふうふ”が作る家族の形 応援し続けてきた人たちと、変わってきた社会の目【忘れないよ、ありがとう⑥】

  • 2024.10.17

朝から降っていた雨が上がり、夏の終わりを知らせる涼しさに包まれた9月の札幌。
おそろいのレインボーカラーのTシャツを着ているのは、「こころが男性どうし」のふうふと、2人の子ども「みぃくん」です。

黒いベルトのバックを肩からかけているのは、きみちゃん。
去年1月にみぃくんを出産しました。からだは女性、こころは男性のトランスジェンダーです。

みぃくんを抱っこしているのは、きみちゃんのパートナー・ちかさん。
からだは男性、こころは男性ですが、日によって女性寄りの日もあって、好きになるのは男性だけです。
きみちゃんについて、「ひとりの人間として優しいし、頼りになる」と話します。

2人は、「こころが男性どうし」のふうふです。

Sitakke

記者である「わたし」が最後にみぃくんに会ったのは、およそ1年前。
そのときはまだハイハイをしていましたが、1歳半を過ぎた今はもう元気いっぱいに、自分の脚で走り回ります。

3年前、2人の間には、命が宿っていました。
しかし、2021年12月28日。2人は赤ちゃんと、思いがけない形で対面しました。

家族が歩んできた軌跡は、これまで連載「忘れないよ、ありがとう」でお伝えしてきました。
今回はみぃくんの誕生により、家族として新たなスタートを切った2人の、ある決断についてお伝えします。

連載「忘れないよ、ありがとう」

9月15日に行われた、「さっぽろレインボープライド」。

Sitakke

性の多様性について多くの人に知ってもらい、差別の解消などにつなげようと、当事者や支援者らがパレードをしました。1000人以上が参加し、過去最多の人数を更新しました。

「きょうは、いまお気に入りの女性アーティストの格好を真似してみました」
日によって、こころが女性のときもあるちかさんですが、この日は久しぶりのスカートです。

Sitakke

ちかさんときみちゃんは共働きなので、みぃくんは保育園に通っています。ちかさんは「送り」の担当、きみちゃんは「お迎え」の担当です。

実はちかさんは、みぃくんと向き合う時間をもっと確保するために、半年前にある決断をしていました。

Sitakke

3月30日の、午後6時半すぎ。わたしは、カメラマンと一緒に札幌・すすきののはずれにあるバー「7丁目のパウダールーム」に向かいました。この日でちかさんは、6年間勤めたこの店を卒業することを決めていました。

これまでも独創的な格好をして、お客さんを楽しませてきたちかさん。午後7時の開店を前に、おもむろに白のファンデーションを指にとり、顔全体に塗っていきます。

Sitakke

「最終日、白塗りなの?」
店長の満島てる子さんは、すかさずつっこみます。

Sitakke
店長の満島てる子さん

ちかさんは、「下地は、キャンバスにしようと思って。三つ葉を書いて、四つ葉を1個だけにしてみんなに探してもらう。見つけた人が幸せになるみたいな」と、はにかみながら答えます。お客さんを幸せにしたいという、優しい思いが込められていました。

てる子さんをはじめ、この日の店のスタッフたちのドレスコードは「黒」。卒業や誕生日などその日の主人公がいる場合は、他のスタッフは黒服に徹するというのが、バーなどでは鉄則だといいます。

「きょうまで、おつかれさまでした…」
店の後輩たちが、メイク中のちかさんにお礼の品を渡しに来ました。

Sitakke

いまこの店に所属しているスタッフは、ほとんどがちかさんより年下です。ちかさんが6年前に店に入ったときは同世代の仲間がほとんどでしたが、新しい人生に進むために2~3年ほどで次々と卒業しています。

メイクの下地に使うベビークリームや、チョコレートなど、ちかさんが喜びそうなものがプレゼントされます。店長のてる子さんからは、色とりどりのタオルが贈られました。
「家族で使えるバスタオルとか、赤ちゃんのおくるみにも使えるやつ」

Sitakke

「わーすごいレインボー!!もうどうしよう、ずっとお世話になってばかりで…」
感激した様子のちかさんに対し、てる子さんは「ほんとよね!たくさん世話したよね、私たち。この人が酔いつぶれているときとかさ~!」と後輩たちを巻き込んで、笑顔を誘いました。

Sitakke

店の後輩の1人、魔ァ子(まぁこ)さんです。初めて客として店に来たとき、店番をしていたのが、てる子さんとちかさんだったといいます。
「Xを交換して家に帰ったら、ちかさんから『きょうありがとう、よかったらまた来てね』とメッセージをもらった。次も行こうかなと思って、気が付いたら働いていた。ちかさんがいなかったら私はここにいない」

ちかさんは照れながらも、「魔ァ子は次のスタッフのリーダーだから」とわたしに紹介。魔ァ子さんは、「やだ~!そんなこと、絶対思っていないのに!」と飛び切りの笑顔で返します。

ちかさんの独創的な格好は、東京で活躍するドラッグクイーンたちもちかさんに会いに店に来店するほど、注目されています。アニメのキャラクターや、ときには日用品や野菜などにも変身します。

Sitakke
左の写真は「ぶどうの妖精」。右ページの写真はある映画に登場する「札」

店のカウンターには、これまでのちかさんの「女装」写真をまとめた「顔面美術館」というタイトルの冊子も置かれています。常連のお客さんがつくってくれたものです。

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後輩のみゆさんは、スタッフとして働く前からXでちかさんに注目していたといいます。「すごいメイクをする人だなと…。初めて出勤で一緒になったとき、予想外にちかさんがおとなしい方だったので、ギャップに驚いて」

「次は、みゆさんがこういうメイクをしてみるのはどうか」とわたしが聞くと、「ちかさんはもうレジェンドの枠なので、あのメイクの枠はもう永久欠番です!」と、笑いながら首を横に振りました。

ちかさんが店を卒業すると店長に報告したのは、年末年始の頃でした。
ちかさんは、「子どもの成長の一瞬はとても大切だし、少しでも多く関わりたいという思いもあって、きみちゃんに任せきりだったところも多いから」と、引き締まった顔で卒業の理由を語ってくれました。

ちかさんときみちゃんは千歳に住んでいて、店があるすすきのとは車や電車で1時間ほどの距離があります。ちかさんは、この店のスタッフの他にも、別の仕事もして忙しい日々を送っていて、子育てをきみちゃんに任せきりになっていたといいます。

Sitakke
てる子さん

店長のてる子さんは、6年前、店に勤め始めたばかりの頃は引っ込み思案なちかさんが、メイクを通して自分なりの「楽しませ方」を身に着けていったと、懐かしく振り返ります。
「このメイクのおかげでいろんな人に知ってもらって、たくさんの人に愛してもらったなって、店長としてすごく感じる」

店長のてる子さんにとって、店のスタッフは一生子どものような存在です。
「私もみぃくんの『おばあちゃん』と思っているから、いつでも孫の顔も見せに来て……って、なんか姑みたいね」

Sitakke

ちかさんは4年前、「この店はどんな場所ですか」というわたしの質問に、「自分の本来の居場所だと思っている」と答えていました。その場所を離れることに不安はないのか尋ねると、ゆっくりと噛みしめるように答えました。

「寂しさはあるけど、この店がある限りまったく無関係になるわけじゃない。この場所のおかげで、いまの自分も家族もあるから」

Sitakke

午後7時をむかえ、いよいよちかさんにとって最後の営業時間が始まりました。魔ァ子さんの「開けます、おねがいします」という掛け声と同時に、1組目のお客さんが来ました。

数年来の常連客たちからは、「ちかちゃんに氷入れてもらうのも、最後だな…」と寂しそうな声が漏れ出します。

Sitakke

店のスタッフ全員とお客さんによる、ちかさん最後の乾杯です。
「ちかちゃん卒業おめでとう!かんぱーい!!!」

てる子さんの掛け声とともに、グラスを合わせる音が大きく響きました。

Sitakke

お客さんとの会話も盛り上がってきたころ、てる子さんが店の奥から花束を持ってきました。魔ァ子さんから手渡されます。

仲間からのサプライズに、ちかさんは感激したような表情を浮かべました。

てる子さんが選んだ紫の花には、「思いや気持ちを言葉で伝える」という意味があるそうです。
「言葉で伝えるのが苦手なちかちゃん、自分の思いを伝えるのが苦手なあなただけど、きみちゃんといいコミュニケーションを続けていい家庭を築いてください、私たちも応援しています!」

てる子さんに続き、店全体も拍手に包まれました。

午後8時をまわり、かけつけたお客さんがゆっくり楽しめる時間にできるように、わたしとカメラマンは取材を切り上げることにしました。
ちかさんとてる子さんは、わたしたちを見送りに玄関に出てくれました。

Sitakke

「いまの保育園は1歳までだから、別の保育園に行くことになって」と、ちかさんはこの日の日中にあった、みぃくんの卒園式の写真をみせてくれました。写真には、ちかさんの腕の中で安心したようにどっしりと座る、みぃくんの姿がありました。

「みぃくん、もう走ったりするんです」と、ちかさんは愛おしそうに写真を見つめます。

Sitakke

「まだまだ慣れない育児に困ることもたくさんあるけど、すごい幸せです。一つひとつが。新たな発見ばかりです」

すっかり親の表情を見せるちかさんの横顔を、てる子さんも頼もしそうに見つめていました。

Sitakke

「お世話になりました、ありがとうございました~」
わたしたちが乗り込んだタクシーがその場を離れるまで、ちかさんとてる子さんは、手を振って見送ってくれました。

わたしは取材以外でも、プライベートで時折この店を訪れていたので、もう店でのちかさんに会えないのかと思うと、しみじみと寂しい気持ちになりました。

9月15日に行われた、レインボープライド。

わたしは会場で、ベンチに腰掛けてみぃくんに話しかけるきみちゃんを見つけました。
「お久しぶりです」と声をかけると、きみちゃんは小さく会釈をして微笑んでくれました。

Sitakke

きみちゃんは去年のパレードには急な体調不良で参加できなかったので、みぃくんと参加するのはことしが初めてです。

みぃくんはシャボン玉を飛ばすのに夢中。フィナーレの「バブルリリース」で使うためのものでしたが、その前に、シャボン玉液を使い切ってしまっていまい、ちかさんは新しいものを買いに行っているところでした。

15分ほど経って、ちかさんが戻ってきました。わたしの姿を見つけると、「すみません…!お久しぶりですね」と優しく声をかけてくれました。

ちかさんはきみちゃんに、小声で話しかけます。
「あれ、言ってもいい…?」
きみちゃんは、小さくうなずきます。

Sitakke
ちかさん、きみちゃん、みぃくんと、わたし

「実はいま、きみちゃんは妊娠中で、3月にうまれるんです」

ちかさんの報告を聞いて、きみちゃんは照れたようにうつむきながら、小さくうなずきました。

取材を始めた3年前は、「子どもを持ちたい」という2人の選択に対し、「子どもがかわいそう」という心無い言葉が投げかけられることもありました。
しかしいま、きみちゃんとちかさんの近くで、みぃくんは笑顔で幸せそうに走り回っています。そんな3人の様子を見て、「お子さんかわいいですね」「テレビで見ました、応援しています」と、声をかける人もいます。

Sitakke

「ありがとうございます」と晴れやかな顔で答える2人の姿は、頼もしく見えました。

男性どうしの“ふうふ”として、自分たちらしい家族をつくる2人。
まわりの人からの応援が、2人を励ますことにつながっているのだとしたら、みぃくんの笑顔を守るのは、わたしたち社会全体からの目線であるのかもしれません。

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家族のこれまでは、連載「忘れないよ、ありがとう」でお伝えしています。

文:HBC報道部・泉優紀子
札幌生まれの札幌育ち。記者歴6年。道政・市政を担当しながら、教育・福祉・医療に関心を持ち、取材。大学院時代の研究テーマは「長期入院児に付き添う家族の生活」。自分の足で出向き、出会った人たちの声を聞き、考えたことをまとめる仕事に魅力を感じ、記者を志す。居合道5段。

編集:Sitakke編集部IKU

※掲載の内容はHBC「今日ドキッ!」放送時(2024年9月16日)の情報に基づき、追記しています。

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