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目指すべきは誰も置き去りにしない「情報共有ツッコミ」/ツッコミのお作法②

  • 2024.10.14

ある日のライブでのことです。僕が所属するプロダクション人力舎の後輩芸人が「この前、吉沢さん(仮名)とごはんに行ったんですけど」とエピソードトークをしていました。吉沢さんはコンビで活動されている人力舎の先輩芸人で、その日のライブには出演していませんでした。さすがに不親切だと思ったので僕が「人力舎に所属している◯◯(コンビ名)の吉沢さんね」と補足すると、その後輩に「いや、吉沢さんはみんな知ってるでしょ!」と言われてしまいました。残念ながら吉沢さんは毎日のようにテレビに出ている超売れっ子ではありません。僕らと同じ、ライブで日々鍛錬を重ねている若手芸人です。たしかにライブに足繁くいらしてくれているお客さんであれば吉沢さんのことを知っている方も多いと思います。ただ、その日のライブにひとりでも吉沢さんのことを知らない人がいる可能性があるのであれば、補足するに越したことはありません。せっかく時間を作ってお金をかけて来てくれたお客さんを、できることなら誰一人として置き去りにしない。これもまたツッコミの役割のひとつと僕は考えます。〈情報共有ツッコミ〉とでも名付けましょうか。

■ツッコミ例 「◯◯さんって、人力舎の先輩芸人ね」 ■ツッコミ名称 情報共有ツッコミ ■解説 誰かが話しているとき、その内容が第三者にも伝わるように情報を補足するツッコミの一種。ダ・ヴィンチWeb

「置きチケ」って何? “説明”を生んだ学生時代の経験

誰にでもわかるように、なるべく丁寧に説明すること。僕の中にこのマインドが根付いたのは芸人になる前、ただのお笑い好きだったときの経験によるところが大きいです。

大学生のころ、「お笑いライブに行ってみよう」と思って興味のある芸人さんのSNSを見てみると、このような投稿が頻出しました。

「◯月◯日、同期ライブがあります!置きチケできます!」 「来週末の単独、置きチケ可能です!」

お笑いファンの方なら一度は見たことある文章ではないでしょうか。しかしお笑いライブの知識が乏しかった僕は、ひとつの言葉に引っかかりました。

「“置きチケ”ってなんだろう?」

そう思って前後の投稿を読んでみても特になんの説明もありません。結局「置きチケ」が何を意味しているのかわからず、なんだか怖くなってライブに行くのを断念してしまいました。

後になって「置きチケ」とは「ライブのチケットの取り置き」のことであり、事前に芸人さんや主催者に頼んでおいて、当日受付で名前を言えば前売料金で入れるシステムを指すと知りました。なんちゅう難易度だ。「チケットの取り置き」を「置きチケ」と略す遊び心が僕を苦しめていたのです。

もちろん当時の僕にもっと熱量があればそれも調べ上げてライブに行けていたでしょう。でも現にそこまでじゃないけどライブに興味がある人もいます。いろんな度合いの人間がいるからこそ、丁寧に書くことによって取りこぼさないよう努めています。

ほかにも、SNSの投稿で仲の良い芸人さんの名前を出すときに、コンビの人なら必ずコンビ名を入れることも徹底してます。「井口さん」じゃなくて「ウエストランド井口さん」、「国崎さん」じゃなくて「ランジャタイ国崎さん」。周りの芸人さんたちが目まぐるしく売れてきているので名字だけでも十分伝わるようにはなってきましたが、それでもなるべくその投稿だけで情報を完結させることを心がけています。めちゃくちゃ些細ですが、そういう感覚は大切にしようと思っています。

この業界にいると麻痺してくる部分はあるし、「これは果たしてみんなが知ってる言葉なのか?」と線引きがわからなくなるときもあります。自分も完璧にできているかといったら自信はないです。でもだからこそ、ちょっとオーバーなくらいに「知らない人がいるかもしれない」という体(てい)でいます。この前なんて勢い余って自分の主催ライブで「トンツカタン」を説明して変な空気にしましたからね。

パーティーメンバーのステータスを上げる「狩猟笛」マインド

〈情報共有ツッコミ〉は観ている方のためだけのものではありません。冒頭の話でいうと、「◯◯さんとごはんに行った」というエピソードトークをしていた後輩は、その話が面白いと思っているからしゃべっています。であれば◯◯さんを知らない人にもわかるように補足したほうが、その面白さがより伝わるはずです。

前回書いたようにツッコミの役割の基本は、ボケの面白さを汲み取って伝えること。お笑いじゃなく一般論的にいうなら、相手が言いたかったこと・やろうとしたことの真意をうまく拾って伝える手助けをして、相手をより引き立たせること、と言い換えられるかもしれません。そうやって絡ませていただいた人の魅力を20%増しで伝えられる人間になることも、僕の目標のひとつです。

芸人になってより色濃くそう思うようになったのは確かなのですが、遡るとそれ以前から僕のこの性質は健在でした。

高校時代、プレイステーション・ポータブルのゲーム『モンスターハンター』が流行っていました。巨大なモンスターを討伐するゲームで、最大4人まで協力プレイすることが可能です。一緒にプレイする友人たちは大剣やハンマーを振り回す中、僕は自分の武器として「狩猟笛」を選びました。主な役割は、笛を吹いてパーティーメンバーのステータスを上げたり鼓舞したりすること。高校生が選ぶ武器としてはだいぶ渋い。みんなが「よっしゃ、一狩り行くぞ!」と駆け出していくときに「ちょっと待って、笛吹くから!」と一曲奏でて、「はいOK、行ってらっしゃい!」と送り出していました。

だから今やっていることも、狩猟笛を吹いていたときと変わらないんですよね。自分の大剣で切り開くんじゃなくて、切り開く人の刀の切れ味を増させる。「やかましいわ」だの「おかしいだろ」だの「このシャツ漂白失敗したわけじゃないんだよ」だの、いろんな音色の笛を吹いています。

なるべく多くの人に「面白い」と思われたい

あえて説明を省くことで生まれる面白さもあります。旧友、真空ジェシカのラジオ『ラジオ父ちゃん』(TBS Podcast)なんて、ボケの川北(茂澄)がまだ世に出ていない芸人のギャグや口調をなんの説明もなくマネしまくって、相方のガクも毎回説明するのは面倒くさいからツッコまずに放置しています。だけど聞く人によっては「あぁ、あれのことか」と思えて面白いし、だからこそ濃くて根強いファンが増えていく。その一例として僕は『ラジ父』リスナーから「成立松」と呼ばれています。「成立松」というのは、芸人が嘘のツイートで「いいね」を荒稼ぎしているのを取り締まる『ラジ父』の恒例企画「嘘松大捜査」でなぜか僕が毎回ターゲットにされることと、『ラジ父』のイベントMCやガクが番組を休んだときのピンチヒッターを務めて「場をどうにかして成立させる人」として扱われていることを合わせてつけられたあだ名です。タイミングもなかったので今まで一度もちゃんと説明したことなかったけど、「成立松」って文字に起こすとこんなにややこしかったんですね。自分の存在が一番成立を阻んでいるのでは?

こういった「知る人ぞ知る」がわかる気持ち良さももちろん尊重しつつ、僕は僕で見たり聞いたりしている人全員をできる限り引き連れていきたいです。なるべく多くの人に「面白い」と思われたいというのを行動原理に、今後もこの姿勢を続けていこうと思います。

お笑いの世界に限らず、日常生活でも〈情報共有ツッコミ〉が使える場面はある気がします。たとえば友達3人でしゃべっているとき、その内の2人にしかわからない固有名詞を出して盛り上がっていたら、残りの1人は話に入れなくて寂しいですよね。みなさんもわりと身に覚えがある場面だと思います。

そういう思いをする人が出ないように、誰かが何か言ったときに情報が足りていないと思ったらすかさず言葉を補足したり、自分が話すときもなるべく丁寧に説明したりするのが〈情報共有ツッコミ〉。心がけてみると、コミュニケーションがスムーズになるんじゃないでしょうか。ただ、やりすぎると僕みたいにひんしゅくを買うケースもあるということを共有しておきますね。

(取材・文/斎藤岬)

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