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スティーヴン・キングが「あまりにも恐ろしい」と発表延期したホラー小説『ペット・セマタリー』。ペットの墓場から悲劇が連鎖する…

  • 2024.10.13
ダ・ヴィンチWeb
『ペット・セマタリー』(スティーヴン・キング/文藝春秋)

2024年は「ホラーの帝王」ことスティーヴン・キングの作家デビュー50周年。本記事では著者自身が「あまりにも恐ろしくて忌まわしい」と発表を数年先延ばしにしたという逸話がある、1983年(日本での出版は1989年)の作品『ペット・セマタリー』(スティーヴン・キング/文藝春秋)を紹介する。

舞台はアメリカ最北東部・メイン州の田舎町。医師・ルイスが一家の主の家族が、大都会・シカゴから引っ越してくる。家族構成は、妻・レーチェル、思春期の娘・エリー、まだ幼い息子・ゲージ、猫・チャーチ。理想的なマイホームと、ルイスには大学の医療センターという新たな職場を得て、新生活は順調に思えた。しかし、車にはねられた学生・ヴィクターの死をきっかけに、不吉な出来事が連鎖していく……。

まず、本書はページをめくった瞬間にビクッとしてしまったり、夜中トイレに行けなくなってしまったりするような怖さはない(ちなみに映画版はけっこう怖い)。

本作のテーマを一言でいうならば「理解不能なことが起きたとき、人はどう感じ、どう行動するか」ということだと筆者は感じた。大人でも子どもでも理解不能なことといえば「死」だろう。ルイス家の近くの森には、かつて町の子どもたちが作ったペットを埋葬する墓場があり、そこを軸に惨劇・悲劇が連鎖していく。エリーが「死」の理解不能さに気付く様子は以下のように、客観的でありつつも恐怖の渦に引き込まれていくように描かれている。

もしも、あの墓地の動物すべてが死んで埋められたものならば、チャーチとて(いついかなるときに!)死んで、埋められるかもしれない。さらに、もしチャーチにそれが起こりうるものならば、いつおなじことが母親に、父親に、赤ん坊の弟に起こるかしれない。彼女自身に起こるかしれない。死というものは漠然たる観念だが、あの《ペット霊園》は現実である。あれらの粗末な墓標の手ざわりのなかには、いとけない子供の手にすら触知しうる真実があるのだ。

著者は他作品で言葉遊び(例えば代表作『シャイニング』は殺人〈murder〉を逆さまにした〈redrum〉という単語が物語のキーになります)を取り入れているが、本作にも例に漏れず意味深なワードがちりばめられていた。

チャーチという猫の名前は、言葉巧みだったことで知られる元英国首相ウィンストン・チャーチルにちなんでいると冒頭で紹介される。また、「ペット墓場」は、正しくは「ペット・セメタリー〈pet cemetery〉」だが、作中では子どものスペルミスで「セマタリー〈sematary〉」という看板となっていて、それがそのまま題名にもなっている。

深読みかもしれないがsemataryという単語は、semantics「意味論」、tarry「とどまる・遅れる」という英単語を連想させる(英語のサイトで検索したところ同じ推察をしている人がいた)。「意味が遅れる→理解が追いつかない」ことがテーマなのではと、この言葉からも筆者は想像した。「天国などない」という考えのルイスも、しだいに「神よ」とつぶやいてしまう展開が、読者にどんどんページをめくらせる。

神よ過去を救いたまえ、そうルイスは思い、そしてふとおののいた。これといってりっぱな理由があったわけではない。いつかは自分もまた、自分自身の肉親、自分自身の孫たち―もしエリーやゲージが子供をつくり、それまで自分が生きていられたとすれば―にとって、どこから見ても縁の薄い存在になってしまう日がくるだろう、という以外には。

登場人物がさほど多くないため、海外文学の読書にありがちな「これ誰だっけ?」となる可能性が低く、「ホラーの帝王」の作品にしては意外と怖くない。そして「理解不能な出来事にどう対処するか?」「死とは何か?」という普遍的なテーマを扱った本作は、上下巻構成という長さながらもサクッとスティーヴン・キングの世界観に浸れる一冊だ。

文=神保慶政

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