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井之脇海さん、村上春樹氏のピアノを弾き「役者になって良かった」 映画『ピアニストを待ちながら』に主演

  • 2024.10.12

井之脇海さんが、10月12日公開の映画『ピアニストを待ちながら』に主演します。村上春樹ライブラリー(早稲田大学国際文学館)の開館記念映画として制作された短編をもとに、約1時間の劇場公開版として完成させた本作。コロナ禍や、それを経て普及した非対面コミュニケーションの奇妙さも暗示する物語に、どのように想いをめぐらせたのか聞きました。

村上作品に影響を受けた“ハルキスト”として

――井之脇さん演じる瞬介は、真夜中の図書館から出られない状況にいます。居合わせた男女は芝居の稽古に興じ始めますが、なぜ稽古をするのか、どうして外に出られないのか、謎の多い作品です。全編、隈研吾さんが建築を担当したライブラリー内で撮影したそうですが、この場所でのお芝居はいかがでしたか?

井之脇海さん(以下、井之脇): 夕方にこのライブラリーに入って、朝まで撮影する日々を2週間弱続けたのですが、瞬介同様、閉じ込められたような不思議な感覚になりました。ここは村上春樹さんの作品を連想させる素敵な空間。日中は陽射しが入って開放的なんです。でも夜になると、綺麗で洗練されているがゆえの、独特の不気味さがありました。ガランとした空間や、座る人のいない椅子を見つめながら、映画のテーマでもある「不在」について考えていました。

――作品中では、村上春樹さんがジャズバーで使用していたピアノを、実際に演奏されていますね。

井之脇: はい。僕が弾いた生音がそのまま使われています。「村上さんはこのピアノに触れた指で、あの素敵な物語を紡いでこられたんだな」と思いながら、感慨深く演奏させていただきました。

朝日新聞telling,(テリング)

――井之脇さんは村上春樹さんの作品のファンだとも伺いましたが、どのような影響を受けてきましたか?

井之脇: 村上春樹さんの作品を読み始めたのは比較的遅くて、初めてちゃんと読んだのは確か20歳のとき、『ダンス・ダンス・ダンス』だったかな。以降はどっぷりはまり、一番のめり込んだのは『ねじまき鳥クロニクル』ですね。恥ずかしながら、小説に出てくる主人公を、まるで自分のように感じていました。考えすぎるところも重なるし、小説にならってサンドイッチをウィスキーで流し込んだり、よく登場する「やれやれ」といった表現を真似して使ったりして(笑)。たくさん影響を受けました。だからこそ村上さんのピアノを弾けるというのは、役者をやっていて良かったなと思う経験でしたね。

「見えないものへの不安」が募る今だから

――本作が制作された2021年は、コロナ禍の混乱の中、舞台やイベントでは無観客上演がされていた頃でした。当時のような制限はなくなった現在ですが、この作品を観ると、天災への不安や社会的不安など、先行きのわからない日常は今も続いていると感じます。

井之脇: コロナ禍で僕たちが感じたような「見えないものへの不安」は、今もあらゆるところに存在すると思うんです。オンラインでのコミュニケーションが増え、人と簡単につながれるようになったからこそ、相手のことを知っているようで知らない、存在しているようでしていないかもしれない、といった恐ろしさがある。想像できないスピードで社会が変わっていくことへの不安感もあります。撮影してから日が経ちましたが、これは普遍的な話として受け取っていただける作品なのかなとも感じています。

朝日新聞telling,(テリング)

――井之脇さんも、日常の中で見えないものへの恐ろしさを感じることはありますか?

井之脇: 「先が見えない」という意味では、役者業には不安がつきものだと思います。コロナ禍では一度、完全に仕事が止まりましたし、2年後どこで何をしているのか、自分でも想像できません。だからこそ、見えない将来を考えすぎずに、目の前のことに集中するようにしています。
僕は散歩をするのが日課なんです。いつも大体同じルートを歩きながら、昨日と今日の違いを見つけるのが好き。昨日は無かった空き缶が転がっていたら「誰かが昨日、この場所で飲んだのかな」と想像します。毎日同じようで、日々変わっていくのがわかる。すると、どんな日々でも小さな幸せを見つけることはできる、と思えるんですよね。

――変わっていくことに対して、不安はありませんか?

井之脇: 少しはあります。たとえば僕は映画がすごく好きで、近年さまざまな表現や技術が増えていくことにわくわくしていますが、同時に、フィルムでの製作が少なくなっていく寂しさも感じています。
ただ「新しいものは受けつけない」のではなく、何事も一度試してみることが大事だと思うんです。もともと僕はSNSがあまり好きではありませんでしたが、Instagramを始めてみたら意外と楽しかった(笑)。ただし生活のすべてをさらけ出しすぎるのではなく、人に見せない自分だけの領域は、これからも守っていきたい。そんなふうに、変わっていくもの、新しいものとの付き合い方を考えていけたらなと。

朝日新聞telling,(テリング)

映画館の暗闇と光に重なる作品

――なぜ真夜中の図書館から出られないのかわからないまま、登場人物たちは、来るかわからないピアニストを待っている。サミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』をモチーフに、現代の不条理を描いています。どのように観客に観てほしいですか?

井之脇: 60分と短い物語なので、あまり構えず、ふらっと図書館に迷い込むような気持ちで観ていただけたらと思います。映画館というのは独特な空間で、真っ暗な中、知らない人たちと一緒に、光るスクリーンをただ見つめている。そのシチュエーションが、どこかこの映画の不思議さとも重なるような気がして、ぜひ映画館で体感してほしいですね。先が見えず、何が起きるかわからない今の世の中と地続きになっている作品。ご自身の思いや経験と重ねながら、この物語を自由に受け取っていただけたら嬉しいです。

ヘアメイク:新宮利彦
スタイリスト:坂上真一(白山事務所)
ヴィンテージ腕時計 (ECW SHOTO[江口時計店])

■塚田智恵美のプロフィール
ライター・編集者。1988年、神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後ベネッセコーポレーションに入社し、編集者として勤務。2016年フリーランスに。雑誌やWEB、書籍で取材・執筆を手がける他に、子ども向けの教育コンテンツ企画・編集も行う。文京区在住。お酒と料理が好き。

■大野洋介のプロフィール
1993年生まれ。大学卒業後、出版社写真部に所属した後、フリーランスとして活動中。

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