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安部若菜 エッセイ連載「私の居場所は文字の中」/第5回「置かれた場所で咲けないなら」

  • 2024.10.11

ダラダラと続いた夏が終わり、ようやく秋がやってきました。”秋の夜長”なんて言葉通り、夜に本を読んだり外の風を感じたりする時間も増え、ずっとこの季節が続けばいいのに、と願わずにはいられません。

今年は9月の後半から急に涼しくなって秋になりましたが、それでも時々30度を超す日があったり……。振り返れば小学生の頃は、9月は秋という感覚だった気がします。 いつの間にか自分の中の当たり前もすっかり変わってしまい、なんだか寂しい気持ちです。

そんな短い秋に想いを馳せながら外から聞こえてくる虫の声を聞いていると、ふと懐かしいことを思い出しました。

私が小学生の頃の話です。毎年秋に祖母の家に行くと、必ずどこからかスズムシを捕まえてきて、虫かごの中で育てていたのです。 夜になるとリリリリリリ、と鳴いていい声だったのですが、何故かしょっちゅうかごから抜け出して家中を飛び回りました。リビングのどこかや、寝室……。部屋のあちこちで鳴く声は、かごの中から出てしまうと一気に恐怖に変わります。

虫が苦手だった私はいつこっちに飛んでくるかと気が気でなく、おちおち眠ることも出来ませんでした。

ですが今になって、大阪の中心・難波に通う日が増え、セミの声も聞かないまま夏が終わるようになると、そうやって虫の声を聞けていたのも贅沢なことだったのだと気づかされました。その時にいる環境のありがたみは、後になってからしか気づけないものなんでしょうね。

9月になると当たり前に秋がやってきていた子供時代も遠い昔。令和になった今、9月はまだ夏で、だんだん夏が幅を利かせるようになってしまいました。

秋はもともとの優しい空気感も相まって、夏や冬の存在感の強い奴らに圧迫されてどんどんと短くなってしまっているように感じ、秋に同情さえ覚えます。

そうした季節の変化は、「地球環境が変わったから仕方ない」こう言ってしまえば終わりですが、そんな諦めの空気を自然環境に対してだけじゃなく、色んな面で感じる日が増えました。

環境のせいだから仕方ない。時代だから仕方ない。私自身、仕事において「これは仕方ない」と自分に言い聞かせる日も多くあります。 自分にはどうにも出来ないことに包まれた時、そう思うことが唯一の解決策であり、自分を守る手段で、そう思わなきゃやっていられないことが世の中には多すぎるのかもしれません。

次作の小説『私の居場所はここじゃない』の登場人物、森冬真もそんな「仕方ない」環境の中で生きる1人です。家庭環境や金銭面、友人との関係に対し「こんな環境じゃなければ俺だってもっと……」と歯痒い思いをします。

夢を目指しているのに思い通りにいかないことは、自分の実力不足なのか、環境のせいなのか。高校生にとってその判断はあまりに険しいものです。

そんな時によく聞く名言である “置かれた場所で咲きなさい” 私ははっきり言って、この言葉が苦手です。置かれた場所が合わない場所だったら、無理にそこで過ごすことで咲かせられるはずだった花を枯らせてしまうかもしれない。

でも合わない場所だと見切りをつけて環境を変えてみても、本当は前いた場所が咲ける場所だったかもしれない。

咲けない理由が自分にあるのか、環境にあるのかは誰にも分かりません。正解の選択肢も無い。そんな曖昧な世界なのに、この言葉のように自分にばかり責任を求めていたら、いつか潰れてしまいます。

もちろん責任転嫁ばかりしていて咲けるわけもありません。でも、たまには環境のせいにしてもいい。そんなゆとりが許される世界であってほしいと切に願っています。

私も咲けない理由を環境のせいに考えてしまう日もありますが、それでもこの場所で咲きたいと思える。そんな場所に巡り会えたことが自分の1番の幸せだと感じます。

安部若菜の最近読んだ本

ダ・ヴィンチWeb
『ほたるいしマジカルランド』(寺地はるな/ポプラ社)

寺地はるなさん『ほたるいしマジカルランド』

大阪の老舗遊園地「ほたるいしマジカルランド」で働く不器用でやさしい人たちの物語です。大阪にある”ひらかたパーク”をモデルにされたらしく、大阪で生まれ育った私にとってはそれだけで特別な想いも湧いてきます。

遊園地という非日常で働く方々の日常には悩みも多く、仕事だって楽しいばかりじゃない。それでも読後には「よし、働くか」なんて気持ちになり、ふっと心が軽くなるようでした。

もしかしたらこの登場人物は近所に住んでるかもしれない……? 寺地はるなさんの描くお仕事の話はそう思うほど身近で、世界の温かさに気づかせてくれるようです。この秋は、久しぶりに遊園地に行ってみようかな。

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