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菅田将暉と高橋一生の“出世作”になった9年前の名作 2024年の続編で強まる“政治風刺のシリアス度”

  • 2024.11.26

テレビ朝日系で火曜夜9時から放送されている『民王R』は、総理大臣の身体が日本国民と入れ替わることによって起きる騒動を通して、日本社会に蔓延する問題を描いた社会派コメディドラマだ。

かつて総理大臣を務めた武藤泰山(遠藤憲一)は政治家人生の引退を控え、穏やかな日々を過ごしていた。しかし、不祥事のオンパレードで支持率が5%に低下した民政党を救うべく、再び総理大臣の座に就くこととなる。
ある日、テレビの生放送に出演していた泰山は、突如、頭痛に襲われ、意識を失ってしまう。そして目を覚ますと公設第一秘書の冴島優佳(あの)と身体が入れ替わってしまう。

菅田将暉と高橋一生の出世作となった『民王』

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(C)SANKEI

本作は2015年に放送されたドラマ『民王』(テレビ朝日系)の続編だ。

池井戸潤の同名小説(ポプラ社)をドラマ化した本作は、総理大臣の武藤泰山が息子の大学生・翔(菅田将暉)と入れ替わってしまう騒動を描いたコメディドラマだ。息子役を演じた菅田将暉や、公設第一秘書の貝原茂平を演じた高橋一生にとっては出世作となった作品で、ドラマ終了後も、2016年にSPドラマ『民王スペシャル〜新たなる陰謀〜』と貝原を主人公にした『民王スピンオフ〜恋する総裁選〜』が作られる人気作となった。

物語は政治風刺が散りばめられたコメディで、息子の人格が乗り移った泰山を遠藤憲一が演じ、父親の泰山の人格が乗り移った翔を菅田将暉が演じるという人格の入れ替わった演技が毎話の見どころだった。

この入れ替わり演技の楽しさは『民王R』ではよりパワーアップしている。
第一話では秘書の冴島と入れ替わったが、今回は冴島だけでなく、日本国民全員が泰山と入れ替わる可能性があることが明らかとなり、第2話では生活に困窮している20代の会社員。第3話では保育園児。第4話ではくも膜下出血で死の淵を彷徨う老婆。そして第5話では新宿の繁華街を彷徨うストリートキッズの中学生に入れ替わる。

その都度、性別も年齢も社会的立場も違う人間を演じることになる遠藤の芝居が笑いを誘うのだが、それがその場限りの一発芸ではなく、しっかりと物語と結びつき、社会風刺となっているのが、本作の侮れないところだ。
例えば第2話に登場する会社員の木下直樹(曽田陵介)は、食品会社で働く会社員だが、生活に困窮する孤独な青年で、闇バイトに手を出して犯罪を犯す寸前に、泰山と入れ替わる。いくら働いても生活がラクにならずに疲弊する木下の生活を体験することで、泰山は若者の貧困を実感し、彼のような若者に助ける政治をおこなおうと決意する。

次の第3話では、泰山が保育園児と入れ替わってしまった直後にアメリカ大統領が来日し、中身が園児の泰山が交渉することになる。アメリカ大統領は、先日2度目の大統領となったドナルド・トランプを思わせる男で、交渉は難航するかと思われたが、中身が幼稚園児の泰山とは何故か気が会い、やりとりは円滑に進むが、最終的に最新の戦闘機を高額で無理やり買わされそうになってしまう。なかでももっとも強烈だったのが第5話。家出したストリートキッズとして新宿を彷徨う中学生・萩原秋保(黒川想矢)と入れ替わってしまった泰山は、家出した未成年たちと交流する中で、彼らが両親から虐待を受けて、家に居場所がないことを知る。そして野党から要求された、未成年が親と縁を切ることができる法案を通そうと考えるようになる。

昨年、是枝裕和の映画『怪物』や、ドラマ『いちばんすきな花』(フジテレビ系)に出演し、大きく注目された黒川想矢の好演が光る第5話は、大人の泰山から見た日本の子供たちの惨状が描かれると同時に、泰山の体と入れ替わった中学生の秋保を通して、なかなか議論が進まず、不毛なやりとりが延々と続く国会の様子がシニカルに描かれる。 野党が提出した、問題のある親と縁を切ることができる法案が何年も棚上げになっている状況を知った秋保が、この法案が通っていれば自分も虐待する両親から逃げることができたことを知って怒りをぶつける姿は切実なものがある。 このシーンを観て、政治と生活は密接に関わっており、政治参加ができる大人には社会的責任があるということを改めて考えさせられた。

社会風刺テイストのシリアス度が前作以上に高まった『民王R』

『民王R』は前作と違い、池井戸潤の原作小説の映像化ではなく、ドラマ版『民王』の続編となっている。
そのため、どのエピソードもオリジナルで、脚本家も毎話バラバラなのだが、その結果、毎話何が飛び出すかわからないバラエティ豊かな仕上がりとなっている。

何より前作との大きな違いは、劇中で描かれる政治風刺のシリアス度がより強まっていることだ。 それはそのまま、前作が放送された2015年と2024年の日本の置かれた状況であり『民王R』ではいかに庶民、中でも若年層の暮らしが危機に瀕しているかが切実に描かれており、コメディを逸脱した真摯なメッセージが劇中で繰り返し描かれている。

2022年の渡辺あや脚本のドラマ『エルピスー希望、あるいは災いー』(カンテレ・フジテレビ系)や、今年放送された吉田恵里香脚本の連続テレビ小説『虎に翼』(NHK)、そして現在放送中の野木亜紀子脚本の『海に眠るダイヤモンド』(TBS系)といった、社会派テイストのドラマは近年増えており、大きな潮流となっている。
社会派ドラマは、綿密な取材と、政治や法律に関する知識、何より社会問題に対する強いアンテナがないと、独善的な主張を垂れ流すだけの薄っぺらい作品に陥ってしまう。そのため、日本のテレビドラマは社会問題を扱うこと対する忌避感が強く、長い間避けられてきた。しかし近年は渡辺あや、吉田恵里香、野木亜紀子といった脚本家の影響もあってか、正面から社会問題を描くと同時に娯楽作品として両立させたクオリティの高い作品を執筆するようになり、日本でも社会派ドラマが定着しつつある。

『民王R』の社会風刺がよりストレートなものに変わったのは、そういった潮流を押さえてのことだろう。笑って楽しめるが、深く刺さる痛みのある社会派コメディである。


ライター:成馬零一

76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。

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