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【telling,『虎に翼』を語る会】〈後編〉私の人生は「石を穿つ雨だれの一滴」? 女性たちが壁を越えるために

  • 2024.10.10

9月に完結したNHK連続テレビ小説『虎に翼』では、主人公・寅子の法律家としての成長を通して、身近にあるさまざまな社会課題が描かれました。telling,の女性ライターによる「『虎に翼』を語る会」の後半では、ドラマを通じて考えた今もなお女性たちがぶつかる“壁”や社会制度についての思いを語り合いました。法の下で真に「平等」な社会を目指して、一歩を踏み出すためのヒントも探ります。

【座談会参加者】


様々なドラマのレビューなどを担当

連載「わたしたちの大人婚物語」などを担当

30代女性の思いをインタビューで深掘り
・コーディネーター:

社会の矛盾とマイノリティーを描いて

柏木友紀telling,編集長: ドラマ『虎に翼』では、時代背景もあり、社会制度や環境によって女性たちの人生にさまざまな「壁」が立ちはだかりました。当時と今とを比べて感じたこと、思うことについて聞かせてください。

北村有・ライター: 私は30代半ばの独身で子どももいないので、社会とのつながりが希薄だと感じる時があります。このドラマの脚本を手がけた吉田恵里香さんは「社会から見ないようにされてきた人たちをきちんと描きたい」とで話していました。マイノリティーとされている人だけでなく、私のように、結婚も出産もタイミングがうまく合わなくて、社会とのつながりが仕事しかない人は、確かに存在が見えていない「透明な存在」であるように思います。

自分のようなフリーランスには産休・育休の制度はなく、子どもを産み、育てることをどうしても自分の身に引き寄せて考えることができない。果たして自分は守られる存在なのだろうか……。ドラマでは、寅子の後輩である判事補の女性が、寅子に妊娠を相談していました。「自分のキャリアを閉ざさなければならない」と話す彼女に、寅子は、「どんな選択でも応援するし、もし判事を続けたいなら、必ず居場所を残す」と答えていて。先輩や上司からこうした言葉をもらえたら心強いですし、近くに寅子のような人がいたら、きっと安心して自分自身と向き合えるだろうし、前に進んでいけそうです。

朝日新聞telling,(テリング)

清繭子・ライター: 放映時に話題にもなりましたが、寅子の生理痛が重くて、勉強や仕事がままならなかったことも描かれていました。今では生理休暇、ウェルネス休暇などの制度が整備されたものの、痛みの程度には人によって違いがあり、それを男性はもちろん、女性同士が分かり合うこともなかなか難しい。ドラマではそうしたことにも触れて、男性も見ているかもしれないお茶の間に届けてくれたことは意義があるなと。

別の論点ですが、憲法14条の「法の下の平等」をもとに、朝鮮の人々への差別や同性愛、性被害によって尊属殺人を犯した女性についてかなり斬り込んでいたことも、評価できました。登場人物を通じてそれらを描くことで、みんな私たちと一緒に生きている人が実際に抱えている間題なのだとあらためて感じられました。

夫婦別姓、昔も今も変化への不安が妨げに?

柏木: 社会との関わりで言えば、寅子は再婚する時に自身の姓を夫の性に変えるかどうか悩み、相手の航一が一時は改姓を提案するなど、夫婦別姓についても問題提起されていました。夫婦別姓については、あれから約半世紀たった現在も法的に認められておらず、新政権のもと制度化がなされるのかが注目されています。

塚田智恵美・ライター: ドラマでは、戦後、新しい憲法に則った民法改正の審議が開かれ、委員の一人が、伝統的な家族のあり方を変えることに反対していました。「何かを変えれば、これまであったものが壊れてしまう」という不安が変化の妨げになっている部分が、現代の制度についての議論に重なるようでした。その後、新民法が成立して、結婚後、夫か妻どちらかの名字を名乗ってもよいことになりました。

寅子が婦人代議士の集まりに参加した時には、「古き良きなんて言ったって、せいぜい明治時代から始まった決まりばかりよ」などと一笑に付す女性もいて、現代の議論でもああいう痛快さがあってもいいなと。今後、保守的な意見に押し潰されそうになったとしても、「いやいや」と笑って力に変えていく力を持てそうだと勇気づけられました。

清: 私は、結婚して夫の名字になりましたが、仕事上、旧姓を残すことで落としどころを見つけていました。当時は、結婚したといううれしさもあり、改姓がそれほど負担ではなかったけれど、寅子と航一が結婚するにあたり、家族や婚姻について考えをぐるぐると巡らせていたのを見て、自分ももっと悩んでよかったし、夫と相談してもよかったなと思いました。

朝日新聞telling,(テリング)

柏木: 寅子のモデルになった三淵嘉子さんが実際に担当した「原爆裁判」を被害女性の立場から見つめ、判決内容を詳細にドラマ内で取り上げるなど、激動の時代を女性たちの生き方と法律の切り口で描いたところに、意義があったように思いますね。

「雨だれ石を穿つ」問題

柏木: 様々な壁を打ち破ってきた寅子が後輩に対して「私たちが次にするべきは道の開拓ではなく、舗装です。この道をいかに通りやすく、平坦で快適なものにするかだと思うんです」、という言葉も印象的でした。寅子の恩師であり、法曹界の重鎮でもあった穂高先生(小林薫)との関係が長きにわたり描かれ、彼は「雨だれ石を穿(うが)つ」と寅子に伝えます。時代を切り開く先駆者たちの苦労や努力が、長い年月をかけて報われるという故事成語ですが、寅子はこれに強く反発しましたね。

塚田: 物語の名場面は山ほどありますが、「穂高先生問題」はぜひピックアップしたいです。妊娠した寅子が過労で倒れた時、穂高は、「結婚した以上、第一の務めは子を産み、よき母になること」と彼女に言い、「雨だれ石を穿つ」といいます。寅子は、「私は石を砕けない雨だれでしかない。無念のまま消えていくしかない。そうお考えですか?」と彼に問うていました。その後、穂高は自身の最高裁判事としての退任記念祝賀会で、「自分は役目を果たさず、大岩に落ちた“雨だれの一滴”に過ぎなかった」と、謙虚な気持ちで振り返るんです。寅子は、これに対して怒りをあわらにして用意した花束を渡しませんでした。

寅子たちが女子部で学んでいた頃にもこの言葉はたびたび登場しましたが、その時の穂高は、もっとポジティブな意味で使っていたはずなんです。「いったん新入生の募集は停止するけれども、女性が法曹界で活躍できる未来がいつかあるはずだから、夢を持ってみんなで頑張っていこう」というように。

「雨だれ石を穿つ」は、社会を変えるムーブメントを表す言葉のように思います。次の世代にバトンをつないでいく使命は、確かに尊いかもしれないけれど、その人の人生として考えれば、みずから望まず、選ばずに「雨だれの一滴」として人生を終えるのは、あまりにもしんどい。寅子が、穂高の功績を認めつつ、彼の発言を許さなかったのは、一人ひとりが、「いつか」でなく、いまできる限りのことをし、この瞬間を大切に生きること。それが、周囲の人を動かし、時代を変えていくことにつながるという力強いメッセージにも感じられました。

柏木: ドラマの最終盤には、かつて穂高が異を唱えた尊属殺人の重罰規定について、長い時を経て、最高裁長官になった桂場(松山ケンイチ)が違憲判決を下し、ようやく歴史が変わるシーンもありました。寅子も女性初の家庭裁判所長となり、「雨だれの一滴」では終わらず、石に穴をあけたわけです。

朝日新聞telling,(テリング)

塚田: 穂高先生が妊娠した寅子へ「雨だれ石を穿つ」を言ったことは、もし私が寅子と同じ立場だったら、狂っちゃうかもしれないです。私は今もっと頑張りたい、今なんとかしたいんだって。寅子は仕事を辞めた先輩女性たちの分も一人で周囲の期待や役割を背負っていたし、自分がダメになったら、後輩女性の道が閉ざされるのではないかと苦しんでもいました。もちろんおなかの子供のことも心配ではある。そこにあの言葉です……。

私がそんな思いを年上の男性に話したら、「でも、ああいう一言ってすごく大事なんだよ。身重の女性をおもんぱかる上司がいないと、女性は無理をしすぎてしまう」と言われました。あの言葉が頑張ってきた彼女の心をどんなに砕くか想像できる人と、優しい気遣いだと捉える人に分かれる気がします。

“当たり前”のことに突きつけた「はて?」

柏木: ドラマは26週続きましたが、どの週にも、女性にまつわるいろいろなことわざのタイトルが付けられていました。古き悪しき偏見や思い込みに基づくものが多いなとあらためて思います。性別や違いを超えて互いに理解し合い、多様性や個人の自由が尊重される社会へ変化していくことへの希望を込めて、最後に『虎に翼』を通じて感じたみなさんからのメッセージをお願いします。

北村: 寅子は、人生の色々な場面で時に間違えていたし、ほめられるような母親ではなかったかもしれませんが、自分の至らない点を認め、受け入れながら進んでいました。彼女のように、「やり直し」をすること。それはこれからの社会を変えるキーワードになるように思います。

今は、インターネットやSNSで個人が意見を発信しやすいこともあるからか、世間が人の失敗を許さず、ひとたび間違えることがあればたたかれ、ずっとその後も良くないイメージを持たれがち。私は、そういった他者の目に圧を感じ、モヤモヤしていましたが、寅子のスコンと突き抜けるような明るさにたくさん救われました。このドラマを見ていなかった方も、第1回からぜひ視聴してほしいです。

清: 例の週タイトルには、末尾に必ず「?」が付いていました。これは、寅子の「はて?」にちなんだものだったのかな。当たり前だとされていることに疑問を持つことが、社会をより良くする第一歩になる、という意味が込められているように感じました。もちろん、相手に対してだけでなく、自問することも含んでいるように思います。

女子部時代、寅子が「考えが違おうが共に学び、共に戦うの」と言ったセリフがありましたが、それは、この作品全編を通して伝えたかったメッセージではないでしょうか。対立ではなく、分かり合おうとすること。自分と違う部分があっても寄り添う気持ちを持つこと。さらに、女性同士だけでなく、男性も含めて苦しみを理解すること。それをこの物語で描いていたのがすばらしかったです。

朝日新聞telling,(テリング)

塚田: リアルに女性を取り巻く社会的なトピックを盛り込んだ作品は、これまでも多くありましたが、『虎に翼』の真髄は、それを画一的な社会問題としてではなく、本当に多様な一人ひとりの人生として描いているところにあったと思います。

寅子の歩みを振り返れば、女性弁護士としての活動を始めた頃、なかなか仕事の依頼が来ない状況でした。彼女は、その理由を自分が「未婚」だからと思い、社会的な信頼度や地位を上げる“手段”として、あんなに心躍らなかった見合い結婚を望みます。その相手に立候補し、夫となった優三は、「独り身への風当たりの強さは、男女ともに同じ」と言っていました。

女性だからこそ起きると思われがちな社会問題の中には、実は男性も抱えているものもあり、このドラマは、「女性」だから「男性」だからではなく、一人ひとりが人として向き合うべき課題をいろいろと教えてくれました。それは、すべての人に与えられた、人生をよりよく生きるための平等な権利に通じるのだ、とあらためて感じました。

柏木: 寅子と、彼女と関わった人々の生き方、直面した様々な壁について、telling,読者もそれぞれ自分を重ねて思いを深めた半年間だったと思います。「スンッ」としたままにせず、時に「はて?」と声を挙げる勇気を持ちたい、そんなことを感じました。みなさん、本日はありがとうございました。

■小島泰代のプロフィール
神奈川県出身。早稲田大学商学部卒業。新聞社のウェブを中心に編集、ライター、デザイン、ディレクションを経験。学生時代にマーケティングを学び、小学校の教員免許と保育士の資格を持つ。音楽ライブ、銭湯、サードプレイスに興味がある、悩み多き行動派。

■yamashita sayakoのプロフィール
好きなドラマや映画のグッとくるシーンなどなど、日々徒然自由気ままにイラスト描いています。 小林孝延氏著書「妻が余命宣告されたとき、僕は保護犬を飼うことにした」の表紙イラストを担当。

■柏木友紀のプロフィール
telling,編集長。朝日新聞社会部、文化部、AERAなどで記者として、教育や文化、メディア、ファッションなどを担当。教育媒体「朝日新聞EduA」の創刊編集長などを経て現職。TBS「news23」のゲストコメンテーターも務める。

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