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【井之脇海さん】「役と出会った時のトキメキ、新しい人生観に触れた喜びを持ち続けていたい」

  • 2024.10.9

真夜中の図書館で目を覚ました瞬介は、なぜか外に出られない。旧友の演劇仲間・行人、貴織らも同じように出られず、そこに居合わせた男女5人で芝居の稽古を始める。それは行人が作・演出するはずだった『ピアニストを待ちながら』だった--。世界的建築家・隈研吾による「村上春樹ライブラリー」で全編ロケを敢行。独自の世界観を描き続ける七里圭監督による映画『ピアニストを待ちながら』で、井之脇 海さんが主演を務めています。映画のこと、演技のこと、これからの役者像について聞きました。

この不条理さは、現代における大切なテーマ

知的だったりトボけていたり、どんな役にもさりげなく奥行きを与えて作品全体を底上げするように演じる俳優の井之脇 海さん。最新作の映画『ピアニストを待ちながら』では、真夜中の図書館から出られなくなる瞬介を演じています。12歳で出演した『トウキョウソナタ』、長編映画初主演作『ミュジコフィリア』に続き、ピアノを弾く役柄です。
 
「僕の役者人生はピアノに縁があるな、と(笑)。台本を一度読んだあと、すぐ2度、3度と読んだのを覚えています。難解ではありましたが、読めば読むほどその不条理さは現代における大切なテーマだなと。SNSなどの外的な繋がりを絶たれ、目の前の人と向き合い、理不尽な環境のなかでもがき、その繋がりを模索する。そのさまをぜひ体現してみたいと思いました」
 
その役が背負う背景は何もわからない。なぜ図書館に? 外に出られない理由は? 本人にとっても謎ばかりの瞬介という役をどう身にまとったのでしょうか。
 
「台本を何回も読み、迷い込む感覚で撮影に挑めたらと。感情の整理などはつけすぎないほうがいいのではないかと思いました。時間をかけて皆でリハーサルをして。撮影も時間を贅沢に使い、トライ・アンド・エラーを繰り返して丁寧につくっていきました」
 
映画の舞台は、早稲田大学構内にある村上春樹ライブラリー。約2週間かけ、ここで撮影を行ったそう。
 
「撮影現場は特殊な空間でした。昼夜逆転のなか閉じ込められ、精神的にも厳しくて。どんな現場でもわりと楽しくいられる人間ですが、ああいつ出られるのだろう……みたいな(笑)。でも撮影で建物の存在感や空間の切り取り方を見て、‟ここに影が映ると、得体の知れない恐怖みたいなものが表現できるのか”……などと芝居に活かせたものは多かったです。パワーをもらいました。静かな空間で、モノをひとつ落としただけで建物じゅうに響き渡り、自分の発した声が建物全体に聞かれているような感覚もある。ちょっと不思議な、村上春樹さんの小説のような奇妙さもありましたね」
 
映画はタイトルからもわかるように、ベケットの『ゴドーを待ちながら』をイメージさせる不条理劇。そのなかに村上春樹的な要素も感じ取ることができます。
 
「村上さんの小説は、学生時代に何冊か読んでいました。より好きになった明確なポイントは、出演した短編映画『カレーライス Curry and Rice』に『ダンス・ダンス・ダンス』の登場人物・五反田くんが出てきて、読んでみたことです。論理的で理屈っぽくて内省的。村上さんの小説を読むと、世の中の男子の誰もが感じるであろう、‟この主人公は僕じゃないか現象”が起きるんです(笑)。また自分は役者だからか、演じる目線で物語を読んでしまうところもあります。セリフのカギかっこは、頭のなかでは演じています。それは村上作品に限らずですけど」
 
また、SNSを通した会話の奇妙さ、多くの人が抱くそれへの違和感も巧妙に織り込まれている。
 
「撮影は、世の中の人が寝ている時間帯に行われ、スマホもほぼ持ち込みませんでした。リアルな会話しかない日々は、SNSが得意ではない僕にはどこか嬉しかったです。目の前にいる人と肌感覚というか、質感みたいなものを感じながら会話できるってやっぱりいい。美しく、素晴らしいことだよなと」
 
主役だから当然ですが、瞬介がどう在るか?で、映画の印象は大きく変わります。スクリーンのなかの井之脇さんは、不思議なほど揺るぎなくそこにいます。説明できないことが起きている、あの世界で。
 
「映画は瞬介の目線で進みます。彼が混乱すればそれを観る方も混乱し、映画として成立しなくなる。そこで、どうしよう!?とアップアップするのではなく、なんだこれは?とじっくり考えるようにしようと。それが後半にいくにつれて混乱が強くなる。その色合いはリハーサルを重ねて考えました」

ピアノは、イメージした音を鳴らしやすい

作中にこんなシーンがあります。井之脇さん演じる瞬介がピアノを弾き、その旋律にのせて友人の貴織と行人が奇妙な動きで踊る。即興のような、つくり込まれたダンスのような動き。
 
「この劇中劇をつくるうえで、(行人を演じる)大友一生くんらはリハーサルを重ねていました。ヨーロッパのとある劇団による身体表現へのオマージュとのことです。僕はのちの現場リハーサルで初めて目にしました。ピアノも初日から上手く弾けるわけではなかったので撮影に向けて合わせていって。最終的には生音を使ってもらいました」
 
自宅に電子ピアノがあり、弾くことがリフレッシュになるという井之脇さん。
 
「ピアノは幼い頃からやっているせいか、頭のなかで感じたものをちゃんと音にできる、僕にとって唯一の楽器でもあります。それでも撮影中は緊張で思い通りにいかなかったりしますが、ふだん家で弾く時はそれも楽しいです。自宅キッチンの向かいにピアノを置いていて、煮込み料理なんかをつくりながら弾いたりします。タイマーをかけ、時間になったら鍋の様子を見て、また弾く。広い家じゃないので、なんなら椅子をくるっと回して、キッチンでお酒を飲みながら、料理しながら弾いたりします。コロナ禍を機に料理が好きになったんです」

仕事と趣味とをつなげて、シームレスに

まだ20代ながら思慮深く、大人としての成熟ささえ感じさせる井之脇さん。役との向き合い方、それをまっとうする道筋も確立されているように見えますが……。
 
「そんなことはありません。作品の本数は重ねていますし、自分なりのノウハウはあるので、多くの選択肢から選べるようになったかもしれませんが、さらに新しいものを求めて毎回苦しみます。要領よく、瞬発力でいけるタイプではなくて。深さや濃さを出すには、準備には時間が必要です」
 
テレビドラマも映画も舞台でも、素通りできない演技が印象的で、深みや精度が作品ごとに深まっている印象の井之脇さん。この先どんな俳優を目指しているのでしょう。
 
「コロコロと上手に表情を変えられるのも素晴らしいですが、ひとつの役と出会った時、その皮ではなく内面が動くこと。トキメキみたいなもの、新しい人生観に触れた喜びをいつまでも持ち続けていたいです。今年29歳になりますが、20代はがむしゃらに働きました。30代からは趣味の登山ももっと楽しみたいです。山でなくても、歩くことで考えが深まったり新しい考えが浮かんだり、何よりリフレッシュできます。体は疲れても、心は癒やされる。それでゆくゆくは趣味と仕事の境目がなくなってもいいかもしれません。たとえば山の映画を企画したり撮影したり、出演した作品を、自然のなか屋外上映するのも楽しそうです。そうして仕事と趣味がつながってシームレスになれば、仕事ももっと楽しんでいける気がするんですよね」

PROFILE:井之脇 海(いのわき・かい)
1995年生まれ、神奈川県出身。07年、映画『夕凪の街 桜の国』で映画デビュー。 翌年、12歳で、カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞受賞作『トウキョウソナタ』に出演し、第82回キネマ旬報ベスト・テン新人男優賞ほか受賞。最近の主な出演作は『義母と娘のブルース』シリーズ、『ペンディングトレイン-8時23分、明日 君と』『9ボーダー』『ブラック・ジャック』等のドラマ、『ONODA 一万夜を越えて』『バジーノイズ』等の映画。18年には映画『3Words 言葉のいらない愛』で監督・脚本・主演を務め、第68回カンヌ国際映画祭ショートフィルムコーナー部門に入選。25年放送NHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』への出演も控える。

映画『ピアニストを待ちながら』

監督・ 脚本:七里 圭
出演:井之脇 海、木竜麻生、大友一生、澁谷麻美、斉藤陽一郎
配給:インディペンデントフィルム
10月12日(土)より、シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

©合同会社インディペンデントイルム/早稲田大学国際文学館

撮影/本多晃子 スタイリング/坂上真一(白山事務所) ヘアメイク/AMANO 取材・文/浅見祥子

この記事を書いた人

大人のおしゃれ手帖編集部

大人のおしゃれ手帖編集部

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