1. トップ
  2. 恋愛
  3. 【telling,『虎に翼』を語る会】〈前編〉寅子の悩みと選択、切り開いた道。「私」に重ねて考えた

【telling,『虎に翼』を語る会】〈前編〉寅子の悩みと選択、切り開いた道。「私」に重ねて考えた

  • 2024.10.9

男女の不平等や世の中の不合理に「はて?」と問いかけ、葛藤しながら道を切り開く――。9月に完結したNHK連続テレビ小説『虎に翼』は、女性で初めて弁護士、裁判官、裁判所長になった三淵嘉子さんをモデルにした物語。伊藤沙莉さん演じる主人公・寅子をはじめとする登場人物の生き方や、吉田恵里香さんによる脚本が大きな話題を呼びました。telling,編集部では、ドラマを通じて描かれた女性の人生と、現代にも通じる社会課題について考えようと、telling,の女性ライター3人と「語る会」を開きました。前半は印象的な場面や登場人物から、女性の人生の選択や悩みについて、みずからに重ねて語り合いました。

【座談会参加者】


様々なドラマのレビューなどを担当

連載「わたしたちの大人婚物語」などを担当

30代女性の思いをインタビューで深掘り
・コーディネーター:

間違えながらもしなやかに戦うヒロイン

柏木友紀telling,編集長: 『虎に翼』で描かれた寅子の生き方や出来事は、telling,が日頃から読者のみなさんと考えている女性をとりまく様々な課題や思いとシンクロする部分が多くありました。本日は、telling,でインタビューやコラム、ドラマレビューなどを執筆いただいているライターのみなさんにお集まりいただきました。

半年間、『虎に翼』を熱心に見てきて、涙する部分、共感する部分、ひとこと言いたいと思う部分がたくさんあったようですね。まずは、この作品にひかれたポイントや、主人公の魅力について教えてください。

塚田智恵美・ライター: 毎朝、テレビの前に正座して見ていました(笑)。私をここまで夢中にさせたのは、寅子のキャラクターです。番組のポスターからは、とても強い主人公を想像しましたが、いざ放送が始まると、彼女が今までのドラマによくありがちな「戦う女」とは少し違って、柔らかさとしなやかさを持っているように見えました。だからこそ、周りとうまく協働しながら旧来のものを変えていけたし、対立軸だけでないアプローチができたのでは。これまでの朝ドラの主人公では描かれなかった女性像でしたね。

清繭子・ライター: “朝ドラウォッチャー”の一人としては、まずナレーションが尾野真千子さんと聞いて「絶対当たりだ」と(笑)。彼女が主演した『カーネーション』が、自分にとってこれまでベストワンの朝ドラだったからです。朝ドラって「応援したくなる主人公」が多いですよね。寅子もそうなのですが、時に自分の誤りに気付き、軌道修正していく姿が新鮮でした。寅子はたぶん、これまでの主人公の中で一番「ごめんなさい」と言っていたのではないでしょうか。大学女子部の同級生・よね(土居志央梨)にも、娘の優未(川床明日香ほか)にも、よく謝っていました。「間違える主人公」から学ぶことって、たくさんある気がします。

北村有・ライター: 第1回から、寅子をはじめ、登場人物の女性たちに感情移入しながら、ずっとリアルタイムで視聴していました。これまで見た朝ドラの中でも1位を争うくらい大好きです。まず他の作品と違うと思ったのは、主人公の幼少期が描かれていなかったこと。私としては最終回まで完走できるかは、子役の時代を乗り切れるかどうかで決まります。今回は最初から伊藤沙莉さん本人が演じる寅子が本題へ。こうした展開の早さも好きなポイントでした。

朝日新聞telling,(テリング)

妻として、母として、働く女性として

柏木: 寅子は、大学女子部へ進学して法曹界に入り、結婚・出産を経て妻や母になって一度は退職します。その後、夫を戦争でなくし、復職して女性裁判官としてキャリアを積み、管理職の立場にもなりました。さらに再婚も。それぞれのライフステージで壁にぶつかり、悩み、どの役割でも高度なパフォーマンスを求められる厳しさも描かれていました。彼女や周囲の女性たちが歩んだ生き方の中で、注目したフェーズ、印象的だった場面はどこでしたか。

清: 第1週で、寅子が結婚の話に全く胸が躍らず、女子部に進学したのとは対照的に、親友の花江(森田望智)は、寅子の兄・直道(上川周作)が本当に大好きで、だからこそ、したたかに、自分の作戦通りに結婚し、専業主婦の道を選ぶ様子が描かれました。

世間では、既婚か未婚かで女性が二つに分断され、あたかも対立しているかのように言われるじゃないですか。既婚者が未婚の人を見下したり、その逆もあったりというように。でも、視聴者としては寅子と花江、両方の生き方をその後もずっと同時に見続けることで、「本当はそうじゃないよ」と伝えてくれたように思いました。そして「結婚する、しない」をただ描くのではなく、女性が自分の意思で自由に生き方を選べない社会の不自由さに怒りを向けていたと感じました。

塚田: 寅子が女性裁判官としての地位を築く一方で、花江たち家族や娘・優未との関係に歪みが出てくる展開もありましたね。寅子が、古き悪しき家父長制のお父ちゃんみたいになってしまい、家族を「スンッ」(=物を言えない状況)とさせてしまう。そこから対話が始まって、寅子は反省していきます。あの頃の寅子と花江は、夫婦喧嘩をしているような関係でしたが、私には、働く女と家庭を支える女の象徴的な対立を描いているように見えました。働くことで社会的立場を得たことにより、家庭を守る人への感謝や尊敬がなくなると、いらぬ戦いが生まれるのは、まさに今に通じるものですよね。

私自身の経験で言えば、30代手前で会社員からフリーランスになり、勢いよく仕事をしていたので、当時は結婚も子どもを持つことも、全く考えていませんでした。その頃に結婚し出産した友人からは、「そんなに仕事ばかりしていたら、本当の幸せを逃しちゃうよ」と言われて、傷ついたりして。でも、よくよく考えれば、自分が、先に彼女を傷つけていたんです。思い出すのは、「子どもが色の名前を覚えられるようになった」という、彼女のうれしさや喜びを食うかのように、無自覚に、手がけた仕事の楽しさや成功を語り、だから自分はハッピーなんだともとれる話をしていました。支え合えるはずの関係が、相手へのリスペクトを欠いた途端、あたかも互いの存在を否定するかのように、刃を向けてしまう。寅子の心境がまるで自分のことのように思えました。

朝日新聞telling,(テリング)

柏木: 寅子と花江たち家族との問題は、多々考えさせられましたね。私自身も働く母として身につまされたのは、寅子が仕事に明け暮れるなか、優未は優等生のふりをしようと、テストの答案の点数をこっそり書き直していた場面……。大人になってからも母子関係に難しさがありました。

北村: 私は、優未の気持ちを想像しながら見ることがとても多かったです。彼女は、大学院の博士課程で寄生虫の研究をしていましたが、卒業後のキャリアを考えて行き詰まり、「研究をすっぱり諦める」と寅子とその再婚相手の航一(岡田将生)に告げたシーンがありました。二人の意見は割れたものの、私にはどちらも、親が子どもの立場を尊重していると感じました。

航一は、優未が研究者の道を諦めることに納得できず、「この年齢で何者でもない彼女に、社会は優しくない」と言います。対して、寅子は、「私は、努力した末に何も手に入らなかったとしても、立派に生きている人たちを知っています」と言い、優未が自分で選んだ道を進むことを願い、彼女にエールを送っていました。

自分自身、会社員だった時もあれば、フリーとなってこの先どういう方向性で生きていくか、数年間フラフラと迷った時期もありました。そんな時に、もし一番近い存在の親から、航一や寅子のような言葉をかけてもらえていたら、社会に対して何も生み出せてないという罪悪感が薄れ、もう少し自信を持って自分の人生に向き合えていたかもしれません。

何歳からでも挑戦は出来る

柏木: 寅子が出会う周囲の人物も、魅力的に描かれていましたね。彼・彼女らを通して、社会の不条理さや多様性が尊重されない“生きにくさ”が表現されていました。

清: 弁護士の夫と3人の息子がいる梅子(平岩紙)の生き方が、自分に重なりました。私は、小説家を目指すために、39 歳で会社員を辞めてフリーランスのライターになりました。梅子が法律家を志して大学女子部に入ったのも、おそらく30代半ばを過ぎてから。ドラマの関連書籍を読んだところ、モデルになった明治大学の女子部では、昭和初期の開校当時に入学した約90人のうち、30%が30歳以上だったと知りました。あの時代に30 代で挑戦した人がこんなにも多くいたなんて、とても心強かったです。

梅子は、夫の死後、彼の愛人も絡んだ相続問題の末、息子たちを捨てて一人で生きることを決心します。今の時代でも、母親が子どもを養護し、家族から抜け出してはいけないという “母性神話”のようなものがあって、もし脱出しようものなら激しく非難されるかもしれないのに、梅子は、「ごきげんよう!」と言い残して去って行った。その健やかさに、本当にしびれちゃって。私は彼女にいつも泣かされていました。

朝日新聞telling,(テリング)

塚田: 梅子は、夫との離婚を視野に入れ、子どもの親権を得る糸口を見つけようと、大学で法を学んでいました。そうした家庭環境の苦しみを味わっている彼女が、同級生だった花岡(岩田剛典)の悩みに優しく寄り添う場面もありましたね。花岡は、女性をわざと卑下したり、ハイレベルの帝大生がねたましく、かつ恐れたりするような自分が嫌いで、「どれも本当の俺じゃない」と言っていました。

北村: 華族出身の涼子(桜井ユキ)も印象的でした。なんと言っても、言葉遣いが美しい。女子部時代、よねに対して「お気立てに難がおありでしょ」と言ったフレーズにはひかれました。お嬢様である涼子と女中である玉(羽瀬川なぎ)との関係性が、戦後は新潟で喫茶店を2人一緒に営むようになり、車いす生活の玉を支えつつも対等なシスターフッドのような絆を結んでいったのも素敵でした。

涼子は物語の終盤、司法試験を受けて合格しましたが、司法修習を受けず、法曹界を目指す若者たちを教える場を作りたいと話していました。時代や家庭環境のせいで弁護士に「なれなかった」のではなく、なるもならないも、その選択肢は、彼女自身の手の中にある。そうした多様な生き方を見せた人物でもありました。

清: 涼子が司法試験を受ける直前、寅子ら元女子部のメンバーが集まって勉強会を開いた場面はよかった! さまざまな苦難をいろんな形で乗り越えたみんなが長い年月を経て集まり、もう一度学び合うことに胸が熱くなりました。何歳からでも新しい自分になれるよというメッセージが込められた、私にとってはベストシーンだったかもしれないです。

男性陣も寅子の生き方に「すっきり」?

柏木: 彼女たちの生き方とみなさんに挙げていただいた場面の一つひとつが、心に染みますね。ドラマ内では寅子を巡る男性陣も、温かくも個性豊かに描かれていました。

清: 寅子の最初の夫・優三(仲野太賀)が、出征する時に、「トラちゃんができるのはトラちゃんの好きに生きることです。頑張んなくてもいい。トラちゃんが後悔せず、心から人生をやりきってくれること。それが僕の望みです」と言う場面は、誰もが涙したのではないでしょうか。私には、「頑張らなくていい」という彼の言葉がすごくありがたかった。優三自身、弁護士になる道は諦めているし、娘の優未も、寄生虫の研究者になる道を自分の意思で辞めています。

これは、私たちにとって身近な、メンタルヘルスの問題にもつながるように思います。若い世代には勤勉な人が多いと思うし、自分の限界を超えて頑張りすぎる人も増えている。でも、「頑張らなくていいことはすごく勇気がいるけれど、尊い」と、優三が最先端とも言えるメッセージを伝えてくれました。

朝日新聞telling,(テリング)

塚田: 私、ちょろんって髪が立っている“発芽玄米”こと、同僚の小橋(名村辰)の言葉に、不意打ちでグッときちゃいました。彼は、学生時代、寅子たち女性を差別していましたが、家庭裁判所の設立に寅子と携わるようになり、のちに、中学生の勉強会で、「女は働かなくてもいい、その方が得だ」と言った男子学生に対して、熱く言って聞かせる場面があったんです。優等生でも不良でもない中途半端な男たちは、先生に構われることもなく、いないも同然にされている、そして、女性の社会進出によって、“できる女”とも比べられる、そこに腹が立つ思いも分かると。さらに、今風に解釈すれば、「女性はもう決して敵ではないし、怒りの矛先を女性に向けるのってダサくない?」ということを、彼なりの言葉で伝えていて、驚きました。

私は以前、身近な男性が「高学歴な女ってかわいくない」と言うのを聞いて「いやな人!」と思ったことがありました。でも、ひょっとしたらその人も、小橋のように複雑な思いや劣等感を隠していたのかもしれない。勝手に「敵役」と決め付けた自分の考えの浅さに気付かされましたし、心の痛みに寄り添う小橋にジーンときました。それに、ドラマ好きのコミュニティの中で感想をやり取りしていると、男性にもすごくハマっている人がいるのが分かりました。

彼らは「見ていてすっきりする」と言っていたんですよね。「寅子の強さにひかれる」と話す人もいました。ひょっとしたら、彼女が「はて?」と疑っている出来事を通じて、それまで漠然としていた女性の課題が明確になり「そういうことだったか」と腑に落ちた人もいたのではないでしょうか。もしかしたら、彼らにとっては、それまで、女性たちが何に悩んだり怒ったりしているのかが分からなかったことが、この物語を通じて言語化されたのかも。

柏木: 男女間の受け止め方の違いは、このドラマと社会の関わりを考える上で、一つのカギになるかもしれませんね。引き続き後半では、物語が描いた時代背景と社会課題、現代に通じるメッセージなどについて考えていきたいと思います。
(後編につづく)

■小島泰代のプロフィール
神奈川県出身。早稲田大学商学部卒業。新聞社のウェブを中心に編集、ライター、デザイン、ディレクションを経験。学生時代にマーケティングを学び、小学校の教員免許と保育士の資格を持つ。音楽ライブ、銭湯、サードプレイスに興味がある、悩み多き行動派。

■yamashita sayakoのプロフィール
好きなドラマや映画のグッとくるシーンなどなど、日々徒然自由気ままにイラスト描いています。 小林孝延氏著書「妻が余命宣告されたとき、僕は保護犬を飼うことにした」の表紙イラストを担当。

■柏木友紀のプロフィール
telling,編集長。朝日新聞社会部、文化部、AERAなどで記者として、教育や文化、メディア、ファッションなどを担当。教育媒体「朝日新聞EduA」の創刊編集長などを経て現職。TBS「news23」のゲストコメンテーターも務める。

元記事で読む
の記事をもっとみる