1. トップ
  2. 恋愛
  3. 不快感で足を毟り続けた夜。ダサい平和主義で気持ちを誤魔化した結果

不快感で足を毟り続けた夜。ダサい平和主義で気持ちを誤魔化した結果

  • 2024.10.6

「俺、お前とのこれからのこと、ちゃんと考えてるから」。

これはコロナ禍に、当時の彼氏から送られてきたLINEだ。

付き合ったのは私が22歳、彼が25歳の時だった。4年弱付き合って、ほとんどデートもせず、連絡が来ても3日以上既読無視するのが当たり前で、たまに気が向いた時にスタンプを送るだけの関係になっていた。3年目くらいまでは好きだった。とっくに好きではなくなっていた。そんな男からの深夜の連絡に、私は全身の毛穴が開いていてもたってもいられなくなり、頭を掻き毟ってベッドに倒れ込んだ。「近いうちに会って話そう」、それだけ返すので精一杯だった。男はおそらくこの言葉を肯定的に捉え、満足したのか、気に入って使っている動物のスタンプを返してきた。犬とも熊とも分からない物体が照れた顔をして笑っていた。

◎ ◎

午前1時、自転車に飛び乗るわけにもいかず、カラオケボックスに飛び込むわけにもいかず、泣きたいくらいの吐き気を必死に押さえ込みながら小さく唸り続けた。そこからたっぷり数時間かけて、スマホに保存した941枚のデートの写真をゴミ箱に移動し、全て消去した。極度のストレスを感じた時、強迫性皮膚摘み取り症の私は足の皮を毟り取って血だらけにしてしまう。窓から差し込む朝日に照らされた私の右足はガビガビになった血で黒く染まっていた。

自分でも何がなんだか分からないくらいに切羽詰まっていた。以前勤めていた職場で、店長を庇ったせいでアルバイト全員から口をきいてもらえなくなった時ぶりの不快感だった。どうしようもなくなって、足だけでは飽き足らず全身掻き毟ってやりたい衝動に駆られた。畜生。畜生。

◎ ◎

25歳だった私は、結婚にも出産にも1ミリも興味がなく、組み込んで人生設計していないので受け止めることもできなかった。そのことをどうしてもっと、お互いに若いうちに男に伝えておかなかったんだろう。それなりにその気にさせてしまって、本当に申し訳ない。そう思いながらも、もしも提案するなら3年くらい前から相談しておくべきだろ、ふたりの人生をひとりで勝手に決めるな、と猛烈に腹が立った。

思い返せば付き合った当初、まだ私が22歳だった頃、彼と1度だけ将来の話をしたことがあった。男に大層惚れ込んでいた私は、元来出産願望はないけれど、「この人とならいつか結婚してもいい」とうっすら思っていた。互いの意思をすり合わせたいと常々思っていて、ある時意を決して、居酒屋で「将来ぶっちゃけ結婚したい?」と尋ねてみた。

「したい。そのためにタバコやめてもらったんだし」
「え?私がタバコやめるのと結婚になんの関係があるの?」
「だって子供産むじゃん」

瞬間、この男は自分の中の当たり前を人に押し付けるタイプなんだと、私は静かに傷ついて、それでもいいカッコがしたかったので適当に流してビールのジョッキを持たせた。

◎ ◎

そういうダサい平和主義でコミュニケーションをサボり続けた結果、数年後の私が今、痺れた頭で血だらけの足を眺めながら朝日に照らされて憔悴している。タバコはやめたけど、それ肌汚くなってそろそろ辞めようと思ったのとアンタに言われたタイミングが重なっただけだから。もちろんそんなことを言えるはずもなく、程なくして男とは別れた。

あの夜のことを、29歳になった今もごくたまに思い出す。私はあの頃と地続きのままで、誰かに何かを決められることも、勝手にカテゴライズされることも許せない。それぞれが納得する形で結びつけないのならば、結ばれる意味なんてないと本気で思っている。生まれる時代や地域が違えばきっと私は侮蔑の対象だっただろうけれど、それもまた不要なカテゴライズ。私は私のまま、あの夜感じた不快を癒さず、同じ夜を迎えないように生きていく。

■小野寺美咲のプロフィール
95年生まれ横浜在住のフリーライター。ピースフル&ウェッティがモットー。小説を書きます。ここにエッセイを掲載しています。→note.com/saruma

元記事で読む
の記事をもっとみる