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10月25日公開! 驚異のスペクタクルと奇跡の実話が交錯する感動超大作映画『八犬伝』。その見どころを文芸評論家が解説

  • 2024.10.4

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2024年11月号からの転載です。

28年もの歳月を費やし、江戸時代の作家・滝沢馬琴が書き上げた『南総里見八犬伝』。この伝奇小説を横糸に、馬琴の実人生を縦糸にして織り上げた極上のエンターテインメント映画『八犬伝』が10月25日公開! その見どころを、文芸評論家の榎本正樹さんによる論考とともにひもといていこう。

取材・文:野本由起

不思議な力を宿した“珠”に導かれ、邂逅を果たした八犬士たち。里見家の呪いを解くため、彼らの戦いが始まる──。

『南総里見八犬伝』と言えば、江戸時代の戯作者・滝沢馬琴による伝奇大作。2023年放送の連続テレビ小説『らんまん』に明治を生きるヒロインの愛読書として登場したのも記憶に新しい。

この物語に着目したのが、昭和の伝奇作家・山田風太郎。馬琴が綴った八犬士たちのけれん味あふれる冒険譚を“虚の世界”、28年もの歳月を費やし大作を完結させた馬琴の執念、浮世絵師・葛飾北斎との交流を“実の世界”とし、虚実が交錯する奇想天外な物語に仕立て上げている。

そして令和の時代を迎えた今、山田風太郎版『八犬伝』が、実写映画となって世に送り出される。八犬士たちが躍動する“虚”のパートは、VFX満載のアクションエンターテインメント。ひとりまたひとりと珠を持つ犬士たちが集い、里見家の危機に立ち向かう雄姿、一族の呪いを断ち切る勧善懲悪ストーリーに胸が熱くなる。

一方“実”のパートは、馬琴が盟友・葛飾北斎にこの物語の構想を聞かせるシーンから幕を開ける。堅物の馬琴は役所広司、軽妙洒脱な北斎は内野聖陽が演じると聞けば、もう面白さは約束されたようなもの。ふたりの掛け合いは、時にユーモアにあふれ、時に人生の核心を突くようでずしりと胸に響く。さらに、妻や息子、息子の嫁との家族関係や、失明してもなおすがるように文机に向かう気迫、悪がはびこる世の中だからこそ正義を貫く物語を描く、という強い思いが描かれ、悲喜こもごもの人間ドラマとしても見ごたえがある。

心は“虚”の世界に羽ばたかせながらも、俗世のしがらみから逃れられなかった馬琴の“実”の人生。八犬士の凄烈な生きざまと、創作にすべてを捧げた馬琴の生涯は、やがてひとつに溶け合っていく。合理性や効率性が求められる今、豊饒な物語世界、馬琴の愚直な人生は、多くの人々を魅了するはずだ。

現代エンタメに受け継がれる八犬伝の遺伝子

榎本正樹

滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』(以下『八犬伝』と略)の物語内容をひと言で説明すると、「里見家の創建者である義実の娘、伏姫に由来する珠を持つ義兄弟の八犬士が巡り合い、危機に瀕した里見家のために活躍する話」ということになる。馬琴の偉大さは、このログラインに則り、日本古典文学史上最大級の作品を28年の歳月をかけて完成させたことにある。

綿密にプロットを立て、魅力的なキャラクターを配置し、統御された物語を組み立てることで、自身が思い描く「世界観」そのものを提示した馬琴の創作姿勢は、現代の創作術にも繋がる先駆性を備えていた。

それゆえ、『八犬伝』の影響を受けた作品は膨大に存在する。小説、マンガ、アニメ、ゲーム、映画、演劇、ドラマ、絵画、音楽など、あらゆるジャンルに及ぶ。作り手は、壮大なデータベースたる『八犬伝』から、キャラクターやストーリーやアイテムなど自由にピックアップし、再配置し、新たな作品を創り出す。ここで、『八犬伝』を創作の起点に置いた作品のいくつかを見ていこう。

『八犬伝』の基本設定を活用したマンガとしてしばしば言及されるのが、鳥山明の『ドラゴンボール』と渡瀬悠宇の『ふしぎ遊戯』である。どんな願いも叶う7つの球を求めて旅立った孫悟空が、その途中で信頼すべき仲間と出会い、強敵と闘う『ドラゴンボール』。本の世界に入りこんだ少女が朱雀七星士を探す旅に出る『ふしぎ遊戯』。両作は『八犬伝』における、「特殊な能力を宿した珠」「聖痕を背負った人物」「仲間との出会い」などの要素を外装化した上で、独自のエンターテインメントに仕立てあげられている。

細田守監督のアニメーション『おおかみこどもの雨と雪』で、小学校に上がった雪の8人の同級生の名前が、八犬士の名前にちなんで付けられていることに注意を促したい。作中で呼称されるのは信乃だけで、他の7人の名前は字幕を見ないとわからないので、裏設定なのかもしれない。『おおかみこどもの雨と雪』が『八犬伝』同様に異類婚姻譚を扱っていること、次作の『バケモノの子』もまた異類交流譚である点に注目すると、細田監督作品において『八犬伝』からの影響は、想像以上に大きなものであることが指摘できる。

桜庭一樹の長編小説『伏 贋作・里見八犬伝』は、『八犬伝』の世界を換骨奪胎した挑戦作である。ここで正義の八犬士は、人を襲う恐怖の犬人間へと改変され、市中に紛れた伏たちを鉄砲を担いだ山出しの少女が狩るという、大江戸版ブレードランナーの物語として再構成される。さらに、滝沢馬琴の息子の滝沢冥土により『八犬伝』の真実を描く『贋作・里見八犬伝』が提示されるに到って、異物である伏こそが社会の闇を暴く存在であるとの視点がもたらされる。小説を介した『八犬伝』論として、評価されるべき作品である。

滝沢馬琴の物語の遺伝子は、今後も多くのクリエーターの琴線を揺さぶり続けていくに違いない。

参考文献:『新潮古典文学アルバム23 滝沢馬琴』(新潮社)、『読本事典—江戸の伝奇小説』(笠間書院)

映画『八犬伝』 2024年10月25日(金)より全国ロードショー 原作:『八犬伝』(上・下)山田風太郎(角川文庫刊) 監督・脚本:曽利文彦 配給:キノフィルムズ 出演:役所広司、内野聖陽、土屋太鳳、渡邊圭祐、鈴木 仁、板垣李光人、水上恒司、松岡広大、佳久 創、藤岡真威人、上杉柊平、河合優実、栗山千明、中村獅童、尾上右近、磯村勇斗、立川談春、黒木 華、寺島しのぶ

『八犬伝』(上・下)

山田風太郎 角川文庫 各968円(税込) 戯作者・滝沢馬琴は、浮世絵師であり友人の葛飾北斎に構想中の物語を聞かせていた。それは、宿縁に導かれた8人の犬士が悪や妖異と戦う『南総里見八犬伝』。波乱万丈の“虚の世界”と、馬琴の28年に及ぶ執筆の日々を描いた“実の世界”が交錯する傑作長編。

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