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「建築家は自然の驚異的な力と人間のはかない本質の間に立っている」──ミケーレ・デ・ルッキが語る建築の未来

  • 2024.10.4
Photo_ Giovanni Gaste
Photo: Giovanni Gaste

建築家でデザイナーのミケーレ・デ・ルッキが三宅一生と出会ったのは1982年。当時デ・ルッキはまだ30代前半で、伝説的なデザイン集団〈メンフィス〉のデザイナーとして活躍していた。「意気投合し、東京でよくお会いするようになりました。来日を知らせないと、なんで連絡しないのかと言われたものです」と、デ・ルッキは笑う。

2018年、三宅はデ・ルッキを21_21 DESIGN SIGHTに招き、いつかここで展示をしようと話した。それから6年経った今年、デ・ルッキは21_21 DESIGN SIGHTギャラリー3で個展「六本木六軒:ミケーレ・デ・ルッキの6つの家」を開催中だ。

六本木という名前にちなんでつくられた6つの家の彫刻は、半分が木材、半分がブロンズで作られている。どちらもデ・ルッキが「人類が文明を形成し、人間性を成長させてきた最も古くて高貴なマテリアル」として選んだ素材だ。アセチル化処理(木材を安定させ、耐水性、防腐等を高める酸化処理)を施したオーク材の台座のディテールもデザインした。

三宅は2022年に亡くなってしまったが(デ・ルッキはイタリア版『VOGUE』に追悼文も寄稿している)、二人がよく話したという「人と自然」というテーマは展示の根幹にあるそう。

サステナビリティには何千、何百もの在り方が存在する

"Loggia 385" walnut wood (2015) Photo: Michele De Lucchi

──今回並んでいる6つの彫刻は「ロッジア」と呼ばれるものだそうですね。

はい。ロッジアはイタリアの建築様式のひとつで屋根のある半屋外の開放的な構造物を指し、建築にとっては特に重要な部分だと私は思っています。ロッジアは暮らしと自然が交わる場所であり、人工と自然環境の間にある場所だからです。

人は自然にかなうことはなく、人は自然なしには何もできません。ほかの動物と比べていくら大きな脳を持っていたとしても、いくら言葉やシンボルを使って互いにコミュニケーションをとれたとしても、結局のところ自然のほうがはるかに強大な力をもっています。建築家はそんな自然の驚異的な力と人間のはかない本質の間に立っています。

──三宅さんとも、人と自然、そして未来についてよく語り合っていたと伺いました。

一生さんは持続可能な素材を積極的に採用していました。彼は自分たちの今の行動のすべてが、何年も先の未来に影響することをよく理解していたのです。

私も長年、サステナビリティについて考えてきました。サステナビリティの在り方は単一ではありません。例えば熱帯地域でのサステナビリティは、砂漠地域や大陸性気候、温帯気候でのサステナビリティとは大きく異なります。各地域で異なる気候とニーズがあり、そこに正しいバランスを作り出す方法も千差万別です。だからこそ、サステナビリティには何千、何百もの在り方が存在するのです。

その意味で、人類学は非常に重要と言えるでしょう。人類の起源、つまり私たちの祖先が各地域の材料や技術、道具を使い始めた時代に目を向ける。そうすることで、慣習がどう生まれたかを理解したり、ときにはネガティブな慣習に対抗する術を見つけたりするための手掛かりになります。

建築家として人間の“正しい暮らし方”をデザインする

"Loggia in bronzo 2", bronze, (2024) Photo: Michele De Lucchi

──人と自然の関係性を考えたとき、建築家の役割とは何だと思われますか。

建築家としてのキャリアを歩み始めたころ、ヨーロッパの建築界では「ラディカル・アーキテクチャ」と呼ばれる潮流がありました。この概念の根幹にあるのは、建築家は建物の形や機能、空間をデザインするだけでなく、人々の行動もデザインするのだという考え方です。これに倣えば、人々に正しい暮らし方(the correct way of living)をするよう促すことも建築家の役割だといえるでしょう。

──ちなみに、デ・ルッキさんが考える“正しい暮らし方”とはなんでしょう。

それがサステナビリティだと私は考えています。ただ、気候変動という意味でのサステナビリティだけではありません。人間関係のサステナビリティも大切です。戦争や政治的闘争、経済など、いまある問題の多くは人間関係に紐づいてるものだからです。

そして、もちろんジェンダーもそのひとつです。一方の極が男性で、もう一方の極が女性だと考えたら、両極のバランスがとれていなければ物事が機能しないのは当然です。

──ジェンダー間のアンバランスについて、何か強く考えることになるきっかけがあったのでしょうか。

とても個人的なお話なのですが、私は8人兄弟の長男なんです。母は9年間で男児を8人生み、私は男に囲まれた家庭で育ちました。私が生まれた50年代のイタリアは、女性は家で、男性は外で働くべきという考え方も強かった。それを変えてくれたのが、ドイツ人の妻との出会いでした。

父が戦時中にドイツ軍の捕虜になっていたこともあって、妻を紹介するのはとても怖かったのですが、父は歓迎してくれました。そんな妻との出会いで、男性中心の考え方も、イタリア的な考え方も大きく変わったんです。これは私のキャリアにとってとても重要なステップでした。

人々に行動を意識させ、心のなかに働きかける建築物

"Loggia 387" walnut wood (2015) Photo: Michele De Lucchi

──自然と人間のバランスについてもお聞かせください。建築家として、人間が求める快適さ・便利さへの欲求とサステナビリティのバランスについてどうお考えでしょうか。 例えば、家のなかを涼しくするためにクーラーをつけっぱなしにすると二酸化炭素が排出されるなど、いまの技術では両者が背反することもある気がするのです。

質問の意図はわかります、そのうえでこうお答えしましょう。私たちの感情も感覚も、すべては心が起点となっています。現実とは私たちの捉え方つまり心によって規定されているのです。現実は私たちの心のなかにあると言うこともでき、そうした現実は非常に簡単に操作できてしまいます。

例えば、目の前のブドウを指して「これはとても苦いブドウです」と言われると、たとえそのブドウが甘くても少し苦みを感じる。だからこそ人々に、自分が何を考えているのか、何をしているのか、どんな思考が心を動かしているのかを意識させることが重要になります。建築家は物理的な現実だけでなく、心のなかの現実にも働きかけなければなりません。

──というと?

建築物は人に自分の行動を意識させることができる環境です。美しく循環型でサステナブルな家を建てつつも、そのなかで大量消費の生活を送るなんて意味がありません。そこに住む人たちのメンタリティもまた持続可能性のあるものにしなくてはならないのです。

Photo_ Masaya Yoshimura
Photo: Masaya Yoshimura

──建築物のなかで暮らす人を教育するのも建築の役割だということでしょうか。

教育といってもいいですが、私はインスピレーションと呼んでいます。いまの教育は不思議なものです。情報はインターネット上にいくらでもあり、わからないことがあればAIに聞けばいい。そう考えると、知識の普及は問題ではありません。その知識をどう理解し、どう使うのかにあるのです。

──理解といえば、今回の展示のなかで「素材を理解するために彫刻を作る」とおっしゃっていましたよね。

ある種の瞑想のようなものです。彫刻の制作は、そこで何が起こっているのか、そして自分の手で素材・物質に何を伝えているのかを考えるための時間です。木材を扱うときは、板を切り、木材を接着し、組み合わせ、組み立てなければなりません。ブロンズを扱うときは、型にブロンズを流し込みます。それぞれの素材によって扱い方が異なる。そうした作業を通して素材を理解し、その素材を通じてどんなことを語り掛けられるのかを追求していくのです。

私にとって、世界は“空間”と“物体”でできています。デザイナーとして物体をデザインし、建築家として空間をデザインする。それらがどう共存し、どう反応し合い、どう人々の行動に影響を与えるのか。それが私の永遠のテーマです。

Michele De Lucchi and
Michele De Lucchi and "Loggia in bronzo 3", bronze, 2024 Photo: Masaya Yoshimura

Text: Asuka Kawanabe Editor: Nanami Kobayashi

「六本木六軒:ミケーレ・デ・ルッキの6つの家」

開催場所/21_21 DESIGN SIGHTギャラリー3 東京都港区赤坂9丁目7-6 東京ミッドタウン ミッドタウン・ガーデン

会期/2024年9月20日(金)〜10月14日(月・祝)

開館時間/10:00〜19:00

・休館日:火曜日

入場料/無料

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