1. トップ
  2. 恋愛
  3. 「賛否両論」の笠原将弘が家族と共に歩んできた料理人としての道のり。両親や妻の死に向き合って感じたこと

「賛否両論」の笠原将弘が家族と共に歩んできた料理人としての道のり。両親や妻の死に向き合って感じたこと

  • 2024.10.4
ダ・ヴィンチWeb
『賛否両論 -料理人と家族-』(笠原将弘/主婦の友社)

恵比寿にある日本料理の名店「賛否両論」が、今年の9月で20周年を迎えたという。店主の笠原将弘さんは、高校卒業後、日本料理店で9年間修業し、父の死を機に武蔵小山にある実家の焼き鳥店「とり将」を継ぐが、30周年を機に一旦閉店。2004年に開業した「賛否両論」は、予約のとれない人気店となった。

ドキュメンタリーエッセイ『賛否両論 -料理人と家族-』(笠原将弘/主婦の友社) には、家族と共に歩んできた料理人としての道のりが、フランクな人柄がにじみ出た率直な語り口で綴られている。友人の話を聞くような感覚で読み進めることができ、最後は、家族の結びつきの尊さと人生のせつなさを、同時に感じられるような一冊だった。

若くして亡くした3人の大切な家族

「僕の人生は、大したことがないことだらけだ」

笠原さんのストーリーは、そんな「まえがき」のひと言から始まる。

家族を語る上で避けては通れないのは、若くして亡くなった両親と妻のお話。父親は昔ながらの厳しい人だったようだが、「親父の教えが自分の軸になり、親父のように生きていこうと思えることが、僕の強みだ」「親父のことは本当に好きだったし、年をとるほど、どんどん好きになる」と語るほど、尊敬できる存在だったようだ。

母親も実家のお店でカウンターに立っていたが、休み時間に体があくと、店の前で父親がわりにキャッチボールの相手になってくれるような頼もしい人だったらしい。両親はとても仲が良かったそうだ。病気で入院していたお母さんが、最期に、自分ではなくお父さんの顔を両手で愛おしそうに撫で回していたという話を、「思い出すとものすごくせつなくなる」と本書のなかで振り返っている。

この頃、笠原さんはまだ高校生。母親と喧嘩しているという同級生に「おまえ、親孝行しろよ」と何度も伝えたそうだ。「『孝行のしたい時分に親は無し』という言葉もある」と続けるが、この若さで、このことわざの意味に向き合う人はそうそういないだろう。

妻の江理香さんは、修業時代に一目惚れ。のちに結婚し、3人の子どもが生まれた。江理香さんは仕事に没頭する夫に「がんばって」と心から応援してくれたという。

今、寝る間を惜しんで仕事をしている理由は「(妻が)好きなように仕事をやらせてくれたから、僕はここまでこれた。それをいまさらおじゃんにするわけにはいかないからだ」と語る。江理香さんが他界してから、月に一回は必ずお墓参りに出掛けているそうだ。大切な人を早くに失った悲しみは当事者でない限りわからない、と笠原さんは言う。

3人の子どもたちが語る、父と母の姿

子どもたち自身が、亡き母の思い出や、普段の父親の姿について語る章もあり、ここでも家族の結びつきにグッとくる。早く結婚して子どもを産みたいと言う長女、「(父親に)早く恩返しがしたい」と語る次女、お父さんに似て料理が好きだという長男。お互いを思いあう、いい家族だ。亡くなった江理香さんにとって、こんなふうに子どもたちに家族のことを語ってもらえるのは、嬉しいことなのではないだろうか。

「人生の巡りとは、一体なんなのだろう」

「賛否両論」は夢が叶って二十年もうまく続けられて、おかげさまでお客さんも変わらず来てくれて、経営的にも成り立っている。夢が叶って幸せな半面、僕をがんじがらめにしてくれた存在でもある。ダ・ヴィンチWeb

笠原さんは、江理香さんが病気で衰弱しているとき、仕事が忙しくて一緒にいられないことがあり、「仕事なんて、しなきゃよかった」と後悔しているそうだ。妻への想いに突き動かされるように仕事をしてきた今、仕事に対して感謝する気持ちと、恨む気持ちの両方があるという。「賛否両論」という言葉のように、人生にはさまざまな側面があり、一筋縄ではいかないものなんだろう。

「人生の巡りとは、一体なんなのだろう」という言葉からは、大切な人たちの死の意味について何度も繰り返し考えてきたことが伝わってくる。本書を読む人のなかにも、大切な人を失い、“後悔”に押しつぶされそうになっている人がいると思う。人生の巡りの意味について、答えが出る日がやってくるかどうかはわからない。けれども、彼らとの大切な思い出は、その輝きを失わないまま、心のなかに生きているはずだ。笠原さんの場合は、それが一冊の本になった。

家族を思いながら仕事を続け、夢を叶えた今、これからの人生にどんな希望を持っているのだろうか。壮絶な悲しみを乗り越えることはできたのだろうか。笠原さんが出した答えは、本書のなかに書かれている。

文=吉田あき

元記事で読む
の記事をもっとみる