1. トップ
  2. ライフスタイル
  3. 小泉今日子と…「新しい女性の生き方」を提示した、ふたりの「キョウコ」

小泉今日子と…「新しい女性の生き方」を提示した、ふたりの「キョウコ」

  • 2024.10.4

大人の女性にとって、永遠のロールモデルともいえる小泉今日子さんと、80〜90年代カルチャーを象徴するクリエイターである岡崎京子さん。そのふたりのキャリアや表現を通じて新たな女性の生き方を探った、甲南女子大学教授・米澤泉さんの書籍『小泉今日子と岡崎京子』。その概要とともに、年月が経っても色あせることのない、岡崎京子作品の一部を紹介します。

ふたりの「キョウコ」を結びつけるものとは?

小泉今日子さんと、岡崎京子さん。『大人のおしゃれ手帖』の読者世代にとっては、いうまでもなく、10代の頃から見てきたこのふたり。熱狂的なファンの人、青春時代の大切な思い出となっている人、人生の転機に力をもらった人……特別な思い入れを抱いている人も多いのではないでしょうか。一方で、そのふたりを結び付けて考えたことがある人は、それほど多くはないかもしれません。

ファッション文化論と化粧文化論を専門に、世の中で「取るに足りない」と思われてきた事柄から、社会の本質をすくいとってきた甲南女子大学教授の米澤泉さん。今年7月に刊行した著書『小泉今日子と岡崎京子』は、「アイドル」と「少女マンガ」という、それぞれのジャンルでひとつの時代を築いたふたりの「キョウコ」に焦点を当てつつ、80年代から現在に至るまでの女性たちの生き方をたどった一冊です。

米澤さんは、ふたりの功績について、「20世紀末に岡崎が種を蒔き、21世紀に小泉が『別の女の生き方』を開花させたのではないか」と考えたそう。時代とともに、女性たちの生き方も変化し、多様化していく中で、自分はどんな大人を目指し、どうやって年齢を重ねていけばいいのか……。決まった答えがないだけに、生き方に迷っている「大人のおしゃれ手帖」読者世代も少なくないはず。本書でひも解かれる小泉さん、そして岡崎さんの提示してきたものは、そうした大人世代の悩みを解消するヒントや、自分の「好き」を貫くための後押しとなってくれそうです。

ステレオタイプな女性像を打ち破ってきたふたり

小泉さんと岡崎さん、一見、接点のなさそうなこのふたりの共通点のひとつが、ファッション誌との関わりが深かったこと。これは、長くファッション誌の研究をしてきた著者だからこその着眼点といえそうです。
 
たとえば、80年代のティーンエイジャーにとってはバイブル的存在だった、雑誌『Olive』。小泉さんは、まだアイドルがファッション誌に出ることが少なかった時代から同誌にたびたび登場し、DCブランドを軽々と着こなす「おしゃれアイドル」のイメージを築いていました。さらに『アンアン』では、モデルとして出るだけでなく、アイドルとしては画期的な、エッセイの連載もスタート。SNSの普及した今では当たり前のことですが、芸能人がみずからの言葉で思いを直に発信する…というのは、当時はめずらしいことだったはず。そのことからも、小泉さんが型破りなアイドルであったことが分かります。
 

一方、岡崎京子さんは小学生の頃に、少女漫画誌に残る萩尾望都の名作『ポーの一族』に衝撃を受けて、マンガ家を志します。高校生時代には、『花とゆめ』にも投稿したそうですが、Cクラスという結果に。マンガ家としてのキャリアは王道の少女マンガとは少し異なる、読者投稿誌の「ポンプ」という場から始まっています。
その後、サブカル誌や青年コミック誌、一般誌での掲載を経て、宝島社の『CUTiE』でも執筆するように。『CUTiE』では『ROCK』や『東京ガールズブラボー』、『リバーズ・エッジ』、『うたかたの日々』といった代表作を連載し、80~90年代のポップカルチャーを切り取ってきました。
 

そうしたキャリアから読み取れるのは、ふたりがともに従来のステレオタイプな「アイドル像」「少女マンガ家像」を打ち破り、独自のスタンスでキャリアを積んできたこと。振り返ってみると、80〜90年代はまだ保守的な価値観が蔓延していた時代です。そんな時代に、女性の新しい生き方を提示していたからこそ、女性たちはふたりに憧れ、熱狂的に支持してきたのかもしれません。

「大人女子」のロールモデルとなった、小泉今日子さん

『小泉今日子と岡崎京子』を通じて、あらためて実感させられるのは、小泉さんが30代以降の女性のロールモデルとして、「大人女子」の代表としての役割を引き受けてきたということ。その皮切りとなったのが、「30代女子」をコンセプトにした宝島社のファッション誌で、2003年創刊の『InRed』。同誌が打ち出したのは、30代になったとしても他者に媚びることなく、自分の好きな服を着て、好きなように生きようとする、「30代女子」のあり方です。
かつての30代女性といえば、結婚や出産を経て、いい妻・いい母親として生きていく……という姿がスタンダードなものでした。そうした女性像とは異なる、未婚、既婚、専業主婦、キャリア、母親……といった肩書きにとらわれない新たな30代女性の姿を示した同誌は、多くの同世代の支持を得ることになります。このイメージモデルをつとめたのが、小泉さんでした。
 

そこから7年が経ち、「30代女子」が不惑を迎える頃に誕生したのが、「40代女子」をターゲットにした、同じく宝島社のファッション誌『GLOW』。その創刊号の表紙をYOUさんとともに飾ったのも、40代を迎えていた小泉さんでした。もちろん、40代女性を読者層とする雑誌はすでにありましたが、その多くは、既婚者や子育て中の女性を対象としたもの。子どもの有無にかかわらず、自分の人生を歩みたいと考える女性が増えた時代において、「いくつになっても、自分らしく生きていい」と女性たちを鼓舞する存在として、小泉さんはぴったりだったといえるでしょう。
 
そして、『大人のおしゃれ手帖』をはじめ、50代以降の女性のためのファッション誌も登場してきた現在。かつての50代女性とは異なり、若い頃からファッション誌に親しみ、おしゃれが好きでトレンドにも敏感な人が増えたことが、その背景にあります。
 

本書でも繰り返し述べられているように、小泉さんは、女性が年を重ねることをポジティブに捉え、自由な生き方を提唱してきた、“大人女子の水先案内人”と言える存在。独立してみずから事務所を立ち上げたり、プロデューサーとして作品を手がけたり……と、50代以降も新たなチャレンジをし続けている小泉さんだけに、今後も新しい女性の生き方を率先して示し、私たちを勇気づけてくれるのでしょう。

「言葉の強さ」で多くの人を引きつけた、岡崎作品

ここで再び、岡崎さんのキャリアとその作品に焦点をあててみたいと思います。同時期にデビューしていた桜沢エリカさんや内田春菊さんらとともに、1980~90年代を代表するマンガ家として活躍していた岡崎京子さん。1996年に不慮の事故によって休筆を余儀なくされた後も、未収録作品が単行本化されたり、『ヘルタースケルター』『リバーズ・エッジ』『ジオラマボーイ★パノラマガール』といった作品が映画化され、新たな若い読者も獲得しています。2015年には東京・世田谷文学館で初めての大規模な展覧会が開催され、同館の開設以来の2万3000人を超える来場者を記録したそう。そのことからも、今もなお、多くの人に愛されていることがうかがえます。

なぜ、20年以上も前に描かれた作品が、多くの人の心を捉え続けているのでしょうか。岡崎作品の特徴のひとつが、固有名詞をふんだんに用いることで、その時代の空気感をリアルに映し出していること。文学やマンガ、音楽、映画といった作品の膨大なオマージュも印象的です。代表作の『リバーズ・エッジ』には、アメリカのSF作家、ウィリアム・ギブソンの詩から「平坦な戦場で僕らが生き延びること」という一節が挿入されています。

加えて、洗練された作画や登場人物たちが着こなすファッションも、同世代の読者を引きつけました。そうした時代性と同時に、女性たちの連帯=シスターフッドのような、普遍的なメッセージが含まれているのも特徴的です。そして岡崎作品といえば、何よりも言葉の強さ。どの作品にも、心をえぐるような印象的なフレーズがあり、読んだ後も読み手の心に長く残り続けているのが、最大の魅力と言えるのではないでしょうか。
 
 

岡崎さんの代表作として真っ先に挙げられるのが、“愛と資本主義をめぐる冒険と日常の物語”を描いた『pink』、そしてバブル崩壊後の空虚な空気感が漂う『リバーズ・エッジ』ですが、もちろんそれ以外の作品も、今も色あせない名作ばかり。その中から、あらためて読み返したい、いくつかの岡崎作品を紹介したいと思います。

あらためて読み返したい、名作たちをチェック!

◎『くちびるから散弾銃』(講談社)

代表作のひとつ『東京ガールズブラボー』の主人公でもあるサカエと、その友達のなっちゃん、ミヤちゃんの、延々と繰り広げられる怒濤のガールズトーク。他作品にも大きな影響を与えた、ある種のフォーマットを創った作品といえそう。あとがきによると、テーマは「大人になりたくない女の子たちのあがき」。岡崎作品の真骨頂、ともいえるパワフルな一作です。

『東京ガールズブラボー』(宝島社)

雑誌『CUTiE』で1990年より2年間にわたって連載。北海道のサブカル高校生・サカエが、両親の離婚によって東京に転校することに。憧れの東京で夜遊びや友情、恋を経験するさまが、当時のファッションやスポット、有名人といった固有名詞をふんだんに交えながら、リアルに描かれます。「音楽とおしゃれが三度の飯より大好き」で、買い物中毒であるサカエの性格は岡崎さん自身にそっくりだそう。

『カトゥーンズ』(KADOKAWA)

『月刊カドカワ』に連載されていた連作短編集。たて笛の授業がイヤで本の中に入ってしまった小学生のまりあちゃんから始まり、それぞれの物語がつながっていく構成がお見事! ページをめくるだけでも楽しい、絵本のような一冊です。

『ジオラマボーイ★パノラマガール』(マガジンハウス)

平凡な女子高校生・ハルコが、優等生なのに高校をドロップアウトしたケンイチにひと目ぼれする…という、王道のボーイミーツガール物語。著者にとっては長編2作目となる作品ですが、村上春樹や大島弓子作品からの引用があるなど、のちの作品にもつながる、“らしさ”が見て取れます。2020年には瀬田なつき監督・脚本によって映画化も。

『危険な二人』(KADOKAWA)

見た目は派手だが、実は恋愛経験のない夢見がちな「セーコちゃん」と、おしとやかだがすぐに男性と関係を持ってしまう「ヨーコちゃん」。性格は正反対だけど、固い友情で結ばれているふたりの関係と、素敵なダーリンに出会うまで。こちらも岡崎作品に特徴的なシスターフッドが描かれています。

『うたかたの日々』(宝島社)

フランスの作家・詩人であるボリス・ヴィアンの小説『うたかたの日々』をマンガ化。資産家のコランと美しいクロエは盛大な結婚式を挙げるが、その直後、クロエは「肺に睡蓮がつく」という奇病に侵され、寝たきりに。必死に治療費を稼ぎ、看病を続けるコランだが、クロエは衰弱していき……。描かれる線の美しさにもうっとりさせられます。

『女のケモノ道』(文藝春秋)

岡崎さんを含めた、仲良しの女性3人のとりとめのないおしゃべりと、フルカラーのマンガで構成。『くちびるから散弾銃』にも通じる、女性同士ならではのパワフルで機知に富んだ会話が楽しい作品。なお、その3人のうちの2人は実は架空の人物とのこと。あらためて、キャラクターを生み出す力と想像力に驚かされます。

※品切重版未定

『オカザキ・ジャーナル』(平凡社)

週刊誌『朝日ジャーナル』に1991から2年間連載されていたコラムと、『広告批評』の宗教人類学者・植島啓司との往復通信をまとめたもの。テーマは自身のごく身近なことからテレビ番組、湾岸戦争といたニュースまでさまざま。90年代から2000年代にかけての空気感を懐かしく感じるとともに、岡崎作品の文章がなぜあれだけの吸引力を持っているのか、その理由が分かるような気がする一冊です。

『小泉今日子と岡崎京子』

著/米澤泉
¥1,760(幻冬舎)
大人の女には、道をはずれる自由も、堕落する自由もある――。「少女マンガを超えたマンガ家」が種を蒔き、「型破りのアイドル」が開花させた“別の”女の生き方 気鋭の社会学者が豊かに読み解く。

この記事を書いた人

ライター 工藤花衣

工藤花衣

編集プロダクション勤務を経て、フリーランスのライターとして独立。『大人のおしゃれ手帖』をはじめとする女性誌や書籍で、主にインタビューや女性のライフスタイル、カルチャーに関する記事を執筆する。

元記事で読む
の記事をもっとみる