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年を重ねても女であることとは、人生とは何かを、死ぬまで学ぶこと【連載・ヴォーグ ジャパンアーカイブ】

  • 2024.10.1
Photo_ Craig McDean Model: Trish Goff
Photo: Craig McDean Model: Trish Goff

「若かろうと、年をとっていようと、私は女!」と表紙で謳う2003年2月号。この号が発売された当時私は30歳で、人生で最高に女性ホルモンに満ちあふれた体を持て余していた。臨月だったのだ。立っても座っても横になってもお腹が重くて「ああ、早く中身を出したい」という動物的な欲求に苛まれていた。2024年現在は閉経を迎え、更年期症状とともに生きている。息子たちは成人し、私は52歳になった。30歳の私も52歳の私も傍目には女だが、当時も今も自意識の中心は「私は女!」じゃない。「私は生き物!」である。生きているからホルモンに振り回される。生きているから毎日体が変化する。若い時期と若くない時期があるんじゃなくて、生きとし生けるものはみな、毎日若くなくなっているのだ。5歳児も、90歳の人も。オケラも、人間も。

ことに女性は、生殖能力で若さの区切りをつけられる。じゃんじゃん妊娠出産できそうな年齢を基準に、その後は価値が下がるとされてきた。とっても差別的だ。それが社会の常識だった時代もあった。そんなに遠くない昔のことだ。ご存じのように、今もその価値観は深層に残っている。実際、21年前には「若かろうと、年をとっていようと、私は女!」とわざわざ言わなくちならない空気があったわけだ。状況は少しずつ良くなってきたとはいえ、その空気は現在もある。

なぜ「若者とそうでない者」という線引きがなくならないのか。人は死を恐れるからだ。何歳だろうと人は死ぬ可能性があるが、乳幼児死亡率が劇的に下がった現在、死に最も近いところにいると一般的にみなされているのは老いた人たちである。そして生物としての死に加えて、社会的な死がある。おそらくより実感を持って切実に恐れられているのはこちらのほうだ。後進に追い抜かれる。次第に活躍の場が減る。時代遅れと陰口を叩かれる。定年退職を迎える。世間から取り残される。やがて忘れられる。そんな「もう用済みの人たち」になるのを恐れているのだ。性愛の場でも、年齢を重ねるほどに求められることが少なくなるに違いないと、不安に駆られている。

身体の経年劣化を恐れる心理は、死を恐れる生き物としては自然だが、こと女性に関してはそれが視覚的な美と強く結びついている。美は長らく、若さとイコールだった。ここ20年ほどでさまざまな美の読み替えがなされてきたし、スーパーモデル時代を作ったモデルとクリエイターたちが年齢を重ねても第一線にいる。高齢になってからインフルエンサーとして有名になる人たちもいる。だが、若さこそが美という風潮は決して衰えたわけではない。ジェンダーギャップが大きく、構造的な性差別が残っている社会では、なおさらそうした価値観が生きながらえやすい。女性が一人で自立して年齢を重ねることが経済的に難しく、親に頼るか結婚によって安定した生活環境を手に入れるほかないのが現実だからだ。若い女性だけが価値があるとされる社会は裏を返せば、男性に庇護される以外に女性が安心して生きる道がほとんどない社会だ。短くいうと地獄である。

2003年2月号では、68〜80歳の精力的に仕事をしている女性たちのインタビューが載っている。ジャンヌ・モロー(俳優)、アンドレ・プットマン(インテリアデザイナー)、ジョーン・ディディオン(ジャーナリスト)、佐藤年(俵屋旅館主人)、朝倉摂(舞台芸術家)、羽田澄子(記録映画作家)、森英恵(ファッションデザイナー)。21年経って、すでに他界した人も多い。今読んでも示唆に満ちた、実に面白いインタビューである。21年前の〝高齢女性〞の話は全く時代遅れにならない。なぜだ。ハッとした。年をとっているのは読者の方なのだ。 私は当時も今も彼女たちより年下でその話にはとても勇気づけられる。でも別の特集で失恋や離婚について語る20代〜30代のハリウッドセレブたちの話は、やけに古びて見える。今の私はこのときの彼女たちよりも年上になり、彼女たちのその後の恋愛遍歴なんかもゴシップで知っている。だからそのページは、もはや過去なのだ。

自分には未だ訪れていない年齢を生きる人は、新鮮な存在である。100歳で迎える今日がどんなものなのか、100歳まで生きたことがない人にはまだわからない。人は加齢するほど、大多数の仲間にとって未来的な存在になると言うこともできよう。何年生きたって今日は初めてで、世界を知り尽くすことはできないのだから。でも「20年前の40代」「40年前の30代」のまま現状にダメ出しをするばかりでは、2024年という未来を知らない人の繰り言になってしまう。「そう、死ぬまで学ぶのよ。人生とは何か。生きるということは? 私は絶えず自分に問いかけるの。世の中には、人間はある程度年をとるともう学べなくなる、なんてことを言う人たちがいるわね。いい、そんな言葉は絶対に聞いてはだめよ。そう言う人たちは死ぬ前にすでに死んでしまっているのよ」。74歳のジャンヌ・モローの至言である。

Photos: Daigo Nagao (magazine) Text: Keiko Kojima Editor: Gen Arai

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