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ステレオタイプを脱却するビジュアルとは。パラリンピックで“描かれない”障害を専門家と考える

  • 2024.9.30

パラリンピックが与える緩やかな影響

パリ2024パラリンピックにおいて、多く購入されたビジュアルの一つ
Wheelchair Tennis - Paris 2024 Summer Paralympic Games: Day 10パリ2024パラリンピックにおいて、多く購入されたビジュアルの一つ

──ちょうどパリ2024パラリンピックが開催されたばかりです。ビジュアルの観点からは、どのような影響がありましたか。

パラリンピックに限らず、世界的に大きなスポーツイベントが開催されると、大体6カ月〜1年くらいかけて緩やかにビジュアル需要が高まります。

例えばスケートボードのビジュアルについても、東京オリンピックの開催期間よりも少し経ってから使用が増えました。なので今までの経験上、今回のパリ2024パラリンピックに関しても今後長期間に渡って、持続した社会からの注目が望めるんじゃないかと思います。そう考えると、表象を増やしていく上でパラリンピックの持つ力は大きいですね。

──オリンピックと比較してパラリンピックの表象が少ないことに声を上げてる選手もいらっしゃいます。過去数年でその傾向に変化は起きているんでしょうか。

パラリンピックはオリンピックと比べて競技数が少ないので、写真の枚数も少し減ってきてしまうかもしれません。一方でフォトグラファーやビデオグラファーの数は年々増えており、基本的にはオリンピックと同じスタッフがパラリンピックも撮影しています。

そこで撮影されたビジュアルを活かして、ウェブメディアでの取り上げやゲッティイメージズでも特設サイトの開設など進めているのですが、テレビ放映の機会が圧倒的に少ない。広告やインタビューなどメディアに多数出演している選手でも、試合は生放送されない状況はおかしいなと、その辺りから変えていきたいです。

“わかりやすさ”が差別につながっている

東京2020パラリンピックにおいて、最も購入されたビジュアル
2020 Tokyo Paralympics - Day 1東京2020パラリンピックにおいて、最も購入されたビジュアル

――現在、障害がある人たちのビジュアル起用割合はどの程度でしょうか。また、日本が世界と比較して抱えている課題などもありますか。

私たちの分析では、障害者を起用したビジュアルの使用率はちょうど5%以下ぐらい。以前は1%ほどだったので、少し上がってきてるのがわかっています。その傾向は日本も世界も変わりがないのが現状です。

一方で、上がってきているとはいってもトップセラーのビジュアルを見ていくと、障害というものがちょっと違う認識をされているというか……。例えば、シニア層の方たちが介護を受けてるものが“障害者のビジュアル”として使用されていたり、あとは圧倒的に車椅子のユーザーが描かれてることが多くて。見えない障害や車椅子以外のさまざまな種類の障害のビジュアルが起用されていないのが特徴だと思います。この傾向も、やはり日本だけでなく、世界において同様です。

──やはりそれは見た目の“わかりやすさ”に寄与するのでしょうか。

そうだと思います。多くの会社やブランドがやはり“わかりやすい”ものを選んでしまって、それが表面的であるとか、差別につながっていることには気づきもしない。リアルな日常を示したものが使用される機会が少しずつ増えたりと改善されてきている部分もある反面、描写の仕方が大きく変わったかというとそうでもなくて、特に企業の採用のページなどでは、まだまだ障害者として車椅子の方だけが載っていたりします。

その理由として、「どう表現していいかわからない」という声を聞くことも。障害がある人をどう描いたらいいのか、ビジュアルとともにどんな文章を添えたらいいのかただわからないと聞く度に、もう少し学習の機会が必要なのかなと感じます。

感動ポルノによる消費で終わらせないために

パリ2024パラリンピックにおいて、多く購入されたビジュアルの一つ
Para Athletics - Paris 2024 Summer Paralympic Games: Day 8パリ2024パラリンピックにおいて、多く購入されたビジュアルの一つ

──パラリンピック選手を取り上げる際にも、過去の怪我の理由や家族愛など“感動的”な描写が多く、表現の乏しさも問題だと思います。

“感動ポルノ”と呼ばれているものですよね。本当に大切なのは障害がある人たちのリアルな生活を映すことだと思っています。なのでスポーツで活躍しているだけでなく、家での暮らしや友達や家族との日々など、もっと前後関係を広げて見せていくことが重要です。

日常を撮影したものに“わかりやすさ”はないので、各ビジュアルに状況や背景の説明をつけています。とにかく丁寧にやっていくことを目指しているので時間はかかりますが、1人1人を描いていくことを心がけています。

──当事者の方をモデルに日常の様子を撮影して、ビジュアルを増やしているんですね。

もちろん難しい部分はあって、というのも出演するということは“フリー素材”としてビジュアルがどこにでも使用されてしまうから危険だと思われがちです。なので、クリエイターの友人や家族だったり、既に関係性がある人たちに頼んで撮影させてもらっています。そうするとすごく自然な撮影ができる一方で、表象は限定されてしまいます。

最近は特に海外で、障害者のモデルに特化した事務所なども出てきました。日本でも障害がある子どものモデルエージェンジが存在したりしつつ、そのビジュアルが幅広く提供されるとなると、やはり周囲の大人はすごく心配だろうと思います。そういった事務所や当事者のモデルの方たちとも、もう少し丁寧に話をしていきたいなと。海外の事例だと、タイはパラスポーツも盛んで撮影に協力してくれるモデルさんも多く、そこから口コミなどで輪を広げているようです。

複数のマイノリティ性をビジュアルで描く

障害があるトランスジェンダーの女性が、旅行に向けて荷造りをしている
Preparing for my first beach trip.障害があるトランスジェンダーの女性が、旅行に向けて荷造りをしている

──障害がある方のなかでも、人種や性別、LGBTQ+当事者だったり、複数のマイノリティ性を持つ人の表象はさらに少なくなる傾向にあるかと思います。それはどのように増やしていけるでしょうか。

インターセクショナリティ(人種や性別、性的指向、階級や国籍、障害などの属性が交差したときに起こる、差別や不利益を理解する枠組み)を表すビジュアルも増やせるように進めていて、障害があるトランスジェンダーの女性やゲイを公表している方を撮影したタイでの事例があります。撮影では「毎日していることやってください」とお願いしていて、仕事やメイク、家事など、かなり自然体で普段の生活に近い様子が映っていて、日常の一コマが見えるんじゃないかと思います。

レズビアンのカップルが、公園に座って手話でコミュニケーションしている
Lesbian couple in a park. They are speaking in sign language.レズビアンのカップルが、公園に座って手話でコミュニケーションしている

ほかにも日本で撮影した、目に見えづらい障害のビジュアルもあります。聴覚障害のあるLGBTQ+当事者の方に、手話でパートナーと会話している姿を撮影させてもらいました。実は写真だけでなくビデオも撮っていて、手話でどのようにコミュニケーションしているかなど、ビジュアルとしての“わかりやすさ”というのは動きがある方が伝わる場合も。ビデオと写真の両方を活用して表象を増やしていきたいですね。

──これまで10年に渡って取り組みを続けられてきたとのことで、変化を感じる場面はありますか。

もちろんまだまだ種蒔きをしている状態ではあるのですが、まずは障害がある方のビジュアルが増えてきていて、その積み重ねで協力してくださる当事者のモデルさんが多くなってきたのもうれしいです。同時にそのネットワークを広げるにはどうしたらいいのかなということも常に模索していて。やっぱり協力してくださる方ありきなので、撮影環境と見せ方は、一歩ずつ改善していけたらと思います。

受け手側の変化だと、日本の消費者の半数以上がパラリンピックの意義を重要視していて、パラアスリートをもっと見たいと思っているというデータが出てきました。また、企業との対話も続けており、今までは障害がある人のビジュアル起用を検討する余地もないというリアクションだったところが、起用を積極的に考えるようになってきている事例もあります。

当事者が制作側として参加することは不可欠

タイに住むLGBTQ+当事者のパラアスリートが、ジムでトレーニングをしている
Thai para athlete doing pull ups on a bar with one arm.タイに住むLGBTQ+当事者のパラアスリートが、ジムでトレーニングをしている

──「感動ポルノ」や「見えない障害」の話を含め、当事者にとってよりよい形で表象を増やしていくには、発信する側に当事者がいる環境を担保することがすごく重要ですよね。

絶対に当事者の方たちと一緒に作り上げた方がいいんです。表に出るモデルだけでなく、フォトグラファーやビデオグラファー含め。少し話は変わりますが以前、女性とノンバイナリーのビジュアルを当事者のクルーだけで撮影するプロジェクトを実施したことがあります。またLGBTQ+の撮影に関しても、携わるのは当事者またはアライに限定しています。

一方で、障害があるクリエイターが少ないかつ出会えていないことから、なかなか実現に至っていません。最近では当事者の方たちと作ったガイドラインをもとに撮影をして、確認してもらったビジュアルのみ公開をしています。

過去のものには障害者でないモデルや俳優の方に、車椅子に座ってもらって撮影をした“嘘”のビジュアルもあります。それらを減らすためにも、当事者目線で違和感がないビジュアル作りを目指しています。

──使われやすいビジュアルを提供することは、ステレオタイプを助長することとも表裏一体だと思いますが、どのように考えていますか。

汎用性のある人気のビジュアルは、特にその傾向にあります。大抵の場合、ビジュアルを使う側がステレオタイプを理解していないことが問題の原因かと思うので、私たちからも「これはちょっと違うと思います」「こっちの方がいいですよ」などとはっきり伝えるようにしています。最終的な決定権を持つのは相手なので、できるだけステレオタイプを助長しない写真はどれかっていうのをオプションとして提案してみています。

今後ポイントとなるのがテクノロジーです。障害がある人たちがどのようにテクノロジーを活用しているのか、例えばスマートフォンのアクセシビリティ機能を使っている様子などは、伝わりやすいかつリアルなビジュアルになるのではと考えています。

──最後に、今後取り組んでいきたいことがあればお聞かせください。

今やってることを継続していく必要があると同時に、日本を含めたアジアでの撮影を実施していきたいですね、外からは見えづらい障害のビジュアルも増やしたいです。そして今年はパラリンピックイヤーなので、まずはスポーツを通して関心を持ってもらい、それに続いてパラアスリートたちの日常生活も見せられたらと思います。

東京2021パラリンピックの際、パラアスリートたちの練習やその準備の様子、トレーニング風景などを撮影させてもらったことがあります。きっと多くの人がまだ見たことがない姿なのではないでしょうか。

義足をつけたアジア系インド人の父親が、息子とバスケットボール場にいる
happy Asian indian father with artificial leg dancing with son at basketball court義足をつけたアジア系インド人の父親が、息子とバスケットボール場にいる

PROFILE

遠藤由理(Yuri Endo)

ゲッティイメージズ クリエイティブ専門チーム Creative Insights マネージャー

2016年からゲッティイメージズのクリエイティブチームのメンバーとして、世界中のクリエイティブプロフェッショナルによる利用データ分析と外部データや事例を調査し、来るニーズの見識を基にCreative Insight(広告ビジュアルにおける動向調査レポート)を発信。意欲的な写真家、ビデオグラファー、イラストレーターをサポートし、インスピレーションに満ちたイメージ作りを目指している。

Interview & Text: Nanami Kobayashi

Photo_ Zac Goodwin / Getty Images
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