1. トップ
  2. グルメ
  3. 世界No.1女性シェフに輝いた貧困地区出身のシェフが救うのは──ジャナイナ・トーレス/Bar da Dona Onça【食から社会を変える vol.3】

世界No.1女性シェフに輝いた貧困地区出身のシェフが救うのは──ジャナイナ・トーレス/Bar da Dona Onça【食から社会を変える vol.3】

  • 2024.9.29
自身の代表料理でもあるフェイジョアーダの大鍋をかき混ぜるジャナイナ・トーレス。
自身の代表料理でもあるフェイジョアーダの大鍋をかき混ぜるジャナイナ・トーレス。

家計を助けるために11歳から路上でサンドイッチを作って売っていた少女が、世界No.1女性シェフになる。そんな夢のような話の主人公は、ブラジルの都市、サンパウロの貧困地区出身のジャナイナ・トーレスだ。路上から、外国人向けにブラジル料理を作るイベントなどを手掛けるようになり成功、2008年には生まれ育った街に「バール・ダ・ドナ・オンサ」をオープン。これまで危険なイメージがあった地域を、多くの人が食事をしに訪れる、魅力的な場所に変えた。こうしたさまざまな社会的なアプローチが評価され、今年6月、「世界のベストレストラン50」で世界のベスト女性シェフに選ばれた。トーレスはその出自をブラジルの代表料理の一つ「フェイジョアーダ」と重ね合わせる。豚の耳や足などと黒豆を煮込んだ家庭料理で、元々は奴隷が食べていたとされる。「恥ずかしい」という人もいる料理を、24年版「世界のベストレストラン50」で27位、テイスティングコースを提供する高級店の「ア・カサ・ド・ポルコ」であえて提供する。「自らの文化に誇りを持つべき」という思いからだ。「ア・カサ・ド・ポルコ」は、料理のオリンピックとも言われる「ボキューズ・ドール」のブラジル代表としても活躍した元夫のジェファーソン・ルエダとともに15年に開店した、自家農園で育てた野菜と在来種の豚を提供する店だ。「シェフとして毎日厨房を切り盛りしていましたが、無意識のうちに、スペインの三つ星店などで修業した元夫に負い目を感じ、自分は影でなければいけないと考えていました」と振り返る。

各種イベントを通してブラジルの食文化を積極的に紹介する。
各種イベントを通してブラジルの食文化を積極的に紹介する。

20年の離婚時には、男性優位主義思想が残るブラジルで「カリスマ的な夫なしでは、シェフとしてやっていけないだろう」と揶揄された。しかしトーレスは、15年からの4年間でサンパウロ州の1800の学校の200万人分の給食を、加工食品から新鮮な食材を使った健康的なものへと替えた。コロナ禍中はブラジルの飲食業界関係者たちの声をまとめて政府に経済支援を訴え、路上生活者に食事を提供するなどの地道な活動も続けた。トーレスは言う。「元夫に感謝はしても、隠れる必要はないのです。元夫の影から自由になり、自分自身であることを祝いたい」

ブラジルの異なる7つの地域で育つ独自品種の豆などで作った煮込み料理は、「バール・ダ・ドナ・オンサ」の新作メニュー。
ブラジルの異なる7つの地域で育つ独自品種の豆などで作った煮込み料理は、「バール・ダ・ドナ・オンサ」の新作メニュー。

今、力を注ぐのは、かつての自分と重なる、貧しい家庭の子どもたちを救うこと。犯罪や麻薬の密売、売春などに手を染めてしまう子どもも多い。少年院を訪れて料理の素晴らしさを教え、出所した少年少女たちを積極的に採用する。「私も同じ道をたどっていたかもしれない。助けるのは当然のこと。『あなたは、あなた自身として価値がある』と伝えたい」。それは、かつての自分へ贈る再生のメッセージでもある。

Photos: Courtesy of Janaína Torres Text: KYOKO NAKAYAMA Editor: Yaka Matsumoto

元記事で読む
の記事をもっとみる