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藤ヶ谷太輔&奈緒の「実在感」に圧倒される。『傲慢と善良』で、恋愛や結婚の“残酷な本質”を突く意義

  • 2024.9.29
映画『傲慢と善良』が公開中です。本作は恋愛や結婚に「本当のことを言ってしまう」、辛辣(しんらつ)とさえ言えるところがありつつも、それこそが重要な「優しい」作品でした。(※サムネイル画像出典:(C)2024 映画「傲慢と善良」製作委員会)
映画『傲慢と善良』が公開中です。本作は恋愛や結婚に「本当のことを言ってしまう」、辛辣(しんらつ)とさえ言えるところがありつつも、それこそが重要な「優しい」作品でした。(※サムネイル画像出典:(C)2024 映画「傲慢と善良」製作委員会)

9月27日より映画『傲慢と善良』が公開中。原作は発行部数が100万部を突破した辻村深月のベストセラー小説です。

目玉は、やはり藤ヶ谷太輔×奈緒のダブル主演でしょう。後述するように2人は共に原作の大ファンで、そのかいもあってか「この2人以外はもう想像できない」ほどのハマり役、いや「この世に本当に存在している人にしか思えない」ほどのキャラクターを体現していました。

かつ、監督と脚本家などスタッフたちの誠実なアプローチが結実した、優れた恋愛映画になっていました。その理由を本編のネタバレにならない範囲で記していきましょう。

失踪した婚約者の「うそ」を知っていくミステリー

あらすじを簡単に紹介しましょう。仕事も恋愛も順調に過ごしてきた男性は、マッチングアプリで婚活を始め、そこで出会った控えめだけど気遣いもできる女性と付き合い始めますが、1年たっても結婚まで踏み切れずにいます。

(C)2024 映画「傲慢と善良」製作委員会
(C)2024 映画「傲慢と善良」製作委員会

そして、彼女に告白されたのはストーカーの存在。主人公は彼女を守らなければと、ようやく婚約するのですが、その直後に彼女は突如として失踪してしまうのです。

「なぜ失踪したのか」という謎を発端として、その後は彼女の両親、友人、同僚、過去の恋人を訪ねて居場所を探すうちに、主人公はその過去と「うそ」を知っていくミステリーになっています。「人はなぜうそをつくのか」という根源的な問いにも肉薄しているようで、惹きつけられるのです。

いい意味で文句が出るほど「本当のことを言ってしまう」内容

本作はマッチングアプリや結婚相談所が登場し、恋愛と結婚に対して、「なるほど」と思える真っ当な分析や視点が告げられます。同時に、見る人によっては「もう! 分かったから! そんなことまで言わないでよ!」といい意味で文句が出るほど、「恋愛や結婚についての残酷な本質を突いてしまう」内容でもあるのです。

(C)2024 映画「傲慢と善良」製作委員会
(C)2024 映画「傲慢と善良」製作委員会

それが最も強烈に表れているのは、劇中の結婚相談所の所長の言葉です。所長は、ジェーン・オースティンの名作『高慢と偏見』が「恋愛の先に結婚が必ず結びついて考えられているので、“究極の結婚小説”である」としつつ、「対して、現代の結婚がうまく行かない理由は『傲慢さと善良さ』にある」という言説を語ります。

その“傲慢さと善良さ”が具体的にどういうことなのかはここでは伏せておきますが、失踪した婚約者の過去とうそを踏まえれば、所長の分析は確かに当てはまるのだろうと、より痛切に感じられるようになっています。

さらに、その後に語られる婚活中の相手への「値段(点数)」に関する言説は、主人公の男性に当てはまるかもしれませんし、現実に婚活に挑んでいる人にとってはショッキングに聞こえるかもしれません。

(C)2024 映画「傲慢と善良」製作委員会
(C)2024 映画「傲慢と善良」製作委員会

原作小説から強烈なインパクトのある場面でしたが、映画では前田美波里がとてつもない貫禄で結婚相談所の所長を演じているため、有無を言わせない説得力を持たせていて、いい意味で“居心地の悪さ”を感じられるでしょう。

もちろん、物語はそうした「恋愛と結婚の残酷な本質」をただ示すだけでは終わりません。語られた「本当のこと」は確かにあるのかもしれない、「しかし、それでも」と劇中での葛藤を経た上での選択と、たどり着いた「答え」には大きな感動があり、そのためにも前述してきた言説は必要だったと思えるのです。

藤ヶ谷太輔の愛情と、「らしさ」が生きた役柄

藤ヶ谷太輔は映画化が決まる前から、「人生で最も好きな小説」に挙げていたほど原作が大好きだったそうで、「辻村さんは僕のこと知っているのかなって思えるぐらい、僕自身の物語」とさえ思っていたそうです。

(C)2024 映画「傲慢と善良」製作委員会
(C)2024 映画「傲慢と善良」製作委員会

「もし映画化するなら絶対に架(主人公)を演じたい。かなわなければ一生後悔する」という熱意のもと、原作関係者にもアプローチして縁がつながり、オファーがあったのだとか。つまり、俳優からの「逆オファー」とも言っていいほどの作品への愛情が、藤ヶ谷太輔にはあったのです。

監督の萩原健太郎は「スターなのに誰とでも常にフラットに接する藤ヶ谷さんと重なる部分を感じました」「藤ヶ谷さんのコアにある優しさが現場で常ににじみ出ていて、どんどん架の事が好きになりました」とも語っています。

なるほど、その言葉通り、劇中での藤ヶ谷太輔は、人付き合いもよく社会的に成功していて、正直に言えば「いけすかない」印象をやや感じたりはするものの、愛嬌(あいきょう)があり、優柔不断な中にも誠実さが感じられる、応援したくもなってくる、どこか憎めないキャラクターになっていました。

(C)2024 映画「傲慢と善良」製作委員会
(C)2024 映画「傲慢と善良」製作委員会

藤ヶ谷太輔は、最近では映画『そして僕は途方に暮れる』でどうしようもないダメ人間を、本人のメンタルが大丈夫かと心配なほどに全身全霊で演じていました。

もちろんそちらが素晴らしいことも前提として、今回の『傲慢と善良』では藤ヶ谷太輔という本人に近い役柄だからこそ演じられた、「らしさ」が生きた演技であることにも注目してほしいのです。

奈緒の感情や背景を「言葉以上」に表現する演技

奈緒もまた、「辻村先生の作品に出演したいとずっと思っていたので今回夢がかなってうれしいです!」と言うほど、原作に思い入れがたっぷりだったそうです。

(C)2024 映画「傲慢と善良」製作委員会
(C)2024 映画「傲慢と善良」製作委員会

その上で、「私自身いいところばかりの人間ではないのですが、昔から『いい子だよね』と善良に見られることも多いので真実(婚約者)とリンクしました」などと、自身の資質が役柄と重なっていたことも語っています。

萩原監督は「奈緒さんは真実というキャラクターの背景をどこまでも深く広く想像力をもって演じてくださいました。撮影前は想像していなかった真実の姿を見る度に真実が自分の想像を超えて魅力的な女性であると気付かされました」と、やはり絶賛しています。

その言葉通り、発せられる言葉以上の感情や背景が、奈緒の表情そのものから感じられることに圧倒されるでしょう。

(C)2024 映画「傲慢と善良」製作委員会
(C)2024 映画「傲慢と善良」製作委員会

奈緒はこの2024年だけでも、『陰陽師0』『告白 コンフェッション』『先生の白い嘘』と立て続けに映画に出演しており、特に主演作の『先生の白い嘘』では、搾取され続け、精神をむしばまれていく女性を鬼気迫る演技で表現していました。

今回の『傲慢と善良』でも精神のバランスの不安定さを感じるものの、「それだけではない」彼女なりの思い、いや信念はあるのだろうと思わせる様も、大きな見どころです。

原作からの再構成の意義

実は、映画は原作から大胆に「再構成」がなされています。ミステリー性の追求よりも「婚約者への愛が試される物語」を重視することは、2時間(実際には119分)の尺に収める映画化のアプローチとしても納得ができるものでした。

(C)2024 映画「傲慢と善良」製作委員会
(C)2024 映画「傲慢と善良」製作委員会

脚本を手掛けた清水友佳子には強いプレッシャーがあり、再構成の作業は難しく、それでも世界観を見誤らぬよう何度も原作を読み返し、原作者の辻村深月の助言もあって執筆を進めることができたそうです。

その辻村深月が「よくぞここまで彼らのことを理解し、心に迫ってくれたと感動し、大きな感謝に包まれました。作中の架と真実もきっと同じ気持ちだと思います」とまで絶賛しています。

多くの原作ファンにとっても、同じ気持ちで映画を見られるでしょう。納得できる脚本のアプローチに加えて、原作を愛し、言葉以外でも多くを伝える藤ヶ谷太輔と奈緒という俳優の表現力が、この映像化作品を「これ以上はない」ほどのものにしているのですから。

萩原健太郎監督の「花」に込めた演出にも注目

萩原監督は直近でも映画『ブルーピリオド』を、原作の再現度や演出も含めて高いクオリティーに仕上げていました。今回の『傲慢と善良』で注目すべきは「花」の演出です。

(C)2024 映画「傲慢と善良」製作委員会
(C)2024 映画「傲慢と善良」製作委員会

例えば、冒頭に出てくる白いバラは「善良さ」のモチーフであり、それを「ぐしゃぐしゃにする」ことで「傲慢さ」も表現しているのだとか。その他にも、部屋で水をあげているゼラニウムが、母親の実家にもあることで、「母親の影響から抜け出せていない」ことを表現しているのだそうです。白いゼラニウムは「偽り、優柔不断、あなたの愛を信じない」という花言葉を持っています。

他にも小道具にはロケ地には大いにこだわりを感じますし、それぞれのシーンの「含み」を考えると、より面白く見られるでしょう。

萩原監督は、傲慢と善良とは一体何だろうと考え続けていたそうで、それはきっと「表裏一体」なのだと気付いたそうです。

(C)2024 映画「傲慢と善良」製作委員会
(C)2024 映画「傲慢と善良」製作委員会

その上で「今の社会で生きづらさを抱えている人たちが、自分の中のネガティブな部分を受け入れて、完璧ではない自分を愛して前に進めるような映画になっていたらいいなと思っています」と語っています。

劇中の主人公2人はあまりに不完全で、選択も何度も間違ってしまっているように見える、欠点ばかりの人物です。

しかし、それでも、その不完全さも含めて「自分も相手も愛せる」のであれば、それを踏まえた選択を肯定できるし、希望があるとも思えます。前述した通り、「恋愛と結婚の残酷な本質」を示す内容ながら、実はとても「優しい」作品なのです。

この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「CINEMAS+」「女子SPA!」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。

文:ヒナタカ

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