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エルメスの調香師、科学と芸術の申し子クリスティーヌ・ナジェルへの10の質問

  • 2024.9.29

2016年にエルメスの専属調香師となったクリスティーヌ・ナジェルは、スイス・ジュネーブの生まれ。イタリア人の母を持ち、有機化学の研究者だったという、調香師としてはユニークなキャリアを持つ人だ。クロマトグラフィーを専門とするうち、調香師という仕事に巡り合ったクリスティーヌは、ミッシェル・アルメラックに師事し、創造性の扉を開いていく。その後、彼女が手がけた名香は数知れず、その活躍は世に知られている通りとなる。

クリスティーヌが持つひとつの大きな魅力は、研究者らしい未知への探究心と、香りを使って自由に絵を描くアーティスト性を併せ持つところにある。天然素材もハイテク素材もこよなく愛し、純粋なインスピレーションをオーセンティックな様式へとぶつけていく。その姿勢は、エルメスというメゾンにおいて存分に発揮されている。

2024年9月、クリスティーヌによるエルメス初のシプレフレグランス「バレニア」が生まれた。エルメスの官能的なレザーの名を持つこの香りは、情熱的な好奇心を持つ女性の軌跡を描くという。いつも愛とともに斬新なエレガンスを私たちに提案してくれる彼女に、10の質問を投げかけてみた。

Harper's BAZAAR

Q1 自作のフレグランスを通して表現したい感情やムードはありますか。

とても純粋でシンプルなエモーションです。私は、ただ人々に香りを通して感動を与えたい。「あなたのつけている香水は何?」と尋ねられたり、「あなたってとてもいい香りがする」と素敵なほめ言葉をもらうのは嬉しいでしょう? 自分自身が喜びを感じること、そしてその喜びを他者へも与えること。これが大切だと思います。

Q2 どのような方法で香りを創り出していますか?

その作業は、私の記憶の引き出しとともにあります。日々、その日にだけ経験できるイメージや印象、心に刻みつけられる出会いや瞬間がありますが、私はそれらを香りで表現するときが来るまで、記憶としてストックしておくのです。記憶の引き出しは、私の想像力と創造性を絶え間なく豊かにしてくれる存在です。そして日々心に刻むインプットの豊かさを約束してくれるのが、私が働くエルメスというメゾン。ここは素晴らしい歴史と創造性に溢れていて、あらゆる場所にインスピレーションの源が散りばめられています。

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Q3 エルメスが持つ魅力とはなんでしょう。エルメスが提案する香りにはどんな要素が不可欠でしょうか。

エルメスの価値観は「愛」と「時間」によって定義されると私は思います。素材や品質、振舞い、しぐさに対する深い愛、そして振り返り、創造し、与えるための豊かな時間。ここにエルメスらしさがあります。エルメスを象徴する価値観はすべてのメチエ(製品部門)に共通しています。そのためエルメスのオブジェは、そのスタイルや生み出すためのサヴォワールフェール(ノウハウ)、そして品質を見ればすぐに分かるのです。

フレグランスにおいては、さりげない上品さと洗練、そして無闇に強く主張せずとも匂い立つ本物の存在感を、エルメスのスタイルを通して体現しています。エルメスは、フランスの素晴らしい香水作りの伝統を守っているメゾンです。受け継がれてきた伝統と新たな出会いがひとつになることで生まれる自由で大胆な選択が、今という時にふさわしい素晴らしい革新を生む。それがエルメスの香水作りです。

Q4 新作「バレニア」の開発には長い時間をかけられたそうですね。なぜシプレの香りに着手することとなったのでしょうか。着想のきっかけを伺えますか。

「バレニア」は、私の知るエルメスの女性たちから形作られたものです。エルメスの女性が特別なのは、自由で強さを持ち、直感を信じているからです。同様の魅力を持つ、探検家のイザベラ・バードやアレクサンドラ・ダヴィッド=ネール、建築家のシャルロット・ペリアン、作家のナンシー・キュナードなど、個性あふれる冒険家たちからも刺激を受けました。

彼女たちのなかにある直感の正確さや自由の象徴といったキーワードが、そのままシプレを象徴するものとなったのです。シプレの香りをいつかエルメスで生み出すことになるだろうということは分かっていました。しかし彼女たちが持つ気品あるセンシュアリティを理解するには長い時間が必要でした。「バレニア」は、エルメスの女性と素材が出会った美しい物語なのです。

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Q5「バレニア」には、好奇心に満ちたきらめき、静かな気品、深く優美なセンシュアリティのすべてが完璧なバランスで存在していると感じました。どんな素材を組み合わせたのでしょう?

強さと柔らかさのバランスを生み出す素材を選びました。まず、揺るぎなくクリアな第一印象を創り出す、ビスポークで抽出させたベルガモット。明確な個性と洗練が共存するフローラルブーケも必要だったので、力強さと気品を兼ね備え、いきいきとした気分を引き立てるマダガスカルのジンジャーリリーを選びました。ハーモニーと余韻を担うのはトーストしたオークウッド。オークモスにはない温かみと包容力があるのです。そして私のお気に入りはパチョリ。伝統的な天然ハーブと、バイオテクノロジーを駆使した合成パチョリ(ジボダン社のAkigalawood®)を組み合わせています。仕上げにミラクルベリーを使って、魅惑的な甘さを添えました。

Q6「男性らしさ/女性らしさ」の解釈が多様になり、ジェンダーレスにまとえる香水も増えました。「バレニア」はどうでしょうか。時代性にフィットした香りでありながら、新たな「女性らしさ」をやわらかく構築・提案しているようにも感じます。

これは興味深い質問です。社会の動きに合わせて、香水の世界もジェンダーレスなものへと移行しているのは確かですね。けれど「バレニア」を調香しながらすぐに気づいたのです。この香りはエルメスらしさと女性らしさの象徴なのだと。エルメスというメゾンと、揺るぎない伝統と文化に根差すフェミニニティ。私はこれらのビジョンを香りで創り上げたかったのです。

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Q7 女性であることや子育ての経験は、あなたが香りを生み出すことにおいてどのような意味を持っていますか。

私の香水作りには、おそらく触覚的なもの、テクスチャー、素材や手触り、手というもののセンシュアリティに対するある種の敏感さがあります。果たしてこれは、女性であることや、子育ての経験とつながりがあるのでしょうか?そこは、みなさんのご想像にお任せします。

Q8 香水をうまく使いこなすための秘訣、あるいは似合う香りの探しかたは?

香水を選ぶときは、まず自分の直感を信じ、トレンドについては考えないことです。そして忘れてはならないのが時間。その香水を身につけて、香りを楽しんでみる時間を持つことです。

特に何の先入観もなく香水のお店に足を踏み入れるときは、嗅覚も心もオープンになっているはず。まずはブロッター(ムエット)で試し、ピンときたものを選んでみると良いでしょう。選んだら肌につけてみます。理想は1~2日ほどそのまま過ごすこと。その間、最初に香りをつけた時に湧きあがった感情がまだ感じられるかを確かめてみてほしいのです。

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Q9 調香師という仕事に幸せを感じるのはどんなときですか。

日々訪れるあらゆる瞬間や、創り上げてきたひとつひとつの作品、そのすべてを愛し、大切にしています。リサーチやテストのなかで経験する、前進、後退、成功、失敗。「これはどう?」と試すときも、「ああ、違う!」と思うときも、椅子にもたれかかって「そうよ、これ。これだわ」と言うときも、将来を考えるときも、すべてが幸せです。香水こそが私の人生。調香師という私が選んだ仕事にずっと情熱を持ち続けています。

Q10 調香師として、未来に成し遂げたいことはありますか。

肌にまとうストーリーをこれからも語り続けることです。エルメスが与えてくれる、他に類をみない創造的自由を活かして。

問い合わせ先/エルメスジャポン tel: 03 3569 3300

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