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61歳のバレリーナ、アレッサンドラ・フェリ──「年齢を重ねることは美しいだけでなく、祝福でもある」

  • 2024.9.28
Photo_ Kyle Froman
Photo: Kyle Froman

2015年、振付師のウェイン・マクレガーがすでに引退していたアレッサンドラ・フェリに、自身が振り付けたバレエ作品『ウルフ・ワークス』でカムバックしてほしいと相談すると、フェリは迷うことなく「イエス」と返事をした。それは親しみやすい人柄で、礼儀正しい英国人であるマクレガーが、お茶を飲みながら、丁寧にお願いしたからだけではなかった。

それから9年後の今、“プリマ・バレリーナ・アッソルータ”の称号を与えられた世界でも数少ないダンサーであるフェリは、マクレガーが彼女のために創作した役をもう一度踊ることを承諾した。61歳となったフェリは『ウルフ・ワークス』2公演に出演する。作家ヴァージニア・ウルフの人生と作品にインスパイアされたこのバレエ作品は、数々の賞を受賞しているが、今回、アメリカン・バレエ・シアター(以下ABT)でニューヨーク初演を迎える。

最近はめったに舞台に立つことのないフェリだが、マクレガーと再びタッグを組むこと、そして30年間住み慣れた街の舞台で踊ることに、さほど説得は必要なかった。むしろ、フェリは今回の出演に心を奪われていた。ロンドンのロイヤル・バレエ団でキャリアをスタートさせた彼女は、1985年、ミハイル・バリシニコフの直々の誘いで、ABTにプリンシパルとして招かれた。

その後、ミラノ・スカラ座バレエ団でもプリンシパルとして才能を発揮。そこでダンサーとしてだけでなく俳優としても類いまれなる能力を披露した『ロミオとジュリエット』が、マクレガーに大きな影響を与えたのだ。「今のことを『私の人生の第二幕』と呼ぶとすれば、そのなかでもこの役は本当に気に入っています」と、フェリはリハーサルの合間に、『ウルフ・ワークス』で演じた役について語る。

2007年に引退を発表して以来、彼女は何度か姿を現し、待ち焦がれていたファンたちを喜ばせてきた。「幸運なことに、私のためにたくさんの素晴らしい役をつくっていただきましたが、特にこの役は私のなかに深く残っています」とフェリは言う。「一面的には語れない役。ものすごく強く、先駆的でありながら、同時にとても繊細で傷つきやすい。驚くべき女性であり、アーティストの姿が表現されています」

女性の身体の可能性への先入観を覆す

2015年、ロンドンのロイヤル・オペラ・ハウスで行われた『ウルフ・ワークス』のワールドプレミアに出演。Photo_ Tristram Kenton
2015年、ロンドンのロイヤル・オペラ・ハウスで行われた『ウルフ・ワークス』のワールドプレミアに出演。Photo: Tristram Kenton

フェリは役との類似点を見つけ出すために、自らの人生経験という名の井戸に潜っていった。61歳という年齢になっても踊り続けること、そして女性の身体の可能性への先入観を覆すこと──それ自体が重要であると強く意識していた。「バレエは若い人がやるものだと思われています。バレリーナは30代か40代で引退することが多いですよね」とマクレガーは語る。「でも、それはなぜなのでしょう? なぜ私たちは、人の身体表現にそうやって制限をかけてきたのでしょう? 私は、あらゆる年齢の人と仕事をすることを大々的に支持しています。そうすることで、まったく異なるクリエイティブな英知を作品にもたらしてくれるからです」

フェリが演じるのは、身体的に非常に負担がかかる役でもある。それでも妥協なく役に挑む彼女の姿勢は、フェリの役への献身的な姿勢やコミットメント、パワーをさらに証明している。2023年3月に英国でこの役を踊ったのが最後だというフェリは、毎朝ピラティスのクラスとバレエのクラスで体をほぐしてから1時間ほどのリハーサルに向かう。その後、理学療法、マッサージ、アイシングなどでリカバリーの時間をしっかり取る。純粋にハードワークであり、彼女の謙虚さと気概が試される。

しかしフェリは、舞台で自分が踊れば、年齢を重ねることは美しいだけでなく、祝福でもあると後世の人々に気づかせることができると自覚している。「この年齢になると、過ぎゆく人生を受け入れることに対して、より自由な気持ちになれるんです」と彼女はつぶやく。「ある年齢までいくと、以前よりずっと強くなったと感じられるようになる。鏡に映る自分の姿、つまり人生という鏡がより鮮明になり、それを見ることが怖くなくなるんです」

マクレガーと『ウルフ・ワークス』

2023年に行われたロイヤル・バレエ団、マクレガーの『ウルフ・ワークス』に出演したアレッサンドラ・フェリ。Photo_ Asya Verzhbinsky
2023年に行われたロイヤル・バレエ団、マクレガーの『ウルフ・ワークス』に出演したアレッサンドラ・フェリ。Photo: Asya Verzhbinsky

そうしたとどまるところを知らない情熱は、マクレガーが『ウルフ・ワークス』のようなバレエ作品を創作する原動力にもなっている。 約100年前、ウルフは女性が社会で声を上げることを提唱した──どういうわけか、私たちは今でもそれを実現するために戦っているのだが。「だからこそ、イノベーションクリエイティビティや文化教育、そして現状に挑み、今起きていることの多くは問題視すべきであると、社会に気づかせられるアーティストが必要なのです」とマクレガーは言う。

「重要なのは、疑問を投げかけ、推し進め、挑戦し、提唱し、自分たちの声を大にして主張する、人々を代表する多様なアーティストをもっと増やしていくこと。私は『ウルフ・ワークス』を、非常にパワフルな女性たちと一緒につくっています」。そのなかには、照明監督のルーシー・カーターやドラマトゥルクのウズマ・ハメドがいる。「言いたいことが山ほどある人々とコラボレーションするのは、非常に良い刺激になりました」

Photo_ Rosalie O'Connor
Photo: Rosalie O'Connor

マクレガーは、ウルフの流れるような筆致から着想を得た3幕を、直接の翻案にはせずウルフの表現になぞらえている。第一幕の 「I now, I then(今、そのとき)」(『ダロウェイ夫人』にインスパイアされたもの)は、3幕のなかで最も物語性があり、ウルフが描いた世界に登場する人物やストーリーが、直線的ではなく断片的に展開される。「実に美しくてポエティックで、音楽もゴージャスです」と、マックス・リヒターが手掛けたオリジナル・スコアについてマクレガーは語る。

第二幕「Becomings(転成)」(『オーランドー』)には、エレクトロなオーケストラ音楽や極端な身体表現、そしてジェンダーが変わるダイナミクスが盛り込まれ、観客をSFレイヴ・パーティーのような世界へ“突入”させる。「みなさん、この幕が好きなようですね」とマクレガーは笑いながら言う。「窓枠ごと窓を外して、窓ガラスを粉々に叩き割って、さらにレーザー光線で切りつけるような感じです」

第三幕の「Tuesday(火曜日)」(『波』)は、ウルフが夫のレナードに残した遺書など、ウルフの伝記的文章を扱う。「そう聞くと気が滅入るように思えますが、実に希望に満ちていて感動的なのです」とマクレガーは見解を述べる。

クラシック・バレエの観客にとって斬新に感じられるもう一つの要素は、モーリッツ・ユングによるミニマルな衣装だ。チュチュはどこにも登場しない。「そのようにしたのには、よく訓練された人間の身体が、目の前でリアルタイムに動いているのを見るのが好きだというのがあります。それを見たいのです」とマクレガーは説明する。

ミュグレーに着想を得たバレエ衣装

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Woolf WorkPhoto: Kyle Froman

それでも、ファッショニスタたちにはたまらないところがたくさんある。「衣装という点では、第二幕が一番楽しいですね」と彼は言う。「バロックの影響もあれば、透け感があるものもあって、光を反射する金属や金を織り込んだ衣装も出てきます」マクレガーは生前コラボレーションした偉大なファッションデザイナー、故ティエリー・ミュグレーに、思いがけずインスピレーションを与えてもらったという。「残念ながら、私は80年代や90年代に彼がスタジアムで行ったショーを見ることができませんでした。でも、『ウルフ・ワークス』には、まさにあのエネルギーを取り込みたかった。あらゆる芸術形態がダンスだけにとどまらずに、より大きなものと合体すると、一つの〝スペクタクル〞になるのです」

新しいクラシック・バレエの創造

Photo_ Rosalie O'Connor
Woolf WorksPhoto: Rosalie O'Connor

マクレガーが共鳴してやまないもう一つの1990年代の礎は、90年代のニューヨークを特徴づけるエッジのきいた文化だ。多感な若いダンスの生徒だった彼は、ほかのアーティストたちと一緒に大きなロフトに住み、自立や人との思いがけないつながり、そして音楽に没頭できることに喜びを感じていた。

しかし、文化保守主義、スマートフォン、ナイトライフの商品化に包囲されている今、私たちはどのようにして創造的自由の鼓動を蘇らせることができるのだろう? 芸術への資金援助やリソースを増やすことはもちろんだが、ピアツーピアのレベルでは、人々はもっと協力し合うことができるはずだとマグレガーは主張する。「1990年代は、素晴らしいアーティストが若いアーティストと仕事をしていた時代でした。新しい会場をつくることは、その一歩です。私たちは今まさにそれを、ロンドンで行おうとしています。私が立ち上げたクリエイティブ・アート・カンパニー、スタジオ・ウェイン・マクレガーも業界で認められるようになってきましたから。若くて、エネルギッシュで、ワイルドで、ルールにとらわれないアーティストたちを招き入れ、一緒に活動してもらおうという試みです」

マンハッタンのリンカーン・センター内にあるメトロポリタン歌劇場にいるフェリに話を聞くと、今回のプロジェクトも同じく重要だと考えていると話してくれた。『ウルフ・ワークス』をニューヨークの観客に届けることは、ABTにとって「素晴らしい前進」だと彼女は信じている。「『ウルフ・ワークス』は新しいクラシック・バレエです。人の心を揺さぶり、繊細で、力強く、同時に現代的なのですから」

2025年9月にウィーン国立バレエ団の芸術監督に就任するフェリは、人生の第二幕を歩みながら、今のバレエとは何かという疑問が、常に頭のなかにあった。「私は自分のしていることが大好きですし、踊っているときはとても自由で超越した感覚になります。ですが同時に、私のこれまでの経験を伝え、ほかの人たちのためにドアを開けたいとも思っています」と彼女は言う。「私が若いダンサーにそのドアの鍵を渡して、彼らの魂にある何かを解き放つことができれば、美しく充実した時間になるでしょう」

Profile

アレッサンドラ・フェリ

1963年、イタリア・ミラノ生まれ。ミラノ・スカラ座バレエ学校を卒業後、英国ロイヤル・バレエ学校に進学。1980年、ローザンヌ国際バレエコンクールで入賞した後、ロイヤル・バレエ団に入団。1985年、アメリカン・バレエ・シアターに移籍。その後は同カンパニーとミラノ・スカラ座バレエ団のプリンシパルとして活躍し、2007年に引退した。

Text: Freya Drohan Translation: Miwako Ozawa Editor: Sakura Karugane

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