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豊田章男会長の「信任率急落」の衝撃…トヨタ業績絶好調でも株主の3割がノーを突きつけた本当の理由

  • 2024.9.27

いまだ収束の兆しが見えないトヨタグループの認証不正問題。とりわけトヨタ本体の不正が発覚して以来、豊田章男会長への風当たりが強くなったままだ。2009年の社長就任から、業績不振だったトヨタを世界トップに押し上げたカリスマ経営者に何が起きているのか。スコラ・コンサルト創業者の柴田昌治氏は「存在感が大きくなりすぎた今こそ、豊田会長が打つべき手はある」という――。

「型式指定」を巡る不正について記者会見するトヨタ自動車の豊田章男会長(右)=2024年6月3日午後、東京都千代田区
「型式指定」を巡る不正について記者会見するトヨタ自動車の豊田章男会長(右)=2024年6月3日午後、東京都千代田区
豊田会長の“信任率”はなぜ急落したか

今年6月に開かれたトヨタ自動車の株主総会では、空前の好業績とは別に注目を集めたことがある。豊田章男会長の“信任率”だ。

取締役の選任・再任は、原則として株主総会の決議によって決まる。今年の株主総会で、豊田会長の続投(再任)に賛成した株主は71.93%。佐藤恒治社長はじめ95%を超える取締役が多いなか、会長ひとりが70%台と目立って低かった。

豊田会長自身の過去の信任率(再任賛成率)と比較しても、2022年が約96%、23年が約85%だから、この2年間で24ポイントほど下がったことになる。急落だ。

【図表】豊田章男会長の「信任率」推移

トヨタの24年3月期連結決算は、文句のつけようがない好業績だった。営業収益(売上高)は前年比21.4%増の45兆953億円。営業利益は同じく96.4%増の5兆3529億円で、日本企業としては過去最高。最終利益も4兆9449億円と初めて4兆円を超え、日本の製造業では過去最高となった。業績は絶好調にもかかわらず、豊田会長の信任率が12ポイント以上も下がった意味は大きい。

考えられる原因の1つは、相次ぐトヨタグループの不正問題だ。2021年7月に発覚した販売会社の車検不正からはじまり、日野自動車のエンジン不正、豊田自動織機のエンジン不正、ダイハツ工業の衝突安全不正、愛知製鋼の公差不正、そして今年6月にはトヨタ本体でも「型式指定」を得るための認証試験で不正があったと公表された。

複数のメディアで豊田会長に批判的な記事

豊田会長が社長を務めたのは2009年から23年までの14年間。一連の不祥事は、社長時代のガバナンスに問題があったせいだという見方はできる。今年1月に豊田会長が「私自身が責任者としてグループの変革をリードしていく」と述べたにもかかわらず、問題が収束しないうちからトヨタで不正問題が発覚したことへの厳しいマイナス評価とも受け取れる。

いくつかのメディアで、豊田会長に批判的な記事が出たことも影響しただろう。異論を許さない姿勢、好き嫌い人事、優秀な人材が辞めていく状況、息子(大輔氏)の世襲にこだわっているなどの指摘だ。自ら引き上げたイエスマンに囲まれているから、取締役会で会長に異論を唱えるのは難しいといった批判もあった。事実かどうかはともかく、豊田会長のイメージをかなり引き下げる報道だった。

今回の信任率は、株主の3割近くが豊田会長のガバナンスやワンマンぶりに「ノー」を突きつけていると解釈してもいいだろう。なぜ、ここまで豊田会長への風当たりは強くなったのか。トヨタという企業は、自動車業界はもちろん、多くの日本企業にとって経営の参考にしていい存在だ。日本を代表する企業の経営者に、豊田会長は本当にふさわしくないのか。できるだけ詳しく説明していきたい。

イノベーションを妨げる企業風土

バブル崩壊から30年余り、日本企業はグローバル経済の急速な進化に取り残されたように見える。GAFAMをはじめとする世界の主要企業は、その間に次から次へと新たな価値を生み出した。彼らと互角に戦っている数少ない日本企業の代表がトヨタだろう。

世界から取り残された日本企業には、組織の安定を支えてきた共通の風土が見られる。現状維持を何よりも優先し、「予定調和」や「前例踏襲」をよしとする文化。失敗や混乱を極力避け、“調整のための調整”を重ねていく、守りに強い文化。私が〈調整文化〉と呼んでいる風土だ。

〈調整文化〉が強い組織では、メンバーは本音を抑え、規律やルールに従うことが何より大切だと考える。「空気を読む」「同調圧力」「忖度」といった不文律が働いていくため、残念ながら自分で考える力はどんどん弱まっていく。やがて誰もが決断を回避するようになり、事なかれ主義が蔓延する。〈調整文化〉は組織の安定を維持させる一方、新しい価値を生むためのイノベーションに挑戦する姿勢は生みださない。

プラスの側面から見ると、日本人の長所である共感力を高め、以心伝心で効率よく協働する力を生む。例えば、サッカーファンが試合後にスタジアムをきれいに片づけて帰る風習などは〈調整文化〉がベースにある。礼節や格式を重んじる姿勢は日本古来の伝統であり、尊いものだ。問題視すべきは、無自覚に〈調整文化〉のマイナス部分にどっぷり浸かってしまうこと。まずはプラス面とマイナス面を見極め、〈調整文化〉の状況を自覚することが肝心なのだ。

この〈調整文化〉の対極にあるのが、トヨタの現場に強く根づいている〈挑戦文化〉である。自らミッションとターゲットを掲げ、果敢に挑戦する姿勢。目標達成のために必要であれば、あえて空気を読まない場合もある。同調圧力も忖度もない。新しい価値を生みつづけるには〈挑戦文化〉が不可欠である。

メモを持ち寄りアイデア出しをしているチーム
※写真はイメージです
2つの文化は経営の両輪

〈調整文化〉と〈挑戦文化〉を対比させると、見えてくるものがある。

〈調整文化〉の仕事観では、自分の役職や立場に応じて、組織のために懸命に働くことが正しいとされる。一方〈挑戦文化〉の仕事観では、自分の想いや志を起点として役割やミッションを意識し、再定義しながら仲間と協働していくことが正しい。

〈調整文化〉では、あるべき論や建て前論が幅を利かせ、「失敗してはならない」「問題があってはならない」が根底にある。〈挑戦文化〉では、「人間は失敗する」「問題は起こるもの」「問題が起きたなら、原因を追及して再発防止策を講じればいい」が根底にあり、失敗から多くのことを学んでいく。

〈調整文化〉では往々にして、あるべき姿から現状を引き算したギャップを問題として捉える。そのためメンバーは「評論家」や「傍観者」になりやすい。〈挑戦文化〉では、上司と部下、仲間同士は、同じ目標に向けてそれぞれが役割を果たしていく「当事者同士」の意識になる。

バブル崩壊後、調整文化が重石となった

高度成長期の日本企業は、〈調整文化〉のプラス側面である共感力で組織が一丸となって進むと同時に、変化や混乱を恐れず、新しい分野に挑戦しつづける気概があった。〈挑戦文化〉と呼ぶほどでなくても、需要が供給を上まわる右肩上がりの時代は、挑戦のエンジンが自然と備わり、どの組織にも勢いがあった。むしろ、安定成長に必要とされたのは暴走を防ぐブレーキの役割、日本の伝統である〈調整文化〉だった。〈調整文化〉という適切なブレーキが効いたことが日本独特の強さをもたらした、といえる。

しかし平成に入ると、供給が需要を上まわるモノが売れない時代になり、日本全体の勢いが失われた。ビジネスモデルが安定してくると、経営はどうしても守りに入る。知らず知らずのうちに〈調整文化〉のマイナス面の作用が強まってくる。まさに日本企業が活力を失い、経済が停滞した原因だ。

90年代半ば、バブル崩壊後の潮流は合理化だった。〈調整文化〉は安定走行を助けるブレーキではなく、前進をはばむ重石になってしまった。大きなミスは犯さないものの、経済成長は鈍化してしまう。“失われた30年”を生みだした悪しき組織風土だ。

豊田会長の最も大きな功績

トヨタには、失敗を恐れず挑戦を繰り返すという現場発の挑戦する姿勢が企業文化に根づいていた。まさに〈挑戦文化〉である。しかし90年代から2000年代にかけては、グループの利益を優先する守りの姿勢が強くなったように見えた。現場の〈挑戦文化〉を大切に守りながらも、グループ全体をコントロールする〈調整文化〉が優位だった。だから、安定的な経営が維持できたともいえる。

トヨタが変化したのは、豊田章男氏が社長に就任した2008年頃からだ。グループ利益を優先する内向きの姿勢はあるものの、自動車業界や産業界に働きかける外向きの姿勢が表れてきた。

例えば、積極的な社内情報の公開。他社ではまずオープンにしない労使交渉協議会の模様が、YouTubeの動画で閲覧できる。経営側と組合側が社内の問題・課題を真剣に討議する様子は緊張感が高く、観ているこちらまでピリピリしてくる。経営や組織についてヒントが詰まっているので、ぜひ一度ご覧いただきたい。社外の人間がアクセスできるのは貴重であり、こうした外向きの積極的な情報発信は〈挑戦文化〉そのものだ。

豊田会長の功績はいくつも挙げられるが、組織の面では〈調整文化〉優位から〈挑戦文化〉優位へ組織を転換したことが最大の功績だと私は考えている。その結果として、過去最高益などの好業績がもたらされたのだ。

守りのスタンスになじまない性格

組織風土改革に長年携わってきた私から見て、〈挑戦文化〉優位への転換は容易なことではない。〈調整文化〉のエネルギーは強く、社内にかなり抵抗勢力があっただろうと想像する。

おそらく豊田会長は、若い頃から〈調整文化〉と〈挑戦文化〉の見極めができていたのだろう。社長に就任するとすぐに〈調整文化〉優位を壊して〈挑戦文化〉優位の会社に鍛えなおすことに取り組んでいた。ご本人が意図したかどうかは別として、創業家のカリスマ性が効いたことは間違いない。

ただし、圧倒的な業績向上を背景に、当時の豊田社長が絶対的な影響力をもつようになったと語るトヨタ関係者がいる。「豊田社長の権力はあまりに強大だ」といわれだしたのは危険信号だった。

会長に退いたのちには、“院政”を敷いていると話を捻じ曲げた記事も出てきた。絶対的な存在になったトップのもとで、忖度が横行することは想像にかたくない。まだ〈調整文化〉が強かった社長時代に、広報担当者がマスコミの取材者に「豊田社長にこんな質問はしないでほしい」と要望したという話も伝わっている。まさしく〈調整文化〉に染まりきった社員たちの忖度だ。

豊田会長に風当たりが強い理由の1つに、守りのスタンスになじまない性格の問題もある。思ったことをズケズケ言うのは、創業家のわがままなお坊ちゃんというより、〈調整文化〉を嫌う性格からきているのだろう。誤解を招きやすい点だ。

例えば、今年7月に豊田会長は、報道陣に認証不正問題への不満を示し、自動車メーカーが「日本から出ていけば、大変になる。ただ、今の日本はがんばろうという気になれない」「“ジャパンラブ”の私が日本脱出を考えているのは本当に危ない」と語ったという。揚げ足を取られやすく、本音が垣間見える発言はバッシングを招きやすいのだ。

トップの存在が大きすぎると忖度系の役員や社員が増える

会長の存在が大きくなるにしたがって、社内の民主主義が危機に陥る可能性は高い。実際にはワンマンでないとしても、「会長がすべて決める」と誰からも見られてしまうのだ。本人の意思とは関係なく、トップにおもねる忖度系の役員や社員は出てくる。〈調整文化〉への逆行であり、〈挑戦文化〉を望む人たちは不満を抱えるようになる。諦めて会社を去る者もいる。豊田会長が周囲から忖度されることが原因で、優秀な人材が辞めていくのでは本末転倒だ。

忖度系の人たちは、空気が読めて処理能力が高いから、当面は仕事がうまくまわる。しかし問題意識に乏しいから、将来的に問題となりそうな事象を見つけだす力が弱い。10年先、20年先を考えると、〈挑戦文化〉を身につけた人材を高く評価するほうが賢明だ。さもないと、実力のあるカリスマ創業者が後継者を育てきれずに失敗を繰り返す状況に似てくるだろう。

トヨタにとってここが正念場

〈調整文化〉が強い組織では、語られた内容の価値を判断するのでなく、「誰が語ったか」に注目してしまう。「豊田会長が言ったことだから」と会長判断が絶対視されだしたら〈調整文化〉そのものだ。ご本人が望まなくても、忖度系の人たちは「何を語ったか」ではなく、「誰が語ったか」を基準に判断するものだ。この悪弊は組織全体に広がり、現場でも「誰が言ったか」を基準に意見が通ったり潰されたりするようになる。まともな対話ができなくなり、ロジカルな思考が失われていく。

絶対的な権力をもつトップは、組織の客観的な判断基準を言語化すべきだろう。「この判断基準で意思決定するのが正しい」というルールを明文化する。メンバー全員に共通の規範やルールを設けたあとは、たとえトップでも規範から外れた振る舞いは許されない。「誰が言ったか」でなく、内容で判断する価値観を浸透させるうえで必要なことだ。

専制君主が統治する組織と、みんなでルールを共有する民主的な組織では、働く人の意識とパフォーマンスが大きく違う。明文化された判断基準が社内の共通認識になれば、優秀な人材が辞めていくことは減るはずだ。豊田会長が思い描く10年先、20年先のトヨタを考えれば、ここが正念場だと私は見ている。

青空とトヨタのロゴ
※写真はイメージです

柴田 昌治(しばた・まさはる)
プロセスデザイナー代表、創業者
1979年、東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。86年、日本企業の風土・体質改革を専門に行なうスコラ・コンサルトを設立。30有余年にわたる改革の現場経験の中から、タテマエ優先の“調整文化”を象徴する〈閉じる場〉が培養する、社員の思考と行動の縛りを〈拓く場〉を経験することで緩和し、変化・成長する人の創造性によって揺らぎながら組織を進化させる方法論〈プロセスデザイン〉を結実させてきた。『なぜ会社は変われないのか』『トヨタ式最強の経営(共著)』『なぜ社員はやる気をなくしているのか』『どうやって社員が会社を変えたのか(共著)』『なぜ、それでも会社は変われないのか』(いずれも日本経済新聞出版)、『成果を出す会社はどう考えどう動くのか』(日経BP社)、『日本企業の組織風土改革』(PHPビジネス新書)、『日本的「勤勉」のワナ まじめに働いてもなぜ報われないのか』(朝日新書)など著書多数。

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