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「キャラクターを生きている人として描きたい」大人気漫画『不運からの最強男』作画・中林ずん先生の原点とは?

  • 2024.9.26
ダ・ヴィンチWeb
『不運からの最強男6』(中林ずん:作画、フクフク:原作/スターツ出版)

漫画家、イラストレーターとして活躍する中林ずん先生。ライトノベル原作の漫画『不運からの最強男』(中林ずん:作画、フクフク:原作/スターツ出版)では、不運すぎる人生が一変、異世界への転生で“強運”を得た主人公・ジークベルトの成長物語を描いている。ファンタジーの世界観を具現化する上で大切にしているもの、同作への思いなど、作画を担当している中林ずん先生と担当編集のTさんに伺った。

コミカライズではキャラブレを防ぐため「一人称」を大事に

同作は、事故によって転生した世界で規格外の「幸運値」やケタはずれの魔力、相手の能力をみきわめる「鑑定眼」などを得た主人公・ジークベルトを中心に描かれるファンタジー作品。原作は「小説家になろう」発で、コミックには原作者書き下ろし小説も収録されている。

――原作小説の感想を、伺いたいです。

中林ずんさん(以下、中林):パッと浮かんだ風景、キャラクター同士の関係に惹かれました。重めの世界観が好きなので、自分の趣味にも合っていたんです。私の描きたい世界観を描けると、ワクワクしました。

――当時、心惹かれたキャラクターは誰でしたか?

中林:主人公・ジークベルトの姉、マリアンネです。幼少期の口調がすごくかわいらしくて、家族との関係にも惹かれました。彼女の存在は、コミカライズを引き受けようと思った動機でもあるんです。ただ、マリアンネだけではなく、一人ひとりのキャラクターの人生を深掘りしながら、読みました。

――コミカライズにあたっては、どのような視点で原作と向き合うのでしょう?

中林:原作の流れを汲んでキャラブレを起こさないように、一人称には特に気をつかっています。ただ、描き続けるにつれて物語の流れが変わってくる場合もあるんです。筋書きはできる限り反映して、キャラクターの人生を大事にしながら手を動かしています。

――本作では、原作者のフクフクさんと密にやり取りされているのかと思います。

中林:担当編集の方を介することが多いんです。ネームが通ったときには「ここがよかったです」とおっしゃっていただいたと聞き、単行本の発売も「喜んでいらっしゃいました」と聞いたときは、うれしくなりました。原作者の方からの言葉はありがたいですし、質問があれば私も「なぜこうなったのか」と具体的に返します。毎回、フクフクさんはカバー表紙裏の4コマを楽しみにされているようで「ずっと続けてほしい」という声もいただきましたし、思いつきではじめたんですけど、私も続けられればと思っています。

――担当編集のTさんは、中林ずん先生のイラストによって作品の世界観がどのように広がったとお考えでしょうか?

担当編集・Tさん(以下、編集T):作品の温度が上がったのではないでしょうか。もちろん原作の小説時点で解像度高く、質感を覚える世界観ではあるのですが、中林先生の絵で家族の温もりや、白熱したバトルの熱さ、こみ上げる感情の波など…キャラクターの生活を間近で見ているような、作品に降り立てるような色鮮やかな世界に広げて頂いたと思っています。

また一つ一つのコマの美麗さに加えて、その連なるコマで紡がれるキャラクター達の心揺さぶる物語は、中林先生のキャラクターの動きのリアルさであったり、背景の小物に生活感を出すなど細かな部分まで作り込むイラストレーターとしての一瞬を切り抜く上手さと、流れの中で変化するキャラクターの感情を捉え一人一人の人生として紡いでいく漫画家としての才能がマッチした事によって生まれている気がします。

作品を理解するにつれて強まる「生きている人」として描く思い

――編集Tさんに伺いたいのですが、いわゆる「転生モノ」ですが、本作ならではの魅力は何でしょうか?

編集T:コミカライズが動き出す際に原作者のフクフク先生が大切にしたいと仰っていた「家族」や「仲間」との絆を中林先生が汲み取り、キャラクターのこみ上げる想いをあますことなく描かれているところが魅力だと思っています。

また、誰かが壁にぶち当たっても諦めることなく、主人公のジークを筆頭に絆の力で「不運」を「チャンス」に変えて「幸運」を掴んでいく…紙一重だけれども考え方ひとつで物事の行く末が大きく変わっていくのも魅力ですね。私達の生活にも時折現れる壁や試練に対して、それを不運と捉えるかチャンスと捉えるか…読後に運に対する考え方が変わり、目の前の障壁に対して前向きになれるかもしれません。

――編集Tさんがキャラクターの感情をあますことなく描いている点が魅力だとおっしゃっていましたが、小説のコミカライズでは、キャラクターを絵として動かす苦労もあるかと思います。

中林:顔や表情は、小説にある口調や行動からイメージをふくらませて、ラフ画を作り、具体化していきます。異世界に転生した本作の主人公・ジークベルトは、誰よりも先に走り、目標へ向かって動くキャラクター性を重視して、困難に立ち向かっていく“少年漫画の主人公”を意識しています。

――描いていく中で、愛着がより強くなったキャラクターもいますか?

中林:ジークベルトの兄であるアルベルトと、仲間のニコライです。アルベルトは“ザ・好きなキャラ”で、6巻で人生を深掘りできたのが楽しかったです。ニコライは描き続けながら、歩んできた人生を想像するうちに思い入れが強くなったキャラクターで、4巻では力も入りました。

――描くにあたって、苦労するキャラクターも?

中林:マンジェスタ王国の王太子であるユリウスと、ジークベルトの叔父にあたるヴィリバルトです。単純にイケメンを描くのは苦手で、意識を強く持たないとカッコよくならないし、作画量も多いので、気をつかっています(笑)。

――お話を伺っていると、キャラクターとほどよい距離感を保っている印象も受けます。

中林:私個人の感情や思い入れもありますし、生きている人として描きたい気持ちは、物語への理解が深まるにつれて増していきます。原作者や作品を愛する方々に喜んでいただけるのが一番なので、どうしても元の筋書き通りに進まなくなる心苦しさもありますけど、好きな世界観やキャラクターを描かせて頂けているのはありがたいです。

手に汗握る戦闘シーンでは「上下」の動きにも意識を

――感情込み上げるキャラクターの表情も、印象に残りました。

中林:4巻は、ニコライの“泣き顔”を描くために頑張ったといっても、おかしくないほどです。感情が前面に出るシーンを軸に、描き切りました。そこへ至るまで、彼にはどんな背景があったのかを強く意識したみどころです。

――手に汗握る戦闘シーンもみどころで、描かれる上での意識は?

中林:コマ割りではゲームの戦闘シーンのように、キャラクターの決めカットを必ず入れます。躍動感を表すため、人体の図鑑で動きを研究し、描く際には可動フィギュアも参考にしているんです。動作によって手がどこにあるのか、布はどのように動くのかとシミュレーションして、不自然に見えないように描きます。

迫力をもたせるためには、激しく上下に動かすのも重要なんです。担当編集の方にすすめていただいた鳥山明先生の『ドラゴンボール』は、戦闘シーンではキャラクターを“持ち上げて、力強く下ろすシーン”が目立っていて、参考にしました。コマのアングルも下から描くとより迫力が出るので、強く意識しています。

――主人公・ジークベルトたちが暮らすアーベル家の屋敷など、日常的な場面では親近感もわきます。

中林:行ってみたいファンタジーの世界を意識しているんです。現実で参考にしている国はありますけど、ワクワクをプラスできるように、楽しみながら描いています。細かな装飾にはこだわり、資料にある貴族のお屋敷には壁に繊細な模様が描かれていることが多いので、できる限り描くようにしているんです。キャラクターの生活感が出るように、さりげなく本や写真を置いたり、影をしっかり描き込んだり、読者の方々に“人が生きている”と伝わる空間を心がけています。

人との出会いにある“運”が今につながる原動力に

――主人公・ジークベルトは転生後に“強運”で困難を乗り越えます。鑑定眼で相手の能力を見抜く素質もありますが、憧れますか?

中林:チャンスに恵まれるのは、うらやましいです。でも、鑑定眼はいらないかな。現実にあったら使ってしまいそうですし、世の中には知らない方がいいこともあるので、私には身に余ります(笑)。でも、誰もがうらやむ能力を持っていますけど、その裏返しで、弱さもあるから周りの力を借りながら困難を乗り越えていますし、自分の力を正しく使っていくまでの成長過程をしっかり描きたいと思っています。

――中林先生自身は“運”に恵まれていると思いますか?

中林:これまで出会った方々で、いい人が多かったんです。漫画家としては『少年サンデー』へ読み切りの作品を送り、佳作をいただいたのがデビューのきっかけで、当時の担当編集の方に紹介していただき、恩師にあたる若木民喜先生のアシスタントになれました。当時があったから、漫画を描き続けられていますし、『サンデーうぇぶり』の『東京軌道エレベーターガール』や、今回の『不運からの最強男』に関わらせていただけたのも、人とのつながりにおける“運”に恵まれていたからだと思っています。

――原点に立ち返ると、いつからご自身で漫画やイラストを描かれていたのでしょう?

中林:小学生の頃でしょうか。高校時代に進路を考えたとき、飽き性な自分が「ずっと変わらず、絵だけは好きで描き続けている」と思ったんです。卒業後、漫画専門学校に進学したのも純粋に絵を描くのが好きだったからで、プロになれるとは考えていなかったです。学校卒業後に経験を活かして描いた作品が『少年サンデー』で佳作をいただいて、今があります。

――Xでは、シミュレーションRPG『ファイアーエムブレム』のファンだと公言されていて。ゲームの影響も受けているのかと。

中林:シリーズ通して長く愛している作品で、ファンタジーを描くにあたっての理想でもあります。キャラクターの人生がしっかりと描かれているし、血の通った人間であるのが伝わってくるので、誰が好きというのも惜しいほど全員に愛着が湧くんです。『ファイアーエムブレム』のようなキャラクターを描くために、イラストの修行をしていたといっても過言ではありません。

漫画家として、イラストレーターとして描くビジョン

――好評な『不運からの最強男』を経て、その先へのビジョンはいかがでしょう?

中林:漫画家としては充実していますし、現状維持しながらよりよい作品を作れるように頑張りたいです。イラストレーターとしての活動は日が浅く、実績は少ないので、いずれ、大作のキービジュアルを任せていただけるほどのクオリティを出せるように、修行を続けていきます。

――漫画家とイラストレーターでは、違いもありますか?

中林:戦うフィールドの違いはあります。漫画は、出版社の方からお仕事をいただくのが基本ですけど、イラストレーターは仕事の選択肢が広いと感じるんです。これまで関わらせていただいた小説イラストやソーシャルゲームのお仕事以外にも、トレーディングカードゲーム、VTuberの方々と幅がありますし、いずれは大好きな『ファイアーエムブレム』にも関われるように、何でも挑戦していきたいと思います。

――さらなる広がりも期待される活動で、変わらぬ軸も伺いたいです。

中林:絵を描くのが好きな気持ちは、昔も今も変わりません。小学生の頃、パソコンでマウスを使い、好きなゲームキャラのカービィを描き続けるのが、楽しかった記憶として残っているんです。教科書やノートの裏にイラストを描いていたのも覚えていて、当時の思いはこの先も忘れたくないです。

取材・文=カネコシュウヘイ

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