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満島ひかり×又吉直樹 ふたりで生み出す「回文+ショートストーリー」。GINZA連載から書籍化『軽いノリノリのイルカ』制作秘話を語るインタビュー

  • 2024.9.24

俳優・満島ひかりさんの特技は、なんと回文(上から読んでも下から読んでも同じ文章)。クスッと笑える面白い回文や、詩的で美しい回文などさまざまなテイストの回文に、芸人であり作家の又吉直樹さんがオリジナルのショートストーリーをつける――

ファッション誌『GINZA』で2年半間続いてきた異色の人気連載が、このたび単行本として発売された。今回のインタビューでは、ニッチで新しい「回文文学」の魅力について存分に語ってもらった。

「回文」は、リズムと一緒に浮かんでくる

――お二人が「回文」を初めて知ったのはいつ頃ですか?

又吉:僕は小学生のときですね。でも「新聞紙」とか単語のレベルで、長い回文についてはこの連載を担当するまではまったく知らなかったです。

満島:私も子どもの頃です。友達の名前でしりとりをしたりとか、言葉遊びの流れで自分の名前を反対から読んだりしてました。あと有名なCMがありましたよね、「上から読んでも山本山 下から読んでも山本山」って。

――世の中には有名な回文がいろいろありますが、何か好きなものはありますか?

満島:「手伝って(てつだって)」が回文だと気づいたとき、初めて「わあすごい!」と感動しました。長い回文は作っていて面白いんですけど、短くて誰もまだ発見していないものが見つけられたら、嬉しくなります。又吉さんやミュージシャンのお友だちには「寝たきりくつ下 しっくりきたね」と「メカとか駄目な、メダカとカメ」はすごい人気でしたよ。

――短い回文は誰でも思いつきやすいので、オリジナリティを出すのが難しいのでは?

満島:なかなか見つからないですよね。でもまぁ、私にとって回文は気持ちを詰めて作るものでもないので、もしも見つかったらラッキーってくらいで、ゆるく探しています。探してもいないか(笑)

――「軽いノリのイルカ」ではなく「ノリノリの」と言葉を重ねられたところが満島さんの個性だなと感じました。そうやって言葉をリフレインさせた回文もいくつかありますね。

満島:音感がいいものが好きなんです。「白馬の殿下の奇跡のカンでの爆破」とか爆発する音がたくさんある感じとか、聞いていて面白い文章がいいですよね。声に出した音で景色が見えてくるような、ときめく感じに惹かれやすいかもしれません。私は回文を作るとき、メモを取らずに頭の中だけで文字を浮かべることが多いので、リズムがないと上手く作れないんです。メモを取るときは確かめながらできるんですけど、いつも寝っ転がったり、ポーって窓の外見ながら作ってたりするから、リズムがないと「なんだっけ?」となっちゃって。

又吉:満島さんは、たまに何人かでしゃべってるとき、誰かの台詞を拾って「あ、これ回文だ」とか気づくんです。

満島:ぜんぜん、一生懸命作ってなくて。ずっと頭を使ってるのは疲れるから、本当にちょっとレム睡眠みたいな状態で、ぼんやりしてるときの方が回文が浮かんでくるんです。だからふわっとした雑談の中で「あ、この言葉回文だ」みたいに気づいたり……もちろん人の話をちゃんと聴いてないわけじゃないですよ(笑)

「回文」だと好きが溢れて大胆になれる

――話は変わりますが、回文のルールとして文字に「゛(濁点)」をつけたりつけなかったりすることを「濁点変換」といいますよね。今回は濁点変換なしの「完全回文」で統一されていますが、そこはこだわりがあったんでしょうか?

満島:そういうルールがあるんですね、はじめて知りました。私のは完全回文だと思います。回文を読んで「全然違う、テンテンついてる!」って文句言われたくなくて。やっぱりふりがなを見て「本当だ、後ろからも一緒だ!」とか、そういう発見を面白がって欲しいんです。そこに又吉さんのショートストーリーもプラスして、「こんな気持ちになれるんだ」とか、反応してもらえたら最高です。

――又吉さんは回文からストーリーを考える側として、満島さんは回文の作り手として、回文の魅力や面白さはどんなところだと思いますか?

又吉:満島さんに回文を見せてもらったときに「こんな長いものが作れるんだ!」っていうのが単純に面白かったですね。あとは回文の中に出てくる言葉は、ちょっと無意識というか、本来満島さんが言わへんようなことも含まれてくるのが面白いなっていう。

満島:回文は文章が鏡合わせになるので、私が作った文章じゃない感じになるんですよ。回文が生まれるときって、今まで読んだ本とか出会ってきた人たちとの会話とか、景色や色も含めて「好きだな」と感じたもののストックが溢れちゃう感じがします。

又吉:なんか冷静じゃないみたいな?

満島:うん、だから結構大胆になれる。普通だとこの言葉ちょっとドキドキして選べないみたいな言葉を全然書けちゃう。私のは、聖(セイント)になりがち……。

――聖(セイント)とは?

満島:どこか神話的というか、教会のステンドガラスから差し込む光みたいな? そういう回文が自然と浮かんでくる感じがします。

又吉:たしかに満島さんの回文には、詩のような言葉の流れがあって、物語のイメージが湧きやすかったですね。引っかかりがある強い言葉がところどころに含まれているので、コントとか普段ゼロから物語を作るときよりスムーズにできました。

回文から物語を作る苦労はまったくなかった

――又吉さんは、ストーリー作りで苦労したりしなかったんですか?

又吉:まったく無いんですよ(笑) 一番早くできたのは「寝たきりくつ下 しっくりきたね」。この回文が届いたとき、突然電話がかかってきて「祖父が亡くなった」って知らされたんです。「あーじいちゃん亡くなったんや、じゃあじいちゃんのこと書こう」と思って、その物語の中でおじいちゃんに会いに行くっていうのを書いたんですよ。ほぼ一時間ぐらいで。

満島:それは早い!

又吉:自分のことを書いたのは、本の中ではもう一個ぐらいしかないんですけどね。そういう風に、回文の力で引っ張り出される記憶に自分でも驚いたりしました。

――回文から物語を膨らませていくのに苦労はなかったということですが、いわゆる「三題噺」のようにランダムにお題を出されたときと、何か違いがあったりしますか?

又吉:回文には詩のような響きがあるんで、単語だけ投げられたときよりもスムーズに書けますね。回文を自分でも口に出して読んでみたりして、流れとか雰囲気とかも含めて、物語に生かしてます。

――回文から物語を作るのは、かなり難易度が高そうですが……。

又吉:実際難しいけど、楽しいんですよ。たとえば「単語3つ入れて物語を作ってください」って、結構簡単ですからね。やろうと思えば20個でも入れられるし。それよりは、音読した時の響きとか、早口になるなとか、ゆったり目やなとか……一個一個持ってる単語が膨らんでるのか、緊張させてるのか。強めか優しめかみたいな、そういうリズムを入れていく感じですかね。

回文、小説、写真がシンクロする世界初の書籍

――逆に満島さんが、又吉さんの文章を見て驚かれたことってありましたか?

満島:実はこの本を作っているときに、ちょっと神がかったような不思議な事が起きたんです。とある回文を又吉さんとカメラマンさんと同時に送ったら、お互いが送り返してくれた物語と写真が完全にマッチしていて「コワっ!」てことが……。

又吉:インスピレーションが重なると、おとぎ話みたいなことが起こるのかもね。

――回文やストーリーを考える際は、アイデア出しなどをお二人でやり取りしていたんですか?

又吉・満島:ゼロですね。

――たとえば又吉さんのストーリーを見て、それに触発されて満島さんがその後の回文を書いたことは?

満島:それもなかったです。

――つまり、満島さんはすべての回文を新たに生み出している?

満島:はい。連載は、お互いストックが無い状態でやっていました。

又吉:2年半ぐらいね。

満島:ぎりぎりなときもありました(笑)。又吉さんの締め切り明日なのに、まだ回文ができてなかったり。

又吉:なんか簡単な回文の回かな(笑)

満島:そう、簡単なやつ。キノコの回文「この木、キノコ食べた?…ええ!? 食べた!! この木、キノコ」の時は締め切りが迫っていたと思う(笑)。

――連載中、お互いに感想を言い合ったりはしましたか?

満島:それもあまりなかった。たまたまお会いしたタイミングで「あれ面白かったね」とか言うくらい。

又吉:「なんか全部がしっくりきすぎて怖かった」みたいな感じの話はしましたね。

満島:本当に、こっちが「いけるかな?」って不安に思いながら回文を出しても、ショートストーリーと写真があることで、3つが揃うとお互いに補っていい塩梅になってたりするんですよ。「心映る川と月、甘い恋と曖昧、あと憩い。まぁきっとわかる、通路ここ。」という回文の回は、私が河辺で髪の毛が青く写ってる写真があって、又吉さんの文章は河童に川に引きずり込まれちゃう女の話だったりとか……私は全然そんな話だと知らないで写真を撮っていたから、もうぴったりすぎちゃって驚きました。

又吉:そういうのが何個かあるんですよね。

――回文と小説と写真が合わさった形態の文学って世界初だと思いますが、この本をどんな方に読んでもらいたいですか?

満島:そうですね……言葉が好きな人、物語が好きな人、デザイン好きな人、あとはなんとなく本を読んでみたいけど、文学とかちゃんと読むタイミングなくて「今さら読み始めてもちょっと遅いかな?」と思っている人がいたら、入口としてもいいんじゃないかなと思います。

又吉:物語のジャンルもバラバラだし、あんまり人を選ばないような気がするので、パラッとめくって気になったものから読んでもらえればいいかなと。

満島:本当は著者名も載せたくないぐらい、意味が分からない感じを勝手に目指してたんです。本の造りも、ザラザラした紙や、ツルツルした紙を使ったりとか、なんでここはこの色なんだろうとか……。さほど意味はないけれど、でも読んだ方の心に一部が刺さって「誰あれ書いたの」みたいなぐらいでいいかなって。私もどこか他人事で作れてる感じが面白かったし、連載という形態と相性が良かったかもしれないですね。

又吉:そういえば「美容室で読んでめっちゃ面白かった」みたいな感想を何人かにもらいましたよ。髪の毛いじってもらいながらでも読めるみたいな。

満島:逆に一気読みするとぐったりしちゃいそう(笑)

又吉:2年半分の何かが出てきてるから……(笑)

満島:でもこのショートストーリーから、いくらでも広げられますよね。映像も作れそうだし……とにかくこの本を読むと想像がいっぱいできて、言葉って自由でいいんだなぁって思えます。読者の皆さんにも、ぜひ自由に読んでもらいたいです。

取材・文:三田たたみ

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