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役職剥奪の喪失感と収入半減のショックで夫がモラハラ化…定年を待たず「役職定年離婚」増加の背景

  • 2024.9.24

厚生労働省の統計によると、2022年の離婚における、同居期間が20年以上だった「熟年離婚」の割合が過去最高に上った。離婚や男女問題に詳しく、著書に『モラハラ夫と食洗機』がある弁護士の堀井亜生さんは「『熟年離婚』というと定年退職をきっかけに離婚するというイメージが強いが、最近では定年退職より前の役職定年をきっかけに離婚を考えるケースが増えている」という――。

※本原稿で挙げる事例は、実際にあった事例を守秘義務とプライバシーに配慮して修正したものです。

妻を責める夫
※写真はイメージです
役職定年後の給与明細に驚き

専業主婦のA子さん(50歳)は、大手メーカーに管理職として勤める夫(55歳)と、大学生の長男(22歳)と暮らしていました。夫はいわゆる昔ながらの会社員で、接待の飲み会やゴルフで家を空けることが多く、家のことは妻に任せきり。A子さんは夫から渡される生活費をやりくりして家事と育児をこなしてきました。

夫は65歳で定年退職の予定ですが、それより前に役職定年を迎えました。役職定年とは、一定の年齢に達した社員を管理職のポストから退かせて、一般職などの待遇に変更する制度です。

A子さんも夫も、勤務先にそういう制度があることは理解していたものの、いざ役職手当がなくなった給与明細を見て驚きました。月収がそれまでのほぼ半分になっていたのです。

夫は「こんなに減るなら老後どうしたらいいんだ」と慌てました。そして今まで見ようともしてこなかった家計の通帳をA子さんに出させて、「全然金が貯まっていないじゃないか。今まで何をやってたんだ」と怒り出したのです。

生活費は夫に渡された金額でやりくりしていましたし、それ以外も住宅ローンの返済や長男の学費、夫の両親の医療費の援助等に使っていて、思ったよりは貯まっていません。A子さんは「給料はかなり減ったけれど、長男ももうすぐ就職だし、つつましく暮らせばやっていけない金額ではないから……」と言ったのですが、夫は聞きません。「俺は一生懸命働いてきたのにお前の無駄遣いのせいで貯金ができなかった。これからは自分が家計を管理する」と言い出しました。

レシートや過去の通帳を細かくチェック

しかし、買い物などはこれまでと変わらずA子さんの役目です。夫のやることといえば、A子さんが買ったもののレシートをチェックして、「トイレットペーパーはこんなに高いものなのか、もっと安い店があるんじゃないか」などと問い詰めるばかり。

とはいえ、全く家事に関わったことのない夫の指摘なので、どれもこれも的外れです。日用品も食料品も近所で安い店を探して買っていることなどを説明すると、夫は面白くなさそうな顔になり、「口答えするな!」と怒鳴ります。

休みの日には、昔の通帳を引っ張り出してきて、「この支払いは何なんだ」「もっと安くできたんじゃないか」と過去のお金の使い方に文句を言い、息子の中学受験の塾通いの費用にまで文句を言い出します。「2人で相談して決めたじゃない」「これは理由があって払ったものでしょ」と説明すると、「俺は認めてない」「聞いていない」とまた怒ります。

夫は残業や接待がなくなり早く帰宅するようになったため、役職定年前より2人で過ごす時間が増えましたが、その時間は専ら家計やA子さんのお金の使い方に文句を言っているだけです。

もともとあまり会話のなかった夫婦ですが、夫は一日中不機嫌な顔をして理不尽に怒るようになりました。しかし夫に家計管理ができるはずもなく、ただ何かにつけて「それはいくらだ」「誰の金だと思ってるんだ」と言い、時にはA子さんを突き飛ばしたり、ひどい時には手を上げたりすることもあります。A子さんは夫におびえて暮らすようになり、夫といると動悸どうきがしてくるようになりました。

「定年退職後はどうなるのか…」悩んだ末に別居

役職定年でこんなことになるようでは、定年後に毎日一緒にいるとどうなってしまうのか……。A子さんは悩みに悩んで、長男が独立後に自分も家を出て別居を始めました。そして私の事務所に相談にいらっしゃいました。

収入や財産の資料を見せてもらうと、確かに役職定年をきっかけに夫の給与が大幅に減っています。ただ、A子さんが言った通り、生活できないほどではなく、夫婦2人で暮らすには十分な金額です。

A子さんによると、夫は役職定年後、飲み会やゴルフも減り、家にいることが多くなったそうです。おそらく、夫が暴力的になったのは、役職定年で管理職の肩書がなくなったことや、給料が減ったことで、プライドが傷つけられたことによる影響も大きいのだろうと思いました。

A子さんの依頼を受けて、夫に婚姻費用(別居中の生活費)の請求をしました。夫は弁護士を立てず、「妻は勝手に出て行ったのだから婚姻費用は支払わない」と反論しました。

妻は勝手に出て行ったのではなく、夫の暴言や暴力が原因であることを説明して何度かやりとりをしました。そのうちに夫はようやく基準通りの婚姻費用を払うようになりました。どうやら、争い続けて婚姻費用を支払わないと、給料が差し押えられて会社に知られる可能性があると気付いたようでした。

「謝れないならこのままでいるしかない」

こうしてA子さん夫婦は別居の状態でひとまず落ち着きました。

今後の方針を打ち合わせるために事務所に来ていただくと、A子さんは夫と長男のLINEを見せてくれました。夫は「母さんに帰ってくるようにお前から言ってほしい」と言っていて、長男にそれなら謝るようにと言われると、「男が頭を下げることなんてできない」「俺が養っていたんだから多少やりすぎても母さんは我慢すべきだった」という返事をしていました。

A子さんは、「別居することで夫がつらい気持ちをわかってくれればと思っていたのですが、謝れないならこのままでいるしかないですね……」とおっしゃいました。

離婚を進めるかどうかA子さんに考えてもらったところ、A子さんは悩んだ末、「息子のためにも夫と縁は切らず、このまま別居生活を続けようと思う」とおっしゃしました。パートを始め、今後のことを考えながら暮らすそうです。

増えてきた「役職定年離婚」

2020年ごろから、「役職定年で夫の給料が下がったことをきっかけに夫婦仲が悪くなった」という相談をよく聞くようになりました。今回は妻からの相談ですが、夫からの相談もあります。

離婚に占める「熟年離婚」(同居期間が20年以上)の割合は上がっており、厚生労働省の人口動態統計によると、2022年の熟年離婚の割合は過去最高の23.5%に上っています。

【図表】熟年離婚数と熟年離婚率の推移
熟年離婚=同居20年以上での離婚。熟年離婚率は、同居期間不詳を除いた離婚総数に占める熟年離婚の割合。厚生労働省「人口動態統計」より編集部作成

熟年離婚といえば、「夫の定年退職によって毎日家で顔を合わせるのが耐えられないから離婚する」というイメージが強いと思います。しかし、最近は、それより前の役職定年をきっかけに離婚を考える人が増えているのです。

突然リストラされる場合とは違い、役職定年は会社の制度としてあらかじめ周知されているものです。それでも、実際に給料が下がることのインパクトは大きく、ここをうまく乗り越えられない家庭が出てきてしまうようです。

原因としてまず考えられるのは、現実的なライフスタイルを考えてこなかったということです。

役職定年が視野に入ってくる50代の人は、いわゆるバブル世代です。その親の世代は、ローンで家を購入して、年功序列で定年まで給料は上がり続けるので貯蓄もできて、退職金でローンを返しても退職金の残りと年金で悠々自適に暮らしてきていた人たちです。

自分たちの老後も同じような暮らしになると考えていたところに役職定年で給料が下がると、「こんなはずではなかった」と慌ててしまいます。そしてあまり気にしていなかった貯蓄の額を確認して、思ったより貯まっていないことに驚き、夫婦でどちらのせいなのかとけんかが始まってしまう……。そんなケースが少なくありません。

離婚届を差し出す手元
※写真はイメージです
役職定年でもともと不仲な夫婦に亀裂

金銭面以外に、仕事のモチベーションが低下することも夫婦関係に影響します。管理職でなくなると業務の内容も変わるため、定年はまだまだ先と思っていたのに、会社の第一線から退くことになります。思ったより早く人生の終わりが見えてきて、自分の居場所がなくなっていくような気持ちになり、そのストレスから家族に厳しく当たるようになります。

このように、役職定年による金銭面と精神面の影響は小さくありません。とはいえ、仲の良かった夫婦が役職定年を機に不仲になるというよりも、もともと夫婦が不仲で、家計管理をどちらかに任せきりにして意思疎通がおろそかになっており、役職定年によってその問題が浮き彫りになってくるというイメージの方が正しいでしょう。

こういったところは、定年退職の際の熟年離婚と似ている部分があります。そのため、役職定年で不仲になる夫婦は、たとえ役職定年がなくても、定年退職の際に同じ問題が起きるものと思われます。

定年退職前の離婚でも退職金は財産分与対象に

よく勘違いされるのですが、定年退職の前に離婚する場合でも、別居した時点の退職金額が財産分与の対象になります。そのため、退職金をもらって離婚するために定年退職を待つ必要はありません。むしろ、退職金が支払われた後に離婚に向けて動き出すと、すでに夫に隠されたり、消費されたりしてしまっていることもあります。

とはいえ、退職金は昔に比べて受給額が低くなってきていますし、残りの住宅ローンの返済に充てなければいけない場合があるため、離婚して退職金をもらっても金銭的には厳しいことがほとんどです。事前にシミュレーションをして、それでも離れて暮らすことを選ぶか、お金がないからと我慢して一緒に暮らすことを選ぶことになるのが、昨今の熟年離婚の現実です。

堀井 亜生(ほりい・あおい)
弁護士
北海道札幌市出身、中央大学法学部卒。堀井亜生法律事務所代表。第一東京弁護士会所属。離婚問題に特に詳しく、取り扱った離婚事例は2000件超。豊富な経験と事例分析をもとに多くの案件を解決へ導いており、男女問わず全国からの依頼を受けている。また、相続問題、医療問題にも詳しい。「ホンマでっか!?TV」(フジテレビ系)をはじめ、テレビやラジオへの出演も多数。執筆活動も精力的に行っており、著書に『ブラック彼氏』(毎日新聞出版)、『モラハラ夫と食洗機 弁護士が教える15の離婚事例と戦い方』(小学館)など。

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