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芥川賞を受賞した話題の一冊! 山と人生を重ねて瞑走する純文山岳小説/松永K三蔵さん新刊『バリ山行』インタビュー

  • 2024.9.22

山は世界のあり方とも似ていて、そこに僕らが人間としてどう対峙するか

まさに山に登りきったときのような、日常を超えたとめどない感情が胸を突き上げてくる。今年の芥川賞を受賞し、話題でもちきりの『バリ山行』の著者、松永K三蔵さん。
 
「山岳小説に期待するのは、自然の楽しさや心地よさ、開放感ですよね。その一方で、自然の厳しさやままならなさ、危険にさらされる部分もある。山は世界のあり方とも似ていて、僕らが人間として、そこにどう対峙するか。読んでいる人に感じてもらえるかもしれません」
 
舞台は神戸。会社員の波多は同僚に誘われるまま六甲山登山に参加、山のおもしろさに目覚めます。同時に社内で変わり者扱いされている妻鹿が、登山路を外れる難易度の高い登山「バリ」をしていることを知り、興味を持つように。一方、仕事では取引先とのトラブルやリストラ騒ぎなど、さまざまな事件に見舞われ、葛藤する心模様が並走して描かれていきます。そう、本書はロマンでありながらリアルで、山岳小説でありながら、同時にお仕事小説でもあるのでした。
 
「組織で働いている人なら同じような経験があると思うんですけど、誰が悪いわけでもなく、仕事をこなす上で板挟みになりながらも、歯を食いしばって進んでいかなければならない。自分も平凡なサラリーマンですし、組織に自分や、自分の家族の生活を左右される怖さを味わってきました。登山の経験もそうですが、仕事の経験もやはり小説に生かされてます」
 
ストーリーが進むにつれあぶり出されるのは、「極限を感じる」とはどういうことなのか。波多と妻鹿の対照的な言動から、とらわれていた価値観を揺るがされます。
「正解ってないと思うんですよ。自分の生活を守るのに必死である一方で、ふと、組織や上司が自分の本質的な部分に何を成し得るんだろうか、
とも思うんですよね」
 
それは社会のあり方が大きく変化しつつある今の世の中における、タイムリーなメッセージのようにも感じます。
「社会がよりシステマティックになって、個人のあり方が問われている。その中で、自分がどう生きていくのかを考えていくと、やっぱりより本質的なところに還っていくと思うんです。命、そのものの実感を得るというか。突き抜けろ、とまではいかないけど、うまく折り合いをつけながら、まずはそれを自覚することなのかなと思います」

新著『バリ山行』

松永K三蔵/¥1,760(講談社)

物語の始まりは、同じ会社の人たちと親睦を図るための気楽なハイキング。しかも登るのは初心者でも楽しめる六甲山と、限りなく日常と近いシチュエーション。読み心地よく安定した文体と、登場人物のキャラクター描写にするすると引き込まれながら、ふとルートを外れた迫真のスリル、状況も心情も深みへとハマりこんでいく描写にのめりこむ。そしてラストは、未踏の読書体験を味わえる。

お話を伺ったのは……松永K三蔵さん

まつなが・けーさんぞう/1980年茨城県 生まれ。 関西学院大学文学部卒業。2021年 第64回群像新人文学賞優秀作『カメオ』でデビュー。2024年『バリ山行』で第171回芥川龍之介賞受賞。兵庫県西宮市在住。
https://m-k-sanzo.com/ 

photograph:Rana Shimada text:BOOKLUCK
 
リンネル2024年11月号より
※画像・文章の無断転載はご遠慮ください

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