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奥山大史×佐藤良成、音楽からひも解く映画『ぼくのお日さま』。

  • 2024.9.29

第77回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門正式出品としても注目を集めている『ぼくのお日さま』は、奥山大史が監督・撮影・脚本・編集を手がけた作品である。田舎町のスケートリンクを通して知り合う3人の心象模様が描かれたストーリーは、冒頭からドキュメンタリーを観ているような感覚で引き込まれ、エンドロールの最後のデザインにまで意味を持たせた秀逸な作品だ。さらには映画のタイトルにもなったハンバート ハンバートの楽曲「ぼくのお日さま」(2014年)がラストに流れることで収束し、そこから気づきのドアがいくつも開いていく。この作品の重要素となっている音楽について、奥山監督と佐藤良成(ハンバート ハンバート)に話を聞いた。

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(写真左から)佐藤良成:ハンバート ハンバートの作詞作曲、Vo, G, Pfなどを担当するマルチなミュージシャン。TV、映画、CMなどの楽曲提供も多数。ハンバート ハンバートは昨年結成25周年を迎えた。奥山大史:1996年東京生まれ。大学在学中に制作した長編初監督作品『僕はイエス様が嫌い』(2019年)が第66回サンセバスチャン国際映画祭の最優秀新人監督賞を史上最年少となる22歳で受賞。その後の活躍は多岐にわたり、ドラマやCM等の他にエルメスによるドキュメンタリーフィルム『HUMAN ODYSSEY―それは、創造を巡る旅。―』(21年)の総監督を務め、映画『君たちはどう生きるか』(23年)の主題歌である米津玄師「地球儀」のMVでは監督、撮影、編集を手がけている。

「ぼくのお日さま」という楽曲が流れることでピースがはまる。

――最初に佐藤さんが奥山監督から手紙をいただいたそうですが、その時のことを教えてください。

佐藤:まず「ぼくのお日さま」の楽曲の使用と、タイトルにもこれを使用することについて手紙をいただいてとてもうれしかったし、監督の作品『僕はイエス様が嫌い』もいただきました。遊穂(佐野遊穂:ハンバート ハンバート/Vo)と一緒に観て、すごくその光と色が綺麗で、どのカットをとっても全部写真みたいな、絵になっていてとてもいいなぁと思い、快諾しました。そして「良かったら劇伴もやりますよ」とお伝えして、奥山監督に喜んでいただき、そこから密で長いやりとりを重ねていきました。

――奥山監督にとって、この曲はどのようにして作品の核と成していったのでしょうか? 

奥山:最初に聴いたのは多分大学生の頃なんですが、あらためてちゃんと聴く機会になったのは、フィギュアスケートを題材にして何か映画を作りたいと思っていた2020年のコロナ禍の頃です。仕事がぱたっと止まっている中で聴いていたら、鬱積していた気持ちを和らげてくれて、孤独に寄り添ってもらえたような気がしたんです。それでライヴのブルーレイを買ってこの曲をループして聴くうちに、主人公のタクヤが「ぼくのお日さま」の歌詞に出てくる「ぼく」にどんどん引き寄せられていって。だから曲と出合うことで映画の核が出来上がっていった感じです。

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タクヤ(越山敬達)は少し吃音のある小学6年生。

――そうなんですね。

奥山:『ぼくのお日さま』というタイトルにさせてもらって、主題歌として流したいと思ったものの、その曲をそのまま映像に起こしていく映画にはしたくなくて。最後にこの曲が流れることで、映画の中では埋まりきらなかったピースがピチッとはまるような、何かぐっと腑に落ちる感覚にしたいと思っていたので、そういうことを手紙に書いた記憶があります。 

――佐藤さん、この曲はどのようにして生まれたのですか?

佐藤:もうあんまり覚えてないですけど、たまたま出来たっていう感じですね。私の場合は曲が先で、メロディって起承転結もあるし感情的なグッと来るものもあるので、そこから物語や情景のイメージが広がり、メロディに従って言葉を考えていきます。出来たら必ず相方の遊穂に聴かせて意見をもらいます。彼女がいつも言うのは"いろんな解釈に取れるような方がいい"ということで、この曲は彼女のOKが出るまで最後のサビを何回か書き直した記憶があります。


光と音色のこだわり。

――佐藤さんも先ほど話されていたように、奥山監督の作品の特徴のひとつとして光へのこだわりが強く感じられます。

奥山:『僕はイエス様が嫌い』の時も多少そういうのはあったのでしょうが、今回は『ぼくのお日さま』というタイトルなので、特に光を感じさせることは意識しました。クライマックスといえる湖でスケートを滑るシーンでは、その瞬間こそが彼にとっての思い出であり、「お日さま」だったんだと思わせられるくらいの、輝いている瞬間をどうやってその絵の中に刻み込めるかという......。そんなこともあって、スタッフとキャストと"光を探す"、"お日さまを探す"みたいな時間が、撮影の間は多かった気がします。

――佐藤さんはこれだけ光沢や色彩に透明感があると、サウンド作りに迷いは生じませんでした?

佐藤:監督からのアイデアが多かったですね。私はドラマのいちばん感情的な部分を音楽のサントラで煽るのは、あまり好きじゃないんですね。監督が撮っている絵で、正直何にもいらないくらい充分だと思っていたので、楽器の数をなるべく減らしたくて、特に気をつけたことは余計な音を付けないようにすることでした。

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さくら(中西希亜良)は数年前に東京から引っ越してきた中学1年生。荒川(池松壮亮)は元フィギュアスケート選手。怪我を機に引退し、五十嵐(若葉竜也)の地元にあるスケートリンクでコーチをしている。

――ハンバート ハンバートのアルバム『FOLK』シリーズで、ミニマムに音を削ぎ落として原曲のよさが引き立つカバーを演奏されていますよね。今回は、まさに映像を引き立てるためのサントラになっていると思いました。ゾンビーズの「Going out of my head」は早い段階で決まっていたのですか?

佐藤:監督がこんな感じの曲をかけたいというのは、最初はゾンビーズの別の曲だったんです。そこから"荒川が好きだったであろうロックはどんな曲なのか"というところから監督が話し始めて、「ぼくのお日さま」の歌詞にも出てくるロックはどんなロックなのかということをふたりで考えて、私が提案した中から監督が選んだのが、ゾンビーズとヴェルヴェット・アンダーグラウンドでした。特にゾンビーズの方はこの「Going out of my head」を気に入ってもらえて。

――佐藤さんが作曲した「A Friend of Mine」は土臭いアメリカーナ的な骨太ロックでかっこいいし、しかも佐藤さん、こういう歌い方もされるんだって驚きました。「A Long Night」はチェレスタ、ビブラフォンやビオラといった楽器が効いて繊細さが感じられ、私はそこから荒川の人柄を掬い取っていました。

佐藤:それも監督のリクエストです。先に荒川が車の中で聴くラジカセの楽曲として、監督のリクエストでヴェルヴェット・アンダーグラウンド風の曲を作ったんです。チェレスタとビブラフォンは既に「Going out of my head」に出てくるので、「A Long Night」のいちばん大事なポイントは最初のチェレスタのイントロでした。このように既に出てくる楽器の音色をモチーフにしたらいいかなと思って、それで楽器を選びました。


音楽を必要とするシーン、あえて付けなかったシーン。

――監督が音楽の使い方について深く考えるようになったきっかけはありますか?

奥山:原体験にあるのは高校生の頃に英語の教科書にジョン・ウィリアムズさんの自伝が載っていて、「一度音楽なしで映画を観てみるといい。そうすると音楽がどんな効果を持っているかわかるだろう」と書かれていたんです。そこから映画を観る時、音楽の持つ力について意識するようになりました。大学生になってから『家族ゲーム』(1983年)を観たら劇伴音楽ゼロで、ヘリコプターの音や食べる咀嚼音といった効果音で感情を乗せていく方法もあるんだなと知って。音楽だけでなく、効果音でも、同じような力を発揮させることもできるのか、と気付いた瞬間でした。

――スケーティングの音とか、そうですよね。

奥山:そうです。フォーリーアーティストと呼ばれる、効果音を付けていく人が音を録るところにも少し立ち会わせていただき、議論しながら音楽的に効果音を乗せてもらいました。

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今回フォーリーを担当したうちのひとりは、偶然にも佐藤が大学生の時に組んだハンバート ハンバートが6人組だった時のドラム奏者だったそう。

――音楽のない部分で印象的だった場面がふたつあります。ひとつは最初の頃に荒川がタクヤに見惚れていて、タクヤからさくら、さくらから荒川へと視点が動くシーン。

奥山:あそこは、僕は撮影の時から音楽を付けてこそ成立すると思っていたんです。ただ編集中の本編をご覧になった佐藤さんが「絶対にここだけは音楽いらない」とおっしゃって。少し戸惑って議論を重ねたのですが、いちど音楽を付けずに編集し直してみたら、確かに音楽をのせると流れちゃう感情が、音楽をのせないことできちんと感じられる気がして、それでなしになりました。そういった意味では、あのシーンにも、「静寂」という音楽を付けていただいたと思っています。

佐藤:最初に音楽のない編集を見せてもらったのが良かったと思います。アイススケートのリンクの音もとっても良かったし、何しろ絵がとても良かったので必要ないんですよね。音楽があると説明になってしまうし、その説明が1個のひとつの解釈をくっつけてしまうことになる。音楽がなかったらいろんな見方ができるかもしれないのに、あることで狭まってしまうので。

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五十嵐(若葉竜也)は荒川(池松壮亮)のパートナー。池松と若葉は、車の中のシーンをどう演じるか、触れるのか撫でるのかなど試行錯誤したという。

――もうひとつはさくらが、荒川と五十嵐が一緒に車に乗ってアイスキャンディーを食べ合っているシーンを目撃してから、雪解けするまでに音楽が流れてなくて、一気に登場人物の感情に引き寄せられました。

奥山:編集していく中で必然的にそうなったんですけど、何か楽しかった日々が雪とともに溶けていく感じというか、関係がほどけて周りの音が聞こえなくなっていく感じを出したくて、それは映画全体の整音をしていく時も意識して、そのシークエンスにある電車の音や車の音などのレベルを微調整していきましたね。 

――ある意味、雪が溶けて、現実に戻すような感じ?

奥山:はい、夢がちょっと覚める感じですね。夢が終わっていくけど、最後はちょっとだけ希望を感じて行くという。春に切り替わるシーンでかかる「雪解け」という曲は、佐藤さんと何度もやり取りをして、楽器はピアノで、ということだけ見えたので、それを踏まえて編集しました。


説明する音楽ではなく、ふと違う見せ方をさせてくれる音楽を。

――そういえば、楽器は違うものの、モチーフが一緒の楽曲がありますよね?

佐藤:はい。まず「整氷車と追いかけっこ」を作ったんですね、その時に監督からどこの国の音楽かわからないような民族ぽい雰囲気、あと子守唄みたいな感じのメロディがほしいというリクエストがあって、その時は整氷車のクラクションの音とハモりたいなと思って、そこも考えながら作りました。この曲と、「三人でカップ麺」と「フラスコとイーゼル」の3曲が同じメロディです。バリエーションで繰り返すことによって楽しかった時の記憶みたいを引っ張ってこれるし、というのもあって。それは監督が言ってたんじゃないかな。基本、監督のイメージをなるべく聞いて、監督が映像に当てた仮の音から必要としている音を考えながら作っていきました

――私は、湖のシーンの後で、荒川が車内でさくらに話かけた後から流れる「湖の帰り道」がとても好きです。何かを予兆させるような神秘的な曲ですが、どういう意図で作られたのですか?

奥山:あれがたぶん、何かが終わっちゃう感じの儚さとか、そういう匂いを伝えたいと言って、その流れで確か佐藤さんが「その儚いというのは、たとえばこういう音とかですか?」ってガラスを擦る音などで訊いてくださって。僕の抽象的な言葉を音楽的に具体にしてくださりながら、まるでカウンセリングのような形で作っていってくださいましたね。

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奥山監督はスケートの選手を目指していた姉について、幼稚園の年長から小学生の終わり頃までスケートを習っていたという。

――その前の、湖で3人が戯れているシーンに射し込む光は表裏一体で、そこに儚さもありますよね。

奥山:そうですよね。

――いまお話を伺っていて、それは奥山監督の原点のように思えました。

奥山:僕はあったかいシーンにあったかい音楽を、とかはあんまりしたくなくて、あったかいシーンなのにちょっと寂しい音楽がのることで、その景色に儚さを感じさせたりしたいんです。説明する音楽ではなくて、違う見せ方を提案してくれる音楽にしたいというのは、ずっと思っていました。そして、まさにそれが完璧に叶えられた、自分にとって宝物といえる一曲一曲が出来上がりました。

――ストーリーや演技、映像はもちろんのこと、静寂やスケーティングの音も含めた音楽にも、この作品を解釈するのに感慨深いものがあったのですが、今日のお話を伺って、さらにこの作品の奥深さを知ることができました。貴重なお話をありがとうございました。

『ぼくのお日さま』
●監督・撮影・脚本・編集/奥山大史
●出演/越山敬達、中西希亜良、池松壮亮、若葉竜也、山田真歩、潤浩ほか
●2024年、日本映画、90分
●配給/東京テアトル
●主題歌/ハンバートハンバート
©2024「ぼくのお日さま」製作委員会/COMME DES CINÉMAS
全国で公開中

*To Be Continued

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