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本当に「子どものため」ですか? 歪んでいく母親の愛を描いた衝撃的なセミフィクション『すべては子どものためだと思ってた』

  • 2024.9.19

子どもに何を望むかと聞かれたら、おそらく多くの親が「幸せになってほしい」と答えるであろう。子どもの幸せを願うことは至って当たり前のこと。でもそれが行き過ぎた行動になってしまうとどうなってしまうのか。

『すべては子どものためだと思ってた』(しろやぎ秋吾/KADOKAWA)は、体が弱い息子のために良かれと思うことをして育ててきた母親の行動が、行き過ぎたものへと変化していく姿を描くセミフィクションコミックだ。

体が弱い息子こうたを心配する母親のくるみは、幼少期から過保護気味に接してきた。次第に「普通の子」に、そして「幸せ」にしたいという願いから、過剰なまでの教育にのめり込んでいく。さらに彼女はスマホの育児ブログの情報に翻弄され、周囲の母親たちとの比較の中で、次第に自分を見失っていく。

「子どもの人生は育ちで決まる」という言葉に追い立てられるように、くるみはこうたのスケジュールを管理し、勉強の内容に口出しし、友人関係にまで介入するようになる。精神を蝕まれていくこうた。全てをコントロールする毒親へと変貌を遂げていくくるみ。

本作は、母親の視点を通して語られることで、その狂気にも近い愛情がより鮮明に描かれている。読者は、くるみの行動に恐怖を感じながらも、同時に、彼女が抱える不安や焦りにも共感してしまうだろう。さらに、狂気を感じさせる展開の中、所々で覚えた違和感がもう一つの衝撃的な事実により解消される。「子どものため」 だという彼女の言葉は、果たして誰に向けられたものだったのか。

単なる毒親問題を描いた作品ではなく、現代社会が抱えるさまざまな問題を浮き彫りにする本作には、子育ての不安やプレッシャーの中で、親としてどうあるべきか、子どもとどう向き合っていくべきか、改めて考えさせられる。多くの親にとって自分事として、共感と教訓を得られる1冊だ。

文=ネゴト / ニャム

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